229・ほかの勇者はどうしているのかって話18
マレッサピエーは草の女神マレッサを守護神とする国であり、宰相オラシオ・エスピナルの総指揮の元、魔王国と戦争をしている国である。
人類の殲滅を是とする魔王を頂点にした魔王国の侵攻により劣勢にあったマレッサピエーは他国の協力の元、勇者召喚に一縷の望みをかけて数多くの勇者を召喚した、しかし歴史上において勇者特権を獲得した勇者が召喚した者を、国を裏切る事は少なくなかった。
それを懸念したマレッサピエー宰相オラシオ・エスピナルは催眠魔法と薬を用いて、召喚した勇者を洗脳し、思うが儘に操れる駒にしようと画策した。
が、その思惑はとある世界の理から外れた埒外の存在、ムキムキマッチョなおねえであるデイジーを名乗る巨漢によって阻まれ、世界各地に勇者を散らばらせてしまう結果となった。
幸運にも数名の勇者は洗脳をしようとした宰相オラシオの内情を考慮し、マレッサピエーに対して協力姿勢を示してくれた。
数名の勇者の協力により、魔王軍によって国内の奥深くにまで押し込まれていた前線を一気に五分の所まで押し返す事に成功したマレッサピエーだったが、勇者が各地に散らばって以降の足取りを調査していた通称『草』と呼ばれるマレッサピエーの諜報部隊からの結果報告には不穏な物が増え始めていた。
「途中報告、各地に散らばった勇者総数五十五名、元の世界への帰還の意思がある勇者三十名、その中よりマレッサピエーに協力し魔王国との戦争に参加する勇者十名、勇者同盟を名乗り城塞都市マレッサフォートレスを陥落し離反した七名とそれに賛同する勇者が五名、残る八名はいまだマレッサピエーへ移動中。マレッサ様の分神体が離れた二十五名の内、二十名の行方が不明に、残る五名は明確な死亡を確認、内死体の回収に成功したのは一体のみ。未回収の死体四体の内一体は東の果てヤマトにて竜種に捕食され、他三体は勇者同盟に回収されたのを確認、報告以上」
『草』からの報告を受け、眉間にしわを寄せるオラシオ、大きなため息を吐いて報告書に目を通す。
勇者同盟を名乗る集団はマレッサピエーの明確な敵ではあるが、現在目立った動きは見られない、ただ城塞都市の調査に向かわせた『草』からの連絡は途絶したまま、リスクは高かったがマレッサピエーに協力的な勇者二名を向かわせる事で恐ろしく危険な場所に変貌している事は把握できていた。
行方不明となっている元勇者たち二十名も大半は勇者同盟に取り込まれたか殺され、死体を回収された可能性が高い、死体から勇者特権を抽出する方法が存在する以上、そう考えるのは当然であった。
ならばオラシオにとって急ぐべきは行方不明の元勇者たちの安否の確認ではなく、所在がはっきりしており未だマレッサピエーに辿り着いていない勇者八名の保護である、その中にはあのデイジーの甥である少年、緋色も含まれている。
デイジーという存在がこの緋色と言う少年の側に居る限り、緋色は絶対的に安全であるとオラシオは考え、優先的に保護すべき勇者をマレッサピエーの付近の国まで到達している他の勇者七名に絞った。
「既に『草』が接触を果たし、迅速な移動を促してはいるが勇者同盟がどう動くか……。デイジー、彼の者の協力さえあれば魔王国も勇者同盟もどうとでもなったであろうに……。まったくなんと愚かな言葉を吐いたものよな」
苦々しく自分の言葉を思い起こしながら自嘲するオラシオ。
そんな後悔をすぐに思考の隅に追いやり、もはや無駄とは思いつつ、念の為に各地の『草』に行方不明の元勇者の情報を集めるように指示を飛ばす。
そんな折、連絡用の水晶が激しい明滅を繰り返し始めた、これは緊急連絡があった際のものだった。
「何事か」
「緊急連絡、魔王国首都に潜伏中の『草』より『双璧』の出陣を確認したとの事。『双璧』の出陣に伴い、魔王本人の出陣の可能性有り。最大級の警戒をされたし。また星神教より緊急入電、星神教教主エトワール・ドゥ・ステッラ様が会合の場を設けてほしいとの事、勇者同盟に関して話し合いがしたいと」
「魔王軍本隊が出陣だと!? すぐに軍議の準備を、あと城内に居る勇者たちも招集せよ。それに星神教が関与してくるとは、一体何を掴んだのだ、あの女狐め……。分かった、了承する旨を伝えよ、おって正式な書面を送る。セレスティオ様には私から話しを通しておく。同盟国への支援の強化要請も送れ、マレッサピエーが落ちれば次は貴様たちだと大いに脅しておけ。あとは、魔法議会と冒険者ギルドにも協力要請をせねば、『十一指』からあやつが抜けたのならこちらに派遣してもらう事も可能か……」
勇者たちの動向、魔王本人の出陣、星神教教主との会合、更には軍の総指揮に内政と外交を並列して行うオラシオだが泣き事一つ漏らしはしない。
己の肩に国と世界の命運が乗っていると自負しているオラシオは魔王国との決戦を予感しつつ、その後の事にも思考を巡らせ、よりよい未来の為に行動し続けるのだった。
巨大なドラゴンの引く竜車に取り付けられた天蓋の下、ガタゴトと僅かに振動を感じながら金銀宝石を散りばめられたなんとも豪奢で煌びやかな玉座にとある人物が座っていた。
巨大な三本角と浅黒い肌、銀色の短髪に眼光鋭い暗黒の瞳、首元には邪悪なオーラを放つ涎掛け、口には金のおしゃぶり、そして手には獣の頭骨で出来たガラガラ。
玉座に座るのは見た目どうみても幼い赤ん坊、しかし、その両脇に控えるのは魔王国の『双璧』と謳われる、獄炎のバルディーニと氷獄のヘンリエッテ。
そう、この赤ん坊こそ前魔王リリシュ・バアルゼブルの大角をへし折り、生死不明となるまで追い込んだ現魔王サタナス・バアルセブルであり、そしてリリシュの実の弟である。