240・世界の動き11
冒険者ギルドの本部の所在は上位の冒険者以外には秘匿されており、A級冒険者になって初めて冒険者は冒険者ギルドの本部があるカヌチの里の存在を教えられる。
カヌチの隠れ里の始まりは、異世界から召喚された勇者にふさわしい武器防具を作り出す為に集まった鍛冶師集団であり、その優秀な鍛冶師集団の作り出す武器防具を目当てに多くの冒険者たちがやってくるようになった事で自然と冒険者ギルドが生まれたのだ。
そんな冒険者ギルド本部のあるカヌチの里の酒場の一角に最近A級冒険者チームに昇格したばかりの四人組が食事をしていた。
「魔王国とマレッサピエー近隣地域にはS級以下の冒険者は近づかないようにだとさ。本格的に戦争が激しくなってきたって事だろうな。S級以下は近づくなって事は貴族級の魔族も出て来てるのかもしれないな。まぁ、A級冒険者チームのオレ様たちには残念ながら関係ないが」
冒険者日報と書かれた紙に目を通し、ハゲ上がった頭のいかつい男ハーゲンがため息を吐く。
それに気づいたハーゲンの仲間であるエルフのパンプルムッスが怪訝な顔で話しかける。
「どうしたハーゲン、いきなり? セルバブラッソの一件で特別手当を冒険者ギルドから貰ってウキウキで飲みに出かけて酔い潰れてたらサイフを盗まれた事を気にしているのかハーゲン?」
パンプルムッスの言葉に複雑そうな顔になるハーゲン。
「ぬわー、何を複雑そうな顔をしているんだ我ら『カマッセ・パピー』がA級冒険者チームに昇格して高ランクの依頼も受けれるようになったからって箔付けの為に上位冒険者御用達の高級装備販売店『オタカーイ』で装備一式買い揃えて更に借金が増えたハーゲン?」
「いやーん、せっかく買い揃えた高級装備を冒険者ギルド本部のあるここ、カヌチの里で自慢してたら唐突に現れた六枚羽根の半裸筋肉ムキムキマッチョマンから『人の身でありながら、われの神器の力をほんの欠片程とはいえ起動させたる者に防具など不要なりや!!』という有無を言わさぬ圧と謎の光で買ったばかりの高級防具を消し飛ばされたハーゲンさんがなんだか悩まし気な顏をしてるわ!!」
ハーゲンの様子に気付いた他二人の仲間、魔法使いのマリユスと格闘家のバニニがハーゲンの最近あったショッキングな出来事をぶちまけつつ、心配の声をあげる。
「色々思い出してしんどくなるからやめて、もうつらい……」
両手で顔を覆い、シクシクと涙するハーゲンの肩にポンと誰かが手を置いた。
何事かと思い、ハーゲンが振り向くとそこには中性的な顔立ちで背中から一対の白い羽が生えている人物が立っていた。
「まぁまぁ、エヘールシト様なりの激励だと思うですし、そこまで気に病まない方がいいです」
ハーゲンに慰めの言葉をかけたのは軍神エヘールシトに育て上げられた神域神使隊という神域を守護する組織に属する神兵の一人、リディエルだった。
優しい言葉に思わず鼻をすすりあげて頭を下げるハーゲンだが、リディエルの言葉に少し首をかしげる。
「ありがとう、見ず知らずのなんか羽の生えてる人、鳥人か何か? その割には顔が人間っぽいけど。あと神様と同じ名前って事は王族だったのかあの人……。ん? でも軍神エヘールシトが守護してる国とかあったっけ?」
一部例外を除き、基本的に国には守護神の名が組み込まれている、ゆえにその国の王族は国名と共に神の名を背負う事になる。
しかし、軍神エヘールシトは守護する国を持たない神であり、過去に守護していた国も無い為に彼の者の名を持つ王族は存在しない。
その事を疑問に思うハーゲンにリディエルは笑顔で答える。
