224・闇の精霊って話
「フィーニス、今なんて?」
「だから、修繕出来るって言ったのよ耳掃除してるザコお兄さん? それ神位魔法を物質化して糸状に加工した物でしょ、いるのよそういうのが得意な精霊が」
一応、空耳かとも思いもう一度尋ねてみたが答えは変わらない、精霊にそんな事が出来る存在が居たというのは驚きだ、四大精霊王だった爺ちゃんたちが補佐についてる事で他の精霊の情報が共有されているのかもしれない。
『そんな精霊が居るとは初耳もん、一体何の精霊もん?』
「闇の精霊ドヴェルグよ、地下でずっと暮らしてる奴。一応ドワーフの親戚みたいな奴だけど、一層偏屈だから、修繕を請け負ってくれるかはザコお兄さんたち次第ね。どうしても紹介してほしいって言うなら紹介くらいしてあげてもいいわよ」
『げ、ドヴェルグってあの業突く張りで大酒飲みでお風呂に一切入らないって言われてるあのドヴェルグ? 私様たぶん、反りが合わないと思うわ』
闇の精霊ドヴェルグ、ドワーフの親戚みたいな奴らしいがなんだかパルカは苦手そうだ、闇と死でなんだか似てる気がしなくもないが、そこまで言うほどに風呂嫌いなのかドヴェルグって……。
「頼むフィーニス。そのドヴェルグって精霊を紹介してくれないか、この通りだ」
頭を下げる俺を見て、クスクスと笑うフィーニス。
「あはッ!! 生まれたばっかりのフィーニスちゃんにこんなに簡単に頭下げちゃうんだザコお兄さん。なっさけなーい」
「そうだな、俺がもっとしっかりしていれば、こんな事にはならなかった。情けない限りだ」
「あ、えっと、ちょっと……そんな真面目に自分の非を認められたら、フィーニスちゃんが悪い子みたいじゃないのよぉ……わかったわよ。ちゃんと紹介するわよ、ジジイたちお願い」
少し困った様な声を出してフィーニスは自分の周りに浮く四つの青、赤、黄、緑の小さな光の玉がフィーニスの声に呼応するかのように明滅し始め、地面に魔法陣が刻まれていく。
『この魔法は召喚魔法みたいもんね、闇の精霊ドヴェルグを召喚する気もんか?』
『精霊召喚か、召喚魔法自体が珍しい類の物ではあるけれど契約した精霊じゃないと召喚出来ない物でしょうに。さすがは精霊王って所かしら、口は悪いけど』
「フィーニスはいい子だぞ。口が悪いのもまぁ愛嬌ってやつだろう、俺は別に気にしないし」
『はぁ、人間はほんっと甘いわね。絶対ろくな目に合わないわよ』
呆れるパルカに苦笑いを浮かべつつ、魔法陣を見ているとボフンと小さな爆発が起き、魔法陣が消えていく、そしてその場には小さなおっさんが酒樽を抱いて鼻提灯を作って寝ていた。
今まで見たドワーフよりも更に背が低く、浅黒い肌と長い白髭、腰のベルトには金づちやノミなんかの工具類がいくつか、ぶら下がっている。
雰囲気は確かにドワーフっぽい感じはする、あとなんか臭い。
「はい、コイツが闇の精霊のドヴェルグの頭領モートソグニルよ。酒好きで風呂嫌い、宝石類に目がなくて偏屈、ただ細工や彫金、物作りに関しては人間や神を凌駕している、ってジジイたちが言ってるわ」
「そうなんだな、ありがとうフィーニス」
「えへへ……」
「で、このモートソグニルさんは誓いの首輪を修繕出来るのか? 正直、そこまで凄い精霊には見えないんだが……」
「……ふぅん。ジジイたちが言うにはモートソグニルは神殺しの武器とか暇つぶしでよく作ってたんだって、だからその誓いの首輪も素材さえあれば問題なく作れるし、修繕も可能みたい」
暇つぶしで神殺しの武器か、なんとも物騒な精霊だな。
