232・世界の動き3
マレッサピエー王、セレスティオ・セスト・デ・マレッサピエーはわずか八歳にして王位を継ぎ、人類の先槍、対魔王の旗印として担ぎ上げられた存在である。
セレスティオの持つ生来の優しさと気弱さは、おおよそ人の上に立つような立場に向いておらず、虫も殺せぬこの少年が魔王国と人類の存亡をかけた戦争の指揮するなど不可能であった。
その為に現在マレッサピエーの実権のほぼすべてを握っている宰相オラシオ・エスピナルが対魔王国との指揮を行い、なんとか戦線を維持していた。
お飾りの王をいただく王位の簒奪者、そんな陰口を言う者も少なくなく、セレスティオはいっそオラシオに王位を譲ろうかとも考えた時期もあったほどだった。
「セレスティオ様、御冗談でもそのような事は言ってはなりませぬ。私は宰相として王を補佐する者、ただただマレッサピエーへのご恩返しの為に生きているのです。何より数百年と続いたマレッサピエー王族の血脈、そう簡単に絶ってよい物ではありませぬ」
セレスティオが戯れに発した、そなたが王ならばマレッサピエーも安泰であろう、という言葉をオラシオは強く叱りつけた。
オラシオの叱咤を受け、セレスティオは幼いながらも懸命にマレッサピエーの王として責務を全うせんと全力を尽くしてきた、だが、そんなセレスティオの元に今までに経験した事のない事態が襲う。
「今、何と言った、オラシオ……」
「今一度申し上げます、魔王サタナス自身が魔王国より出陣したとの報が魔王国内の諜報員から入りました。近辺に潜ませている使い魔からの情報と合わせ、魔王サタナスの出陣は事実であると考えられます。魔王国の双璧が随伴している事も確認しており、戦線の押し上げのみならず王都まで攻めあげ陥落させる腹積もりかと」
「それは、つまり……」
「はい、決戦となりましょう。総力をもって魔王サタナスおよび双璧たる獄炎のバルディーニ、氷獄のヘンリエッテを食い止め、魔王軍二万の兵を押し返せねばマレッサピエーは終焉の時を迎えます」
淡々と話すオラシオに対しセレスティオは顔を青くして冷や汗を垂らしており、見るからに狼狽しているのが分かった。
幼いセレスティオの耳にオラシオの語る決戦についての戦略は入っておらず、明確に迫り来る死の恐怖に怯えるばかり、オラシオはそれを分かった上でなお慰めたりなどしない。
「王よ、我が王よ、マレッサピエーの行く末は貴方の手の中にあるのです。その身は幼くはあれど貴方は王、その責務は果たさねばならませぬ。そしてそれを補佐するのが我ら臣下の務め。ご安心を、既に対策はしておりますれば」
「そ、それは誠かオラシオ!? あの魔王と双璧が指揮する魔王軍二万をどうにかする策があると言うのは!?」
「ようやく、冒険者ギルド、魔法議会、星神協会との話しが付きました。更に勇者研究において新たな技術が確立出来た事で戦力の増強が可能となったのです。とはいえ相手は魔王軍、容易い相手ではありませぬ、どうかセレスティオ様も戦場に立ち、その威光を以て兵たちの士気を高めていただきたい。無論安全には配慮し、厳重な防御魔法を施した上ではあります」
「う、うむ、魔王が自ら攻めてくる以上、王たる私が玉座に座したままでは臆病者とそしられよう。準備は任せるぞオラシオ」
「は、万事お任せくださいませ。必ずや魔王軍を退け、人類の未来を勝ち取りましょう」
魔王軍に対抗する策があると語るオラシオの言葉を受け、セレスティオはある程度の危険を覚悟した上で戦線に立つ事を承諾する。
その後、オラシオは今後の指針を簡単に伝え、セレスティオが自室に下がったのを見届けてから控えさせていた部下を呼びつけた。
「セレスティオ様のご出立の支度は指示通りに。五重防御魔法を中心に反転と吸収の術式を展開、呪いと魔眼対策もぬかるな。私ですら突破できない結界が最低基準だ、そうでなくては魔王どころか双璧にすら貫かれると理解せよ。魔王の戦線到着予想は二日後、一日で全ての準備を済ませよ。セレスティオ様に万が一の事があればマレッサピエ―軍は容易く瓦解する、それは人類の滅亡の第一歩であると魂に刻め」
オラシオの言葉に部下はゴクリと唾を飲み込んでその場を後にした。
玉座の間を後にしたオラシオは執務室に向かう途中、懐から念話の魔法が込められた掌大の水晶玉を取り出して各部署に指示を飛ばす。
「魔王サタナスの襲来は確定と見てよい。他国から出来得る限りの支援を引き出せ、この一戦が人類の分水嶺となる。出し惜しみすれば次は自国が魔王国と隣国になると言えばたいていの国は納得するはず、急ぎ使い魔を送れ。部隊の再編も並行して急がせよ、マレッサピエーの先槍としてゼツマギガンウード殿に二千の精鋭を付ける。更にその二千の兵全員に最高峰の魔法武具と魔道具を配備、足りぬなら近隣の商人どもからありったけ買い付けよ、国庫を空にしても構わん。この一戦をどうにかせねばどうせ滅ぶ」
ある程度の指示を終えたオラシオは執務室の椅子に腰かけ、ふぅと深く息を吐く。
そして、机に刻まれている魔術式に魔力を込めて各地から収集した情報を空中に投影し、それらに目を通す。
「マレッサピエーの勇者、冒険者ギルドのドラゴンナイン、魔議会の十一指、星神教の星罰隊、これ程の戦力があればそこらの国を打ち滅ぼすのは容易い。だが、魔王や双璧を相手にどれだけやれるか……。それに魔王が動いた以上、今回は貴族級の魔族も戦いに出てくるはず、それに勇者同盟の動きも気になる。勇者同盟の動きと魔王の動きが呼応していたようにもとれるが互いに協力体勢を築くそぶりはなかった。……しかしそれはあり得ないと捨て置くには危険すぎる。協力関係でなくとも、魔王軍に全戦力を傾ければ勇者同盟はこれ幸いと動く事は目に見えている。魔王だけでなく勇者同盟にも何等かの対策が必要か、もう一枚切り札が欲しい所だな」
空中に投影される情報の中に数日前にマレッサピエーに戻ってきたある部隊の情報が映し出される。
情報の中にはその部隊が回収してきた神遺物についても書かれていた。
「権能を失い、機能停止した大罪神の残骸……。何かに使えればと思い回収させたが、傲慢の大罪神が目覚めた今となっては反感を買う前にどうにか処分したい所だな……さてどうしたものか」
頭上に広がる地図に目をやりながらオラシオは魔王軍と勇者同盟、更に傲慢の大罪神への対処も思案し、マレッサピエーが最も利益を得られる方法を模索するのだった。




