242・開戦
「ふむ、マレッサピエーに『十一指』、『ドラゴンナイン』、そして勇者と勇者兵か。人類側の最高戦力といっても過言ではあるまい。対する魔王軍は魔王サタナス本人に双璧、貴族級魔族とその配下を主軸に据え、更に傭兵で数を補ったか。量は劣れど質の点で言えばマレッサピエー側よりも上と見てよいだろう。まぁどちらも神よりは劣るが」
地上を俯瞰する遥か上空に浮かぶ白いテーブルとイス、それに腰かける深紅のドレスに身をつつんだ見た目少女の人物が傲慢に独り言を零す。
少女は大罪神の一柱、傲岸不遜にして傍若無人なる恐るべき神、傲慢のアロガンシア。
アロガンシアはデイジーと互角に戦える稀有な存在であり、その実力は現在の神々を遥かにしのぐ異次元の強さを有している。
そんなアロガンシアの前の席に座る男が一人、黒いスーツに身を包み、仮面で顔を隠した男クギョウ・ジョウジ、勇者同盟という組織を発足した七人の勇者の一人である。
「現時点で貴女様を越える存在はおりません。幾つかの例外を除いては」
ジョウジの言葉にアロガンシアがピクリと眉を動かし、手に持つティーカップをゆっくりとソーサーに置く、美しく優雅な所作でありながらアロガンシアからにじみでる威圧感は常人ならば死にかねない程の圧であった。
「姉君たちとの邂逅が近い今の神はすこぶる機嫌がいい。一度だけ、一度だけ流してやろう、二度目はないとしれ」
「これはこれは、申し訳ございませんアロガンシア様、寛容なる裁定に心からの感謝を」
アロガンシアからの凄まじい圧をジョウジは意に介さずに頭を軽く下げた。
その姿にフンと鼻を鳴らしてアロガンシアは卓上に用意されているクッキーを鷲掴みにして口に放り込む。
「まったく、神と同席出来ているだけでも感涙にむせび泣き、地面に頭をこすりつけてもまだ足りぬほどの僥倖であるというに。くだらぬ妄言を吐き、神の機嫌を毛ほども損なうな愚か者め。例外などありはしない、神が神という存在がある限り、この世界の序列の頂点は神以外にあり得ぬ」
「まったくもってその通りかと。なればこそ、私は策を弄し、手間暇をかけ、世界を騙して貴女様へ挑む足掛かりをようやく掴んだのです。この戦いもその一環、いずれは貴女様からその権能を奪い、世界を救済して御覧に入れましょう」
どこか熱の籠った声でジョウジはアロガンシアからその傲慢の権能を奪い、世界を救済すると豪語した、アロガンシアはそれに対して冷ややかな目をジョウジに向けた。
「ほう、分不相応な大望を抱くか。あまりに憐れ、その愚かしさに涙もにじむというもの。我ら大罪神の権能を集め、その先は世界の救済か。良い、その大言壮語を許す。その小さき身の丈に合わぬ埒外の大望に押しつぶされるまで、せいぜい足掻くがよいわ」
「小さき者として命の限り足掻くのは本能、本能の赴くままに全力で足掻き、成し遂げる。それこそが成長という可能性を内包する人間の本質でありますれば。これより、貴女様にお見せするは勇者の可能性、すなわち人間の可能性、この魔王国とマレッサピエーの決戦が終わった時、人間は更に一つ上の段階へと進む。それこそが世界を救済する第一歩となる。では、そろそろ暇乞いをば、貴女様程ではないにしても私もまた多忙な身ゆえ、また相まみえた際はどうぞ、よしなに」
そう言ってジョウジは席を立ち、ゆっくりと地上に向かって自由落下を始める、その途中で空中に黒い穴が開きジョウジを飲み込んで消えた。
その頃、地上では国境付近を境にして魔王軍とマレッサピエー連合軍がにらみ合っており、一触即発の雰囲気の中、互いの陣では士気高揚の為に演説が行われていた。
「バブー」
「「「「おおおおおおおおおおおッッ!! 魔王様ぁああああああああッ!! うぉおおおおおおおおおおおおッッ」」」」
