24・そういえば女神だったよねって話
「お願いだから二度と来ないでくれ」
はい、出禁になりました。
今夜の闘技場での試合形式はバトルロワイヤルだったのだが、デイジー叔父さんは三十人はいた試合相手全員を瞬く間に地面に埋めてしまい、試合が数秒で終了。
賭けにならないと、主催者の人に賞金を押し付けられた上で厄介払いされてしまった。
Aランク冒険者に匹敵する実力者であり、闘技場の王と呼ばれている人も参加していたらしいのだが、他の有象無象の選手と同じようにデイジー叔父さんに一瞬で地面に埋められた事で心がポッキリ折れて、もう戦いたくないと部屋の片隅で膝を抱えて丸まっているそうだ。
闘技場の王はバトルロワイヤル後のメインイベントに参加するはずだったらしいのだが、暇だからと飛び入り参加したバトルロワイヤルにデイジー叔父さんが参加していたのが運の尽きだったのだろう。
その結果、メインイベントが開催出来なくなったので今夜の闘技場は閉幕となってしまった。
闘技場からの帰り道、いきなり何十人もの見るからに怪しい風体の男たちに取り囲まれた。
「お強いねぇ、ただちょーっとやり過ぎだなぁ旦那。メインイベントを潰されて、お偉いさんがほんの少しお怒りだ。ちょいと痛い目に合ってもらうよ」
メインイベントが潰れた事で入るはずだった収益がパーになった事の報復だろう、とセヴェリーノはノシた男たちで出来上がった山の前で言った。
四十人以上はいたはずだが、デイジー叔父さんとセヴェリーノは瞬く間に全員を沈黙させてしまった。
いや、この人たちデイジー叔父さんの試合見てただろうに、なんでバトルロワイヤルの人数より少し多い程度の人数でいけると思ったんだろう。
「う~ん、残念ねぇん。ちょっと消化不良だわぁん。もっと熱ぅ~い肌と肌とのぶつかり合いが出来ると思ったんだけどねぇん」
デイジー叔父さんはそう言ってほぅと息を吐いた。
その顔には落胆の色が見て取れる。
「そうだなぁ、リベルタ―にいるやつらのほとんどは冒険者ランクで言えば、少なくとも一人でC以上はあるんだが、デイジー相手じゃ誰も似たり寄ったりって感じだな」
セヴェリーノの言葉にデイジー叔父さんはケラケラと笑う。
「あらあらぁん、貴方はなかなか骨のある相手だと思うんだけどねぇん。闘技場の王様っていう人よりも数段強いでしょう、セヴェリーノちゃん」
「まぁな、おいらは盛り上げる戦いってのは出来ないから、主催者があまり闘技場でやらせてくれないんだ」
ほんの少し、空気が重くなった気がした。
デイジー叔父さんとセヴェリーノが不意に立ち止まる。
「その眼帯、何かを隠すか封じてる物でしょう? 太陽の涙石の魔力を隠してた布袋と似たような何かを感じるわぁん」
デイジー叔父さんはセヴェリーノが右目につけている眼帯を指差してそう言った。
ニヤリとセヴェリーノが影のある笑みを浮かべる。
「あぁそうだぞ。こいつはおいらの右目に宿っている雷の神を封じてる。封じてないと生活する上で色々と不便なんでね」
「それを外すとどうなるのかしらぁん? あたくし、ちょっと気になっちゃうわぁん」
「――試してみるかい、デイジー? 昨日とは比べ物にならねぇぜ」
「へぇ、それは楽しそうねぇ……」
口角を大きく上げ、歯を剥きだしにしてセヴェリーノは獣の様な笑顔を浮かべた。
デイジー叔父さんも同じような笑顔を浮かべ、ゆっくりと両腕を広げる。
途端に空気が重くなり、胸が押しつぶされるような感覚を覚えた。
二人から発せられる圧に俺はたまらず膝を折ってしまう。
息が上手く吸えない。
セヴェリーノが右目の眼帯を外し、地面に放り投げた瞬間、圧力は更なる重みをもって俺を押し潰す。
「マレッサちゃあん、緋色ちゃんを先に宿に連れて行ってもらえるかしらぁん。あたくしはセヴェリーノちゃんと少しじゃれあってくるわぁん」
「安心しろデイジー、じゃれあいじゃすまないような熱く痺れる夜にしてやるよ!!」
「あはぁん、素敵な誘い文句だわぁん、ほてってきちゃう!!」
二人の圧は天井知らずに強まっていき、地響きを伴ってミシミシと大地が悲鳴を上げ始める。
地面や周りの建物に亀裂が走り、セヴェリーノの身体からバチバチと電気が放出されていく。
次の瞬間、マレッサの毛玉の体が強く光ったかと思うと、突如として巻き起こった風が俺の体を持ち上げた。