いまだにグースカといびきをかいて寝ているモートソグニルを見ていると、それが本当なのかどうか少し思い悩んでしまう。
『しかしくっさいわね、コイツ。一日、二日お風呂に入ってないって感じじゃないわね、これ。鼻が、曲がる、消臭魔法ってなかったかしら……』
『あー、たぶん無駄もんパルカ、この臭い、体臭じゃなくて魔力に染み付いた臭いもん。通常の消臭魔法じゃ効果ないもんよ』
『……最悪ね。魔力にまで臭いが染み付いてるなんて、とんでもない精霊ね』
マレッサの言葉にパルカは大きなため息を吐いた、体じゃなくて魔力が臭うってどんな感じなんだ? 俺にはよく分からない感覚だな。
「元々は神が殺した巨人の死体から発生した精霊だから、お風呂嫌い云々は別にしても臭うのはしょうがないってジジイたちが言ってるわ。あぁ、言っておくけどコイツこれでも上位精霊だから、貴族級の魔族並みに強いわよ。精霊王の権限で無理矢理呼び出したから、日光を浴びても問題ないけど、本来ならドヴェルグたちは日の光を浴びたら石化しちゃうのよね」
「はぁ!? そうなのか、無理呼び出させて悪い事した、起きたら謝らないとだな」
俺が驚いて大きな声をあげたせいか、パチンとモートソグニルの鼻提灯が割れてしまった。
「ふが?」
むくりとモートソグニルが体を起こし、大きな伸びをして大口を開けてあくびをする。
そして周りをキョロキョロと見回し、また寝てしまった。
「二度寝するのかよ!?」
「ふわぁ、うるさいンゴねぇ、っていうかここ何処ンゴ?」
ついツッコミを入れてしまい、そのうるささに今度はちゃんと目を覚ましたモートソグニル。
ぼりぼりと頭を掻きながら、立ち上がってフィーニスに目をやった。
「あー、おんしがおいどんを呼んだンゴね。新しい精霊王って話しンゴが、若過ぎやしないンゴかね、前任の四人がよくもまぁあっさり世代交代したものンゴねぇ」
しわがれた声でフィーニスを値踏みするようにじろじろと見た後にフィーニスの周りを飛ぶ四つの光の玉に声をかけ、モートソグニルは肩をすくめてみせた。
「フィーニスは頑張って精霊王を頑張ってるんだ、若いとかは関係ないだろう?」
フィーニスを悪く言われたようで何だかちょっとだけムカっとして、ついつい声を荒げてしまう。
「んー、おんしは?」
「皆野緋色、人間だ。アンタに頼みがあってフィーニスに呼び出してもらったんだ、急に呼び出した事は謝罪する、申し訳ない」
「おいどんに人間が頼みンゴねぇ、まぁ呼び出したのが曲がりなりにも精霊王ンゴからねぇ、聞くだけ聞いてやるンゴ……ん? なんで人間が精霊王にそんな事頼めてるンゴ? 普通そんな事出来る人間なんてよほどの実力者とかでもない限り不可能なはずンゴけど……」
「フィーニスは俺の友達なんだ、ちょっと無理を聞いてもらった。今回は俺のせいでジャヌーラの誓いの首輪がちぎれちゃったから、それを修繕してほしいんだ」
「ほー、精霊王と友達ンゴか、人間に友扱いされるとはずいぶんと人にかぶれた精霊王ンゴねぇ、ってジャヌーラの誓いの首輪がちぎれちゃった?? は? それって神位魔法を素材にした神殺しの呪具ンゴよ? 並みの神では解呪も破壊も不可能な代物ンゴ、見た所普通の人間であるおんしに……え? なんで幾つも加護持ってるンゴおんし?? っていうか何で神の分神体が二柱も付いてるンゴ??? え、おんし、何者ンゴ???」
「いやただの人間ですけど?」
「はぁッ???????」
モートソグニルは何故か俺の言葉に大いに困惑し、首を九十度横に傾げてしまった。