サタナスの発する喃語に狂喜乱舞し熱狂する魔王軍の兵士たち、二万の軍勢の熱は更に高まり、もはや正気を失う者すら出始めていた。
その様子を見て魔王国の双璧の一人である獄炎のバルディーニは満足げに頷いていたが、もう一人の氷獄のヘンリエッテはそのあまりの熱に辟易と言った表情を浮かべる。
熱狂する魔族たちの前にバルディーニがゆっくりと歩み出て、自身の熱を込めた魔力を声に変換し、凄まじい声量で声をあげる。
「魔王軍元帥アンフェール・フランメ・バルディーニである。今日は魔王国にとって記念すべき日となる、愚かなる人類の最精鋭にして先槍、マレッサピエーの愚物共に魔王様の鉄槌がくだされ、力ある者が世界を支配する正しき在り方に変わる、その始まりの日である!! 強き魔族こそが未来を切り開く権利を有している、弱き人類にその権利を持つ資格など有りはしない、世界は未来は強き魔族の為だけに存在する!! 魔王様に己が力を示せ、魔族の恐ろしさを人類に刻め、世界は我ら魔族の為ぞ有る!! 今こそ決戦の時、思うがままに、力のままに、我らに歯向かう愚かなる人類をなぶり、喰い、殺し尽くせッッ!!」
異様な熱を帯びた魔力が魔王軍から立ち上る、狂気に染まった殺せ、殺せという怒号が大地を揺らし空気を震わせ、国境を挟んで数キロは離れて対峙しているマレッサピエー連合軍に届いていた。
その狂気の魔力を含んだ怒号に一般兵たちは恐怖に陥り、一部の兵が脱走を企てる。
士気を下げるその行動をマレッサピエー宰相オラシオはあえて見逃した。
「此度の決戦に弱卒など不要!! 死を恐れるならば去れ、それを私は責めぬ。しかし、この決戦は人類存亡の分水嶺、今この場を逃げ延びたとて何になる!! 残りの余生を魔族への恐怖を胸に、共に戦えなんだ罪悪感と後悔に苛まれながら生きるのか!! 齢八つのセレスティオ様も剣を取り戦場に立つ!! 幼くして玉座に座り、王としての責務を背負い、人類の先槍として祭り上げられたその姿に何も感じぬのかッ!! 偉大なる父と兄の志を継ぎ、人類の為にと立ち上がられた幼きお姿に何も思わぬのかッッ!! お前たちには聞こえぬか、表に出せぬその嘆きが、その悲しみがッッ!! その嘆きを、悲しみを、今日この決戦で最後とするのだッッ!! 正義も大義も我らに在り、正しき我らに星神ステルラの輝きを!! 魔王を討ち、我らの手でセレスティオ様を、人類を、世界を救うのだッッ!!」
オラシオの檄に意気消沈していたマレッサピエー連合軍の兵士たちの士気が上がり始める、そこに若干緊張した様子のマレッサピエー国王セレスティオが姿を現す。
「我が父は武勇に優れ、勇猛果敢に魔王軍と戦い、魔族に人間の武を示した。我が兄は智勇に優れ、神算鬼謀をもって魔王軍と戦い、魔族に人間の智を示した。しかし、私には父のような武も兄のような智もない、それでも私は偉大な父と兄の志を継ぎ、マレッサピエーの王となった。武もなく智もない私だが魔王を討ち、世界に平穏をもたらしたいという意志は勝るとも劣らぬと断言しようッ!! この地に集った人類の守護者たる英雄たちよ、私に足らぬ武を智をどうか補ってほしい、諸君らの武と智、そして我が意志が合わされば勝てぬ敵など皆無ッ!! マレッサピエーの王権の象徴たるレガリア・オブ・マレッサを持つこのセレスティオ・セスト・デ・マレッサピエーが宣言しよう、今日この決戦をもって魔王の命脈を絶ち、世界に平和をもたらすとッ!!」
あらかじめオラシオが施していた魔法によってセレスティオの声には高揚の魔法が込められていた、オラシオの演説でセレスティオに対する同情心を煽り、そのセレスティオが力を貸してほしいと懇願する事でマレッサピエーの正規兵だけでなく他国からの援軍もまた心を揺り動かされ、マレッサピエー連合軍からも大地を震わせる怒号が響き始めた。
魔王軍とマレッサピエー連合軍の怒号が混じり合い、ほどなくして開戦の幕が上がる。