247・十一指の力
「来たれ、来たれ、我が身に宿りし異界の神々よ、その力をここに示し、我が敵に神罰を」
アラビアンパンツと素肌にオリエンタルなベストだけを着た浅黒い肌でやせぎすの男、両手の指にこれでもかと豪華そうな指輪を付けているのが目立つ『十一指』の一人フランコ・アモーレが自らの身に宿る異界の神々の力を引き出して発動させた地、水、火、風の強力な属性魔法が魔族に襲いかかる。
草原と荒野が入り混じり、点在する林や岩場などの自然が神の力によって破壊され、その姿を無惨な物へと変えていく、もはや小規模の天災に等しい程の破壊に飲み込まれていく魔族の群れに混じってフランコの仲間である『十一指』たちも巻き添えを喰らっていた。
「フランコさん、その制御もまともにできない神の力を行使する魔法、少々品が無いのではなくて? あてくしのドレスに砂ぼこりがかかってしまったわ、まったくこれだから大雑把な魔法というのは下品で嫌いなのですわ」
半径数十メートルの範囲内で荒れ狂う風や燃え盛る炎や巨大な塊の水、鋭く尖った岩が飛び交う中でシックなドレスを身に纏う老婆マリリアンヌ・ド・エゼッラが扇子で口を隠しつつ、嫌味たらしい言葉を吐く。
「魔法とは美麗で精緻で、そして優雅でなくてはならない。『十一指』第三席たるあてくしがその見本を見せてあげますわ」
マリリアンヌは扇子をゆっくりと前方に動かして、周囲で荒れ狂うフランコの魔法を意に介さずに軽やかに一歩踏み出した、ふわりと上半身だけをねじってその反動でクルリと回転を始める、するとマリリアンヌのドレスの裾が奇麗な丸を描き出す。
段々と回転の速度は増していき、回転中のマリリアンヌにぶつかった岩の方が弾かれ砕かれてしまった。
もはや高速回転する独楽と化したマリリアンヌはフランコの魔法を物ともせず、突進してくる魔族たちに向かってギュイイインと地面を抉り飛ばしながら逆に突進を開始する。
「これぞ、嵐と呼ばれる程に雄々しくも優雅なるあてくしの魔法!! 超々高速回転を可能にする超強化魔法ジュテーム!! 今までこのジュテーム状態のあてくしに触れて無事だった者はオラシオ様をおいて他になし!! 貴族級の魔族であっても、あてくしの回転を止める事は不可能とお知りあそばせ!!」
攻撃を仕掛けた魔族がほんの少しジュテーム状態のマリリアンヌに触れた瞬間、その余りに凄まじい回転によって魔族の腕が爪が武器が弾け飛ぶ。
「グガァアアアアアッッ!!」
苦痛の悲鳴か怒りの咆哮か、腕を飛ばされた魔族とその仲間たちが雄叫びをあげて高速回転を続けるマリリアンヌに再び襲いかかる。
「オホホホホホホホッ、愚か愚か愚か!! 今のあてくしの回転力を体感し、それでもなお挑むというのならば見せて差し上げましょう、あてくしの真の回転力を!!」
マリリアンヌの回転が更に速度を増していき、ついには竜巻を発生させる。
その竜巻は周囲を飛び交うフランコの魔法すら巻き込んで、殺意の塊のようなミキサーを生み出してしまった。
竜巻によって加速した魔法の炎や水や岩が更に威力を増して、巻き上げられた魔族たちに追撃を加えていく、ものの数分でマリリアンヌとフランコの周りにいた数十体の魔族が肉片と化す。
満足したマリリアンヌが回転をやめると同時に竜巻は霧散していき、天高く巻き上げられていた魔族の血肉が雨の如く降り注ぐ、血と肉がべちゃべちゃと生生しい音をたてて地面に落下する中、マリリアンヌは扇子で口元を隠しながら高らかに笑う。
「オーホッホッホッホッ!! 強力無比と言われる魔王軍と言えどあてくしにかかればこれこの通り!! これでは奥に控えているあの四体の魔族も大した事はないのでしょうねぇ、オホホホホホホホ!!」
「マリリアンヌ、あまり調子に乗らない方がよい。我が内にありし異界の神の力は強大、その力をもってしても我らに襲いかかってきた魔族共を容易くは打ち砕けなかった。AやSランク程度問題はないと侮っていたが、ここは魔王国の領域、恐らくきゃつらに有利な何かがあるに相違ない」
異界の神の力を借りた魔法で魔族たちを一瞬で殺し切れなかった事をいぶかしみ、魔王国という土地に由来する魔族を強化する何かがあるのではとフランコは懸念を抱いた。
フランコの言葉に広げていた扇子をパチンと閉じて、マリリアンヌはジロリとフランコを睨みつける。
「フランコさん、それがどうかいたしまして? 此度の決戦は魔族と人類、その雌雄を決する戦いでもありますのよ、強化魔法は当然、弱体魔法も当然、卑怯、闇討ち、毒殺、なんでも有りの戦場でその程度の事を気にするなんて、腑抜けていらしてよ」
「いやはや、扇子ババアの言う通りだよ異神の坊ちゃん。まぁ、おじさんたちの魔力じゃ、並大抵の相手の強化だの弱体化だの呪いだの邪眼だのは問題にならないから、気にした事なくても仕方ないってもんさ。うんうん、そこが気になる程度には魔王軍は強いって事だ」
マリリアンヌの言葉を肯定するように、ネクタイのみを着用しているほぼ全裸の男ゼン・ラーが姿を現す。
ゼン・ラーの登場に途端に嫌そうな顏になるマリリアンヌとフランコ。
「まぁ、相変わらずお下品だ事。もう少し品よくできません事?」
「ゼン・ラーの魔法の特性上仕方ない、とは言え、見苦しいのは事実」
「わぁお、おじさんたち仲間だよ? もう少し優しい態度してくれてもいいんじゃない?」
マリリアンヌとフランコの態度にゼン・ラーは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。
そこにベキッ、ゴキッと魔族を握り潰す粘液まみれの触手の塊がのそりとやってきた、その触手の塊の中から顔だけを出している触手魔法の使い手であるヌラー・ヌラ・アイアンがため息を漏らす。
「まったく困ったもんですにー、無駄に着飾ったババアにガリガリのボンボン、あと全裸、これでは『十一指』が色物集団と思われてしまいますにー。一応、魔法使いたちの頂点に位置する集団だとちゃんと認識して、恥ずかしくない恰好、行動をしてほしいものですにー」
お前もその色物の一人だ、と他の三人は心の中でつぶやいた。