25・ほかの勇者はどうしてるのかって話2
マレッサピエーから遠く離れた山岳国家モンターニュネール、国土の八割が険しい山々で構成されているこの国にはAランク越えの強力な魔物が多数ひしめくダンジョンが存在していた。
そのダンジョンの名は『ラビリンス』。
A級冒険者ですら一個小隊規模のチームを組まなければ探索は困難とされているSランクの超危険ダンジョン『ラビリンス』に単独で挑もうとしている人物が一人。
「やっぱり異世界物っていったらダンジョン攻略して、大量のお宝アンド魔物の素材ゲットからのギルドでお披露目なんだこれスゲーって流れよね。うん、完璧だわ。Sランク冒険者に飛び級、カッコカワイイ仲間に囲まれてキャッキャッウフフって素敵よね!!」
左目に眼帯を付け、色あせたジャージを着た女性がボサボサのセミロングの髪を揺らして、『ラビリンス』の入場ゲートへ続く階段を意気揚々と登っていく。
その手には禍々しいオーラを放つ剣が一振り。
彼女の名はゴッデス大蝦蟇斎、無論本名ではない。
この名前は彼女がとある少年に名乗った名であり、彼女の同人活動を行う上でのペンネームである。
「いきなり空中をかっとんでたのはびっくりしたけど、なんか助かったからもーまんたいよね。いやぁ、でも地面に落っこちた直後に魔物は襲ってくるは盗賊は出るはで散々だったわ。ま、なんやかんやあったけど、今の自分はEランクの駆け出し冒険者。つまり、ここから自分の成り上がり物語は始まるって訳なのよ!! 」
まだ見ぬ未来に鼻息を荒くするゴッデス大蝦蟇斎に向かって、フワフワと浮かぶ毛玉の様な存在がため息交じりに声をかける。
『いや、だからお前人の話を聞けもん。安全にコツコツやろうって気はないもんか?』
時は少し遡る。
マレッサピエーでデイジーの魔力暴走の果ての爆発に巻き込まれ、はるかかなたに吹き飛ばされたゴッデス大蝦蟇斎は緋色同様にデイジーのバリアと分神体であるマレッサの魔法にて九死に一生を得たのだが、落下した際の衝撃を感知した付近の魔物や盗賊が彼女に襲いかかってくるという不運に見舞われる。
分神体であるマレッサがゴッデス大蝦蟇斎を守る為に魔法を使うよりも早く、ゴッデス大蝦蟇斎は魔剣を生み出してしまった。
咄嗟の事で大した魔剣ではなかったが、それでもそこらの魔物や盗賊をまとめて薙ぎ払うだけの力は有していた。
そして、ゴッデス大蝦蟇斎は魔剣創造という勇者特権の恐ろしさを身をもって知る事になる。
オラシオが止めた時よりもはるかに劣る魔剣、それでもなおその代償は小さくなかった。
魔剣創造に伴う魂の摩耗、それが及ぼす激痛、内臓を直接握り潰されている様な、血管を小さな針が流れているかの様な、全身を襲う耐えがたい激痛に、ゴッデス大蝦蟇斎は叫び声をあげる事すらできず、その場で気絶した。
数時間後に目覚めたゴッデス大蝦蟇斎はそこでようやくマレッサの存在に気づき、事のあらましを聞いたのだが……。
「チート能力使用に制限を設けてる設定なのね、分かったわ。理解したわ。つまりそれを逆手に取れれば、無限に魔剣を作れるって事よね!!」
『お前人の話を聞けもん。魂の摩耗って言ったもん? お前が魂を持つ生き物である限り、魔剣創造という勇者特権はお前の魂を削り、その存在を殺す諸刃の刃もん。命が惜しかったら、その死なない程度に運よく生み出せた魔剣で地道にコツコツ経験値を詰んで、マレッサピエーに戻るもん。オラシオがそれなりの待遇で迎えてくれるはずもん』
「分かったわマレッサちゃん!! つまり、こういう事よね!!」
マレッサの話を聞き、ゴッデス大蝦蟇斎は微塵のためらいも無く行動を開始した。
「魔剣創造は使用する度に自分の魂を摩耗させて命を存在を殺すのよね!! なら、魂が無ければいい!! 無い物は摩耗しない、存在も殺せない!! 魔剣創造は魂をコストにして魔剣を生み出す能力じゃあない!! 魂の摩耗もあの激痛も魔剣を生み出したという結果が魂に跳ね返ったものでしかない!! 自分は自分の勇者特権をそう規定するわ!! だから自分は自分の勇者特権で自分を魔剣に創造しなおす!!」
余りにデタラメな理論にマレッサは呆気にとられ、対処が遅れてしまった。
止める間もなくゴッデス大蝦蟇斎は自分の身体と魂を材料に魔剣を、魔剣としての自分を創造し始める。
魔剣を生み出している最中に痛みはない、生み出した後の跳ね返りを受けるのはあくまでゴッデス大蝦蟇斎の魂と体。
だがその魂も体も魔剣に成り代わり別物になっているなら魔剣創造のコストは無視できる、とゴッデス大蝦蟇斎は考えたのだ。
仮に魔剣となった自分にその跳ね返りが来たとしても、魂の摩耗にも激痛にも耐性を持たせた魔剣を創造していれば問題はないだろう、という確証の無い保険を織り混ぜて。
かくして、恐ろしく分の悪いはずの賭けにゴッデス大蝦蟇斎は勝利した。
自身の魂と体を魔剣に作り替え、ゴッデス大蝦蟇斎は生きた魔剣に成ったのだ。
魔剣創造という人間の魂を摩耗させ、体に激痛を与え、存在を殺すはずのハイリスクハイリターンな勇者特権はそのハイリスクを踏み倒され、無限に魔剣を生み出す正真正銘のチートに成り果てたのだった。
『人間ってたまにマジでイカれた事するもん……。魂と存在の消滅、つまり無になるのが怖くないもん? 異世界人こわ』
ゴッデス大蝦蟇斎の所業に若干どころかかなりドン引きして、マレッサは呆れ果てる。
そして、望む体と力を手に入れたゴッデス大蝦蟇斎は先程薙ぎ払った魔物と盗賊を近くの街の警備兵に報告、そのまま街の冒険者ギルドに登録し、Eクラスの冒険者として歩み始めるのだった。
時は戻り現在、魔剣としての体を得たゴッデス大蝦蟇斎はその栄光の第一歩にSランク指定の超危険ダンジョンである『ラビリンス』を選び、その入場ゲートに辿りついた。
そしてゴッデス大蝦蟇斎は入場ゲート前にある看板を目にする。
『本日定休日って書いてるもん』
「ええええええええええええええ!!」
誰もいない『ラビリンス』の入場ゲートにゴッデス大蝦蟇斎の叫び声がむなしく響くのだった。