236・世界の動き7
マレッサピエーを目指す魔王軍の中に傭兵で構成された部隊が存在する。
傭兵稼業で生計を立てている者以外にも盗賊や他国から流れてきた犯罪者、冒険者ギルドを追放された素行不良の冒険者崩れなどが様々な思惑を胸に魔王の元に集っており、百を優に越える名も無き在野の強者たちの中にデイジーとヒイロに縁のある者が居た。
魔王軍から貸し与えられた騎乗用の竜にまたがる右目に眼帯をした偉丈夫、セヴェリーノ・アモーレが並走する竜に寝っ転がっているチューブトップとホットパンツのみという露出度の高い服装の元神である女性セルバに話しかける。
「あんた良いのかい? 出発前の酒席でデイジーたちには世話になったって話をしてたって耳にしたんだが」
セヴェリーノの問いにセルバは特に気にした様子もなく笑顔を向ける。
「キャハ、だからこそネ。デイジーちゃんやヒイロちゃんたちのおかげでこうして神ならざる身になったのだし、ちょっと羽を広げて世界を見てみたくなった所だったネ、渡りに船って言うんだっけ? 魔王のマレッサピエー侵攻はちょうど良かったネ」
「恩人が目指してる国を侵攻するのがちょうど良かったって言うのか? 元神様ってのは分からないもんだな」
セルバの事情を多少掴んでいるセヴェリーノは元神であるセルバの答えに苦笑する。
神という存在のデタラメさはセヴェリーノ自身が身に染みて理解していた、その為恩を仇で返そうとしている様に見えるセルバを特に否定したりはしない。
「別に普通に出向いても良かったネー。でもどうせ再開するなら劇的な方が面白いネー。あと、正直な所、デイジーちゃんとは一度じかに戦ってみたかったネー。ワタシの体の大半を奪った原初の呪いが完膚なきまでに叩きのめされたからと言って、ワタシまで負けたかのように思われるのは何と言うか癪ですからネー。あなたは確かデイジーちゃんと一度戦ってるのよネ、どうだった?」
セルバに逆に問いかけられたセヴェリーノはほんの少し、何かを思い出すように空を見上げる。
「あぁ、ボロ負けさ。全力を出して戦ったが、手加減された上で負けた。だが、おかげで更なる力を得る事が出来た、家督争いもかなり優位に進める事が出来た感謝しかないさ。残る兄弟はあと一人、長兄であるフランコ・アモーレ。フランコは今、マレッサピエーに居る。アンタ風に言えばおいらも渡りに船ってやつなんだろうな。勝って奴の中の神性を奪えば、おいらは晴れてアモーレ家の当主って訳さ。デイジーたちには情はあるが譲れないもんがある以上、敵対するなら打ち倒すだけさ」
「ふーん、家督の為に身内で争うなんて、人間ってホント面倒ネー。ま、神も人間の事は言えた義理はないけどネ。そちらさんも何か事情があったりするのかしらネ?」
セルバたちのやや後方を走る中型の竜に騎乗する五メートルはあろうかという巨体を持つ隻腕のオークカイザーに向けてセルバは声をかけた。
魔物でありながら傭兵の一人として今回の決戦に参加している唯一の存在、異様なその存在感は他の傭兵たちを威圧すらしていた。
そんな圧を全く気にかけずに話しかけたセルバに対し、オークカイザーはペコリと頭を下げる。
「済まない、聞くつもりはなかったのだが知った名が出たものでな。つい聞き耳を立ててしまった。ヒイロとデイジーはわたくしの命の恩人でもある、正直此度の侵攻も乗り気ではなかった」
「あんた、ザハールの言ってたオークカイザーだろ? 義侠の徒だって聞いてたがなんでまた? 命の恩を仇で返す事はないだろうに」
セヴェリーノの問いかけにオークカイザーは目を閉じて、ゆっくりと息を吐いてその問いに答えた。
「ヒイロには恩がある、情も。……だが、それでもなお守らねばならぬモノがわたくしにはあるのだ」
その目に確かな決意の色を見て取ったセヴェリーノはオークカイザーもまた何かを背負っているのだと確信する。
しかし、オークカイザーの答えにセルバははぁとため息を漏らし、何やら不満そうな様子だった。
「魔物もまた人間と同じで難儀なものネ、まぁ自分の命に代えても守りたいモノがあるって気持ちはとっても共感できるネ。とはいえ、生も死も循環するもの、自分の心のままに全力で生きて全力で死ぬ、それでいいと思うけれどネ」
ありのままの自分を生きて来たセルバにとって、自分の心を押し殺してでも何かを成し遂げようとするセヴェリーノやオークカイザーは面倒事を自ら背負い込み、生き方を狭めているように思えて仕方がなかった。
元神として膨大な時を生きて来たセルバの言葉は真理ではあるのだろうが、神と比べれば極短い時間しか生きれない人間であるセヴェリーノには承服しかねる言葉でもある。
「神視点で言われてもなぁ、己の心のままに生きていられるほどおいらは強くはない。やりたい事は星の数ほどあったとしても、やれる事には限りがある。まして、やり遂げられる事は更に少ない、ただ、だからこそ一番やり遂げたい事に全力を注ぐ、その為なら気の進まない事だってするさ」
オークカイザーと同じく決意のみなぎる目でセヴェリーノはそう言った。
「キャハ、いいネ。儚い命であるからこそ、一番大切な物の為に生きて死ぬ、それもまた人間の可愛らしい所ネ」
「死ぬ前提なのはやめてほしいな」
ケラケラと笑うセルバにセヴェリーノは再び苦笑するのだった。