『は、早く逃げるもん!! こいつらガチでやり合うつもりもん!! 神話級の力を持った奴らが、いい歳して分別もつけずに暴れるとかバカもいいとこもん!!』
酷く焦った様子のマレッサはデイジー叔父さんとセヴェリーノが対峙する場から俺をものすごいスピードで引き離し、はるか上空まで連れていく。
『パルカァアアアア!! 全速全開で時空封鎖の結界張るもん!! リベルタ―どころか大陸の地形が変わりかねないもんよ!! わっちの本体からも神力のパスを繋いで融通させるから、最大出力であの二人の周囲の時空間を封鎖するもん!!」
忌み嫌っていたようだったパルカという魔王国の守護神に援護要請を飛ばし、星の光をかき消すほどに激しく輝きながらマレッサは夜空に巨大な魔法陣を描いていく。
『何やってんのよアンタぁあああ!! ここら辺まだ私様の領域なのよ!! なに、とんでもない奴ら暴れさせてんのよ、ふざけないでくれる!!』
不意にマレッサとは違う女の子の声が俺の頭の中に響いてきた。
絶叫にも近い大声のせいで耳がキーンとする。
ふと、マレッサの隣に光り輝く三つ目のカラスが羽ばたいている事に気づく。
『わっちだって好きで暴れさせてる訳じゃないもん!! ここに来たのだってほぼ事故もん!! わっち悪くないもん!! 悪いのはあんな力を持ってるのに分別付けないで暴れようとしてるあいつらもん!! いいから早くするもんパルカ!!』
『命令しないでよマレッサ!! あぁもう、なんで私様がこんな目に合わないといけないのよ!! 人間、私様を褒め称えなさい!! そういうの得意なの見てたから知ってるのよ!! 少しでも神力を高めて強度を上げてないと、漏れ出た力の奔流でここら一帯焦土になるわよ!!』
『わっちの方をたくさん褒め称え崇め奉るもん!! ヒイロはわっちの信徒もんからね!!』
『今はそう言うの良いでしょ!! ここは私様の領域なんだから、私様を優先的に褒め称え崇め奉りなさい!!』
マレッサの信徒になった覚えはないのだが、なんだか口喧嘩をおっぱじめそうな勢いだったので、とりあえず俺は全力で二人を褒め称える事にした。
「え、えーと。マレッサもパルカもすっっごくすごいぞ!! こんなとんでもない魔法が使えるのは二人以外には考えられない!! さすが女神の中の女神!! よっ、神界の二大女神!! 超絶カワイイ、美人、信仰したい女神ランキングトップ争いの常連!! あと、その、マレッサのそのふわふわボディは魅惑のふわふわっぷりだ!! パルカのその漆黒の羽は艶やかで夜の黒よりもなお深く美しい、更にその暗黒の三つの瞳はあらゆる光を吸い込んだ深淵を彷彿とさせる程の無限の闇だ!!」
『うっひょーーー!! 来たもん、バリバリ来たもん!! 神力がえげつないくらい高まるもーーーん!!』
『んほぉおおおおお!! いいわよ、いいわよ、いいわよ!! なにこれ、すっごいじゃない!! 神力爆上げだわーーー!!』
途中、ゴッデス大蝦蟇斎さんみたいな語彙力を発揮した気がするが、今は気にしている場合じゃないだろう。
俺の褒め称える言葉を受けて、マレッサとパルカの体が更に激しく光り出す。
そのあまりの眩しさに俺は目を開けていられなくなった。
『いくもん、パルカ!!』
『だから、命令しないでって言ってるでしょマレッサ!!』
『『神位魔法・時空封鎖結界アイオーンメガリフィラキ!!』』
唐突に海の大波に飲み込まれたかのような感覚に襲われる。
方向感覚が狂いに狂い、上下左右が分からない。
脳みそを直接揺さぶられたかのような激しい不快感を感じ、たまらず嘔吐してしまった。
「おうええええええ!!」
『おっと。大丈夫もん、ヒイロ? さすがにこれだけ間近で展開すれば影響を受けるもんね。緊急事態だったから、勘弁するもん』
『まったく、人間ってなんて貧弱なのかしら。まぁ、例外が例外過ぎて比べるのも可哀想だけれど』
優しく背中をさすられて、多少気持ち悪さが引いていくのを感じる。
マレッサが何か魔法でも使ってくれたのかもしれない。
「ありがとう、マレッ……サ」
目を開き、マレッサとパルカを見る。
そこには腕の生えた毛玉も三つ目の烏も居なかった。
そこに居たのは、素肌に淡く光る緑の羽衣を纏い、腰まである長い緑髪を風に遊ばせている美しい女性と黒で統一されたゴシックドレスに身を包んだ短めの黒髪と闇のような黒目を持つ美しい女性。
神々しい程に美しい二人の女性だった。