237・世界の動き8
「物資をかき集めろ、食料に武具に防具、魔法道具もありったけだ!! 傷薬や包帯、ポーション系の魔法薬も倉庫から全部出せ!! 今が売り時、稼ぎ時だ!! この機会に倉庫で埃被ってる在庫を一掃するんだ!! 売るのはどっちでもいい、マレッサピエーでも魔王国でも、より多く、より高く買ってくれる方に売りまくれ!! 売れた金で今度は木材や石材、土木作業道具類を買い集めておけ、戦争の後は復興だ、先んじてその為の資材を蓄えるんだ!! 他の商人の倍の値段を出してでも買い付けろ!! それ以上の値段で必ず売れる!! 戦後復興は金になる、どっちが勝っても負けてもだ!! さぁ、走れ、使い魔を飛ばせ、通信魔法で交渉しろ!! 千載一遇の好機、逃す手はないぞ!!」
そこら中で大声をあげて、さまざまな商品を馬車や魔法を駆使して倉庫から運び出す人々。
それらの商品が向かう先はマレッサピエーと魔王国である。
ここは商人の国コメルシアンテマーノ、ここでは王族ではなく商人たちが国のトップに君臨し国政を行っている。
元々は守護神を頂くごく普通の国ではあったのだが、商人ギルドがその有り余る金の力で当時の王家を借金漬けにして王権を買い取り、ついには国を乗っ取って守護神を排斥したという経緯のある、かなり変わった国だ。
その領土は世界でも一、二を争う程に狭いがその影響力は絶大で大国とすら対等に交渉が可能な程と謳われている。
現在、コメルシアンテマーノは人類と魔王との決戦が行われる地、マレッサピエーに大量の物資を売りつけ、それと同時に魔王側にも同様に物資を売りつけ莫大な富を稼いでいた。
魔王側への物資売却に対し人類への裏切りと非難する者もいたが、コメルシアンテマーノの国是は『ただひたすらに稼げ』、金を稼ぐ手段を問わずに稼ぐ事を良しとしている為、人類への裏切りという非難はコメルシアンテマーノにはなんの意味も持たない。
この国において稼いだ金額こそが誇りであり、貯め込んだ金は死に金、稼いだ金はより多くの金を稼ぐ為に使う事こそが至上の金の使い方なのである。
空前絶後の大戦が行われるという話しは既に知れ渡っており、商人にとってはまさに稼ぎ時、この期を逃すようなマヌケはコメルシアンテマーノには存在しない、全国民が全力で金を稼ぐ為に行動している。
そんな凄まじい金の熱に浮かれているコメルシアンテマーノに他国からとある商人がやって来ていた。
その商人は丸眼鏡をかけ小太りの壮年の男、着ているローブは高級な金糸で刺繍が施されており、幾つもハメている指輪には大きな宝石がちりばめられておりギラギラと輝いている。
男の名はカネーガ・メッサ・スッキャデー、大陸でも指折りの大商会であるスッキャデー商会の会長を務める男である。
「いやはや、凄まじい熱気ですな。実に素晴らしい、商人とはこうでなくては。さすが商人の国なだけはある」
高級なソファーに深く腰掛けたカネーガはワイングラスを片手に眼下を走り回る下っ端たちを見て満足そうに微笑む。
カネーガの向かいに座る骨と皮だけのまるでミイラの様な風体の男、コメルシアンテマーノの王であり、商人ギルド『トリオネア』のギルド長でもあるリッチー・ゴールドマンが乾いた笑みを浮かべ、二人の間にある豪奢な机の上に置かれた天秤の皿に一枚ずつ金貨を積み重ねていく。
「貨幣は人間の生み出した最高の発明であり最低最悪の発明でもある。こんなちっぽけな物で人を救う事が出来るし、殺す事も出来る。下で動いている連中も金で動いている、ワシやお前もまた金を稼ぐ為に金に動かされている、世界を動かしているのは人や神ではない、金だ」
ぴったりと均等に吊り合った天秤を見て、リッチーはうっとりとした顔を浮かべる。
「均衡こそが最も金を生み出す状況なのだ。互いが同じ戦力を持っていれば、それだけ戦争は長引く。多額の寄付を餌に冒険者ギルドや魔法ギルド、星神教の協力を取り付け、マレッサピエーに提供した。しかし、それでもまだ魔王軍とマレッサピエーの戦力は均衡しているとは言えない」
リッチーは吊り合っている天秤の片方に角の生えた小さな人形を乗せる、すると天秤は当然の様に片方に傾いていく。
その様子を見て眉をしかめ、憎々し気に角の生えた人形を睨みつけるリッチーを見てカネーガは頷いて見せた。
「まさしく。たった一人で戦況を覆す存在など、溜まったもんではない。勇者の投入でようやくと五分五分と言った所でしたが、魔王が自ら出てくるとなると、また天秤は大きく動くでしょうな」
「魔王サタナス、姉である前魔王リリシュすら凌ぐ魔族の王、彼一人で戦場の形勢は容易く向きを変える。このままでは実によろしくない、天秤は均衡してこそ。しかし、今我らには逆の天秤に乗せるべき駒がもう無いときている、いやはやどうしたものか」
腕を組み、ううむと唸るリッチーを見てカネーガは満面の笑みを浮かべて、逆の天秤に剣と盾を持った人形を乗せる。
すると、天秤は再び均衡を取り戻した。
「ほう、更なる駒があると? 魔王並に天秤を動かす存在、金で動くのならば話しは早いが一体?」
「勇者同盟という組織をご存じか、リッチーさん?」
「噂程度なら。ここ最近、マレッサピエーの都市の一つを占領した勇者たちを中心にした集まり。しかし、奴らのマレッサピエーへの叛意は明らか、協力するとは思えんが?」
「えぇえぇ、その通りです。彼らは自身を無理矢理召喚したマレッサピエーを恨んでいる。むしろ魔王軍と協力しマレッサピエーを挟撃する可能性すらある」
勇者同盟が魔王軍と協力する可能性があると言うカネーガの表情は笑顔のままだ。
その余裕すら感じる表情にリッチーはカネーガに何か手があるのだろうと思い至る。
「ふむ……つまりカネーガ君、君にはその矛先を魔王軍に向ける為の策があると言う事か」
「はい、然るにその策を成し遂げる為の融資を願いに来たのが足を運んだ理由でございまして」
「何本必要だ?」
「五もあれば十分です」
「なら十で万全を尽くせ、金は使ってこそ真価を発揮する。使わぬ金は死に金、無いに等しい。更なる金を稼ぐ為に金を積もう、いくらでも、何処までも、神の庭に届く程に!!」
リッチーは懐のマジックバッグから布に包まれ棒状の物をテーブルの上に十本並べてみせた。
それは百枚の金貨を重ねて棒状にした物、それが十本。
しかもただの金貨ではなく金貨よりも更に希少で高価な星金貨であった、千枚もの星金貨を用いカネーガはほどなくとある情報を入手する。
その情報は勇者同盟が魔王軍と戦う十分過ぎる理由となる。
カネーガの入手した情報は大罪神、そして大罪の権能の所在である。