「いえ、本神です。大昔の戦で無くしたと思ってたエヘールシト様の鋳造した神器カリブルヌス、貴方が持つその大剣の真名です。勝利の剣、選ぶ剣などと呼ばれてて、確か地上では初代聖王が振るったとされてる聖剣です。まぁ初代聖王はカリブルヌスには選ばれませんでしたですけど。貴方はほんの僅かとは言えカリブルヌスに認められたです、それはとても凄い事なのです」
終始笑顔で話すリディエルを見て、あ、この人はあまり深く関わってはダメな人だ、とハーゲンは思った。
初代聖王は千年以上前の伝説上の人物で、世界を平定し統一国家を作ったとされている。
常識からかけ離れた逸話が数多くあり、実在したと考える者はほぼいない、そんな伝説上の人物すら認めなかった剣に自分が認められるなどあり得る訳がない、ハーゲンは苦笑いと共に思わず口から出そうになった本音を飲み込んで、当たり障りのない言葉をリディエルに返す。
「ハハハ、そうかそうか、そうなのか、それは知らなかったなー。まぁ、この大剣にはセルバブラッソで助けられたのは事実だ。良くは分からんが大事にはするさ。聖王すら選ばれなかった剣に選ばれるなんてな、光栄だなぁおい、ハッハッハ」
「はいです、光栄な事なのです。これからも神器カリブルヌスを大事にするです。いきなり話しかけてごめんです、これうちの奢りです。ではうちはこれで失礼するです。あぁ、そうそう」
急に話しかけたお詫びにと、ハーゲンたちの座るテーブルにお酒の入ったコップを人数分置いて去ろうとしたリディエルだったが、途中でハーゲンたちに向き直った。
どうしたのかと思ったハーゲンたちの目に真面目な顔付きのリディエルが映る。
「魔王国とマレッサピエーの決戦の規模はセルバブラッソの騒動を遥かに越えるです。普通の人間は元より、古代エルフの生き残りや神獣の末裔、そして希代のイカサマ師サン・ジェルマンの血脈と言えど近づけば命の保証はないです。マムとヒイロさんのお知り合いだと伺ったので、ご忠告だけでもと思ったです。では改めて失礼するです」
リディエルの言葉にハーゲンはきょとんとしたが、パンプルムッス、バニニ、マリユスの三人は険しい顔付きでリディエルを睨んだ。
「……アンタ、何者だ?」
「うちは軍神エヘールシト様に鍛え上げられた神兵であり、神域を守護する神域神使隊の一員。ステータスを隠蔽や偽装や不可視の魔法で隠そうとも地上種の魔法程度、容易く看破できるです」
そう言って、リディエルは酒場の入り口から普通に去っていった。
入れ替わりに酒場に入ってきたのはハーゲンたちの見知った顔だった。
「久しぶり、と言うほどではないが、元気そうでなによりだハーゲン」
ハーゲンに声をかけたのはセルバブラッソにて共に戦った冒険者チーム『チューニ―』のリーダーであるモッブスであった。
彼らもまたセルバブラッソでの活躍でA級冒険者チームに昇格していた。
「おお、モッブスじゃあないか。こんな所で会うなんてな」
「あぁ、実は――って、何かあったのか何だか剣呑な雰囲気だが?」
パンプルムッス、バニニ、マリユスの険しい顔付きを見て、モッブスが怪訝な顔になったが、ハーゲンは気にするなと苦笑いしながら、モッブスに座るように勧めた。
「で、何か用なのかモッブス? そんな感じだったが」
「あぁ、そうなんだ。共に戦い、我らの秘密を知る貴方たちだからこそ頼みたい事がある」
セルバブラッソでの戦いでハーゲンたちは『チューニー』の秘密、彼らが竜装具という竜を素材にした特殊な装備を用いる竜装兵であると言う事を知っていた。
真剣な顔付きのモッブスにハーゲンもまた真剣な顔付きになる。
「ふむ、知らない仲でもないからな。なんだ、頼み事って?」
「魔王国とマレッサピエーの決戦に、竜側の助っ人として参戦してほしいんだ」




