252・主人公はどうしているのかって話
「どうしたもんかな」
中型ドラゴンの背中に建てられたそこそこ豪華な客室の中で流れていく景色を眺めながら、ぽつりとそうこぼす、ジャヌーラトーロの復興を終えた俺たちはドラゴン便でマレッサピエーへと向かっていた。
ジャヌーラカベッサからマレッサピエーへのドラゴン便なら一日足らずでマレッサピエーに到着出来るらしくドラゴンに乗っている間はのんびりできる、と言うか正直やる事なくて退屈で仕方がない。
そんな訳でジャヌーラカベッサでの事を色々と思い起こしてみる、監獄竜からの脱獄、盗賊を名乗ったロミュオたち竜人とダンジョン攻略、その途中に同じ勇者であるゴッデス大蝦蟇斎さんと再会、ダンジョンの奥で勇者同盟を名乗る人たちとごたごたがあり、その結果ジャヌーラトーロに大穴が開いたのでその復興の手伝いをする事に、中々大変だったなぁ、勇者同盟とのごたごたではあのデイジー叔父さんが世界の修正を抑える為に明確なダメージを負ってしまったのだ、まさかデイジー叔父さんにダメージを与える現象があるだなんて驚きだった。
復興が進む中で犯罪者に捕まってしまったマーチという少女を助け、その流れで陰陽師を名乗る少年晴流弥といくつかの犯罪組織を潰す事になり、犯罪組織の貯め込んでいた財宝を盗もうとしていたゴッデス大蝦蟇斎さんと鉢合わせ何故か晴流弥と戦う事に、そんな二人を止める為に黄金の竜ルクレールとドラゴンナインのシグルズさんがやって来てくれたが、四人揃って戦いを始める雰囲気になった所にマーチの姉だというアリスが突然現れ四人の争いを止めてくれた、あの四人だけでなく傲慢の大罪神アロガンシアすら警戒する力を有するアリス、人懐こい少女ではあるがどこか不思議な危うさを感じる子だったな。
そして解散の流れになっていた所に国土を荒らされ怒り心頭のジャヌーラが俺に誓いの首輪という呪具を装着したのだが、うっかりデイジー叔父さんがそれを壊してしまいジャヌーラが大泣きしてしまった、なんやかんやあって誓いの首輪を修復してジャヌーラに返した後、旅支度を整えてマレッサピエー行きのドラゴン便に乗って今に至る。
誓いの首輪を修復し、更に質をより良くした事で機嫌を直してくれたジャヌーラの計らいで特別な高速ドラゴン便を手配してくれたのはありがたかったが、なかなか不穏な事も聞いたので少々不安が残る。
『どうしたもんヒイロ、モグモグ。このドラゴン便は休まずマレッサピエーまで飛び続ける事が出来る凄い個体もん、普通なら目玉飛び出るくらいの金がかかるもんけど、ジャヌーラが特別に手配してくれたもんから代金はタダもん。お金の心配は必要ないもんよモグモグ?』
しけた面かどうかはともかく俺が神妙な顏でもして窓から外を眺めているのが気になったのか両手に骨付き肉を持った毛玉姿のマレッサが心配して声をかけてきた。
心配してくれるのはありがたいが、せめて手に持つ客室サービスの料理で出た骨付き肉を食べながらはやめてくれ、ポロポロ食べかすが床に落ちてて気になってしかたない。
「いや、お金の心配はしてないよ。それよりも出発前に聞いたマレッサピエーの事がね」
『あー、魔王が出張ってきたから人類側の総力を結集してどんぱち始めたって話もんか。ある程度の情報は向こうのわっちから入ってるもん。ジャヌーラに誓いの首輪を返してから、こまごました復興の手伝いと出発準備もろもろで二、三日はジャヌーラカベッサに滞在してたもんけど、その間に事態がここまで動くとは意外だったもん』
「なんだか他人事だな。自分の守護する国なんだろ、心配じゃあないのか?」
『心配は心配もんけど、魔王以外ならゴッデス大蝦蟇斎で抑えられるはずもん。魔王国にしても全戦力を一気に投入するとは考えにくいもんから、大規模な小競り合い程度に落ち着くだろうもん』
「大規模な時点で小競り合いではないのでは?」
マレッサとそんな話をしていたら三つ目の烏姿のパルカが飛んで来て俺の肩に留まった。
『サタナスが自ら動いたって時点で小競り合いで済む可能性は低いわよ。まぁ、あの子はリリシュよりもずっと何を考えてるか分かりにくい子だから私様も今回の進軍の真意は分からないけれど、しびれを切らして自ら出陣、なんて短絡的な事はしないわ。なんらかの意図があっての進軍のはず。あの子の力は敵味方関係ないくらいに規模が大きいから、下手に動くと両国壊滅状態になってもおかしくないのよ、だから今まであの子はむやみに動く事はしなかった』
