231・世界の動き2
「時に真実は耐え難い苦痛をもたらす鋭い刃にも成り得る、オラシオが君たちを含む勇者たちを監視していた理由の一つは死んだ場合の死体の回収だ。死体から抽出された勇者特権は他者に移植する事が可能、ただし適合しない場合もあり、適合したとしても多少の劣化は否めない。それでも通常のスキルに比べれば破格の物ではあるがね」
ジョウジの言葉に一人の女性が恐る恐る声をあげる。
「な、なんで貴方はそれを、勇者特権が死体から抽出できると知っているの? ま、まさか貴方……」
「ふむ、最もな質問だ香美音。これについてはシンプルな答えを返そう、それらの知識を知る事が出来るのが私の勇者特権『世界記憶』だからだ。世界の記憶にアクセスし、そこから過去と現在の記憶や知識をダウンロード出来るという物だ。ただ、勇者特権の使用には代償が必要になる、私が付けているこの仮面も勇者特権を使用した代償だと思ってくれて構わない。香美音、君が懸念したような事を私はしてはいない、安心したまえ」
香美音はほんの少しホッと息をついて安堵した、世界の記憶にアクセスできる勇者特権、それならばジョウジが初対面のはずの自分の名前を知っていたり、オラシオのたくらみを看破していてもおかしくはない、とそう思った。
ジョウジ・クギョウの持つ勇者特権『世界記憶』は世界が生まれてから現在に至るまでに蓄積した記憶のログに接続できるスキルである、この世界に存在するモノ全てを把握できるチートと言っても過言ではない力、だがその代償は決して少なくはない。
その少なくない代償を支払って世界の記憶にアクセスし、ジョウジはマレッサピエーに反旗を翻した。
「さて、天麻も言っていたが何の目的で君たちをここ、マレッサフォートレスに連れて来たかだが、今語って聞かせたように真実を知ってほしかったからに他ならない。その上で今後どのように生きるかは君たちの自由だ」
自由だ、とは言うがこのままでは再びオラシオの監視の元で生きていく事になるのは想像に難くない、今までそうであった事に気付いていなかったのだ、監視されていると分かった所で対処のしようなどないだろう。
それならばいっそ真実など知らない方が良かったのではないかと、その場に居た誰しもが思った。
「ただ、我ら勇者同盟はオラシオの行動に疑問を感じ、自由を手に入れる為、元の世界へ帰る為、そしてこの世界を真の意味で救う為に集まった者たちだ。目的は様々ではあるが、戦争の為に無理矢理召喚され、死んだ後すらその体を利用される、そんな理不尽が許されていいはずはない。だからこそ私は他の六人の勇者と共に七勇者として盟主たる人物に忠誠を誓ったのだ」
語気を強めて語るジョウジ、その勢いにその場にいた者たちがゴクリと唾を飲み込む。
「私や他の者が忠誠を誓う勇者同盟の盟主アリスこそ、この世界を救い我らの願いを叶えてくれる唯一無二の存在。彼女が有する勇者特権『全知全能』はそれを可能にする力であり、世界の意思が救いを求めている証左であると私は確信している」
そう言って、ジョウジはワイングラスを一気にあおり、中身を飲みほした。
「すまない、少々熱くなってしまった。天麻に大きな声は出すなと言ったばかりだと言うのに。せっかくの食事が冷めてしまった、サンドラ、すまないが新しい物を」
「畏まりました」
サンドラを始めとしたメイド姿の女性たちが食器を片付け、大広間を後にする。
その様子をボーっと眺め、天麻はぽつりと呟いた。
「結局、戻ってもオラシオの手先かもしれない仲間とどうやって暮らせって言うんだよ……。もう、アイツらを心から信じてやれないじゃないか……」
「それは違う。天麻、彼らや彼女らが何故オラシオの手先となって君たち勇者に近づき、信頼を得ようとしたのか、君はその真実を知らない。私が君たちに語ったのは君たちの仲間の大半がオラシオの手の者だという事実だけだ」