「さすが魔王って事なのかな。魔王と言えばリリシュとかルキフさん、トシユキさんはどうしてるんだろ。デイジー叔父さんに少し聞いたけど、エスピリトゥ山脈で俺が気絶した後に別れたんだっけ?」
『あぁ、リリシュたちね。あの時、リリシュたちを襲ったのは魔王の残党狩り部隊でしょうけれど、でもアレはたぶんサタナスの手の者じゃあないわね。大方、四大公爵辺りでしょ、あいつらリリシュには恨みあるし』
「恨み? リリシュは前の魔王なんだろ? その四大公爵ってのがどんな奴らかは知らないけど、元はリリシュの部下だったはずだし、なんで恨まれてるんだ? そんなにリリシュの統治が酷かったのか?」
『違うわ、もっと直接的な恨みよ。四大公爵はリリシュの前の魔王だったのよ、リリシュに負けて魔王の座を降ろされたの。今のリリシュは弱ってるから仕返しのつもりだったのかしらね』
リリシュの前の魔王か、四大と言ってるから四人いるんだろう、四人で魔王をしてたのかな。
そんな事を考えつつ、ボーっと外の景色に目を戻す。
これから魔王国と戦争中のマレッサピエーに行って元の世界に帰る方法をオラシオに聞くつもりだ、オラシオは俺たちが召喚された時に帰る事は可能みたいな事を言っていた、すぐに帰れるなら帰りたい気持ちはあるがアロガンシアの言葉もある、たぶん簡単には帰る事は出来ないはずだ。
なにより、他の勇者が魔王国との戦争に協力しているという話だ、それを無視して自分の為だけに行動するのは何と言うか、多少の後ろ暗さを感じてしまう。
正直、俺に何等かの戦力になれるような力はない、褒めたらそれが信仰になって神様や精霊の力になるとかいうよく分からないスキルらしい物はあるみたいだが、人類の総力を結集した戦場では役にはたたないだろう。
「人間さん、どうしたのームズカシイ顔して? お腹空いたの? お肉食べるー?」
「ん、あぁありがとうナルカ。ちょっと考え事してたんだ、今はお腹空いてないから大丈夫だ」
「そーなの? 考えすぎはダメだよー、難しい事考えると頭の中がワーってなるからねー」
黒いスライムのナルカがそう言って骨付き肉を自分の体に取り入れながら別の料理へと移動していく、その後ろ姿を見てナルカの言った考えすぎはダメという言葉を反芻する。
「考えすぎはダメ、か。確かにそうかもなぁ、俺に出来る事をやるだけだよな」
うだうだ悩んでいてもどうにもならない、まずはマレッサピエーで帰る方法について聞こう、そしてすぐ帰れるにしても帰れないにしてもアロガンシアが言ってたように他の大罪神を探そう、その後の事はその時考えればいい。
「ザコお兄さん、なんか変な顔してたけどもう大丈夫っぽい? せっかくフィーニスちゃんがイジメてやろうと思ったのにつまんなーい」
精霊王であるフィーニスがつまらなそうな顔をしながら俺の隣に座る、こうは言っているが恐らく俺を元気付けようとしてくれていたのだろうとなんとなくそう思った。
「ありがとうフィーニス、心配してくれて」
「何でそういう事になるのザコお兄さん? フィーニスちゃんはザコお兄さんをイジメようとしただけなんですけど?」
「俺が変な顏してたのを見てたんだろ? それは心配して気にしてくれてたって事じゃあないのか?」
俺の言葉にフィーニスは顔を俺から背けてしまった、小声で違うしーとか馬鹿じゃないのー、とか言っているのが聞こえた。
うーむ、フィーニスが心配してくれていると思ったのは俺の勘違いだったのかもしれない。
「みんなー、あと三、四時間もすればマレッサピエーに入るそうよぉん!! ただ、ドラゴン便の発着乗り場からマレッサピエーのお城までは歩きになるみたいねぇん、乗り合い馬車の馬も戦争の為に提供してるんですってぇん」
「分かったよデイジー叔父さん」
デイジー叔父さんは何故かボディビルダーの様なポーズを決めていたが、一旦スルー。
あと三、四時間でマレッサピエーに到着する、最初に召喚されてから何十日たっただろうか、そんなに長い期間ではなかったはずだが色んな事があったせいか異様に長く感じる日々だった気がする。
何事もなければいいのだが、心の中でそんな事を思いながら俺は少しだけ晴れやかな気分で流れる景色に目を向けた。