「……どういう事だ?」
ジョウジの言葉の意味を掴みあぐねている天麻を始めとした勇者たち。
おもむろに立ち上がり、ジョウジは両手を軽く広げて喋り始めた。
「例え話をしよう。男が女を刺し殺したとして、これは罪だろうか」
その場に居た数人が恐る恐る頷く、それを見てジョウジはニヤリと笑った。
「君たちは正しい、男が女を刺し殺した事は正しく罪だ、命を奪うという許しがたい大罪だ。だが、これはただの事実に過ぎない、真実とはその事実の裏にこそ潜んでいる。女は大病を患っており息をするだけでも耐えがたい苦痛を常に感じていた、女はその痛みに耐え兼ね男に自分を殺してくれるように懇願した、男はその願いを聞き届け、女を苦痛から解放したのだ。真実を知った上でもう一度君たちに問おう、男が女を刺し殺した、これは罪だろうか? 誰かに非難され石を投げつけられ処刑されるに足る罪だろうか?」
ジョウジが周りを見回すが誰も頷く事も答えを言う事もせず、思い悩むような顔をしていた。
「つまり、君たちは仲間である彼ら彼女らの真実を知るべきなのだ。その上で正しいと思う行動をしたまえ、それが君たちの望む未来に繋がる事になるだろう。そして、我々勇者同盟はその手助けをする意思と準備が出来ている。無論、強制はしない、だが私は君たちが我らと共に歩んでくれる事を願っているよ。さぁ、新しい食事が来たようだ、食事が済み次第、君たちは自由だ。好きにしたまえ」
新しく用意された食事がテーブルの上に並べられていく、ほどなく食事が終わり大広間に居た勇者たちは仲間の元に帰っていく、その顔は何かを決意したような力強い物になっていた。
マレッサフォートレスから去っていく勇者たちの後ろ姿を城のバルコニーから眺めるジョウジの背後に誰かが近づく。
「よくもまぁ回る口である。あそこまで揺さぶり、オラシオひいてはマレッサピエーへの不信と仲間への疑念を植え付けておいて何が手助けする意思と準備が出来ている、だ。詐欺師とでも言ってやろうか同志ジョウジ?」
「これはこれは人聞きの悪い。私はただ彼らの選択肢を増やしただけに過ぎない。未来を思い選択する事は人という存在の数少ない特権だと私は考えているよ。その結果がどのようなモノになるか、それは正に神のみぞ知る、というやつだ」
「ふん、己が頭で考える事を放棄したにも等しい者たちの未来など我には関係がない。我は力を示し、己の意思でここにやって来た。次は貴殿らの番だ、決して我との契約を違えるなよ」
「もちろんだとも。我ら勇者同盟は新たな同志として君を歓迎する陰陽師、芦屋晴流弥」
晴流弥は握手を求めるように手を伸ばすジョウジを無視して、その場に背を向けて歩き始めた。
その背中に向けてジョウジは楽し気に笑いかける。
「フフフ、どうやら嫌われてしまったようだ。それほどに大切な存在かね、彼女が」
その言葉に晴流弥は凄まじい殺気をまき散らして一瞬の内にジョウジとの距離を詰め、その首を落とさんと呪符を幾重にも重ねて作った剣を振るう、しかし、その剣とジョウジの間にいつの間にかサンドラが割り込んでいた。
晴流弥は舌打ちをして、サンドラの首元で剣をピタリと止める。
「旦那様、どうかお戯れはほどほどに。ハレルヤ様もどうか剣をお引きください。勇者同盟の同志が内輪もめなどしてはアリス様が悲しみましょう」
晴流弥の持つ剣がばらけてただの呪符に戻り、ひとりでに燃え出して塵になって消えた。
殺意の籠った瞳でジョウジを睨みつけながら晴流弥は口を開く。
「この場は侍女サンドラの顔を立てて流すとしよう。だが、次はないと知れ。またくだらぬ戯言を言うのなら、その首、胴と泣き別れる事になるであろうよ」
そう吐き捨て、晴流弥は苛立たし気にその場を後にした。




