223・力加減って難しいよねって話し
デイジー叔父さんのもたらした光の濁流のあまりの眩しさに俺は目を開けられずにいたが、やがて光が収まってきたのを感じて、そっと目を開けるとそこには信じがたい光景が広がっていた。
「うわぁ、なんて奇麗な樹海……って、え?」
目の前には鬱蒼と生い茂る青々とした樹海が広がっていた、樹齢数百年は越えていそうな雄々しい程に太い幹を持つ巨木、地面の至る所に生えているシダ植物や食虫植物にコケ類、明らかについさっきまでのジャヌーラカベッサとは違うその異様な光景に俺を始め、マレッサもパルカもジャヌーラも呆気に取られていた。
「あらん? やり過ぎちゃったわねぇん」
『や、やりすぎってレベルじゃないもーーーーん!? なにこれ、何がどうなったらこんな事になるもん???』
『魔法とかスキル? え、でもこんな規模で環境を変化させるって神の奇跡並みの事なんだけど? セルバが自分の神核を犠牲にしてやってのけた事に近しい事よこれ?? まぁ、デイジーちゃんだけど、でも、え、なにこれ?』
コツンと軽く頭を小突くデイジー叔父さんと目の前の景色に混乱しきりなマレッサとパルカ。
マレッサとパルカでこれなのだ、ジャヌーラはなおさらだろう。
『……きゅう』
小さな鳴き声ともつかない音を発してジャヌーラはその場に倒れ込んでしまった、なんとか地面に頭を打つ前に抱き留める事が出来たが、どうやら気絶してしまっているようだ。
「デイジー叔父さん、張り切り過ぎ。ショックでジャヌーラが気を失っちゃったよ」
「悪い事をしちゃったわぁん、すぐ時間を巻き戻していい具合の状態にするからちょっと待っててねぇん」
『何を言ってるもんかデイジー、時間遡行とかそんな神の奇跡でも最上位に位置するような事、いくらデイジーと言えど簡単に出来るはずは――』
「おお、巨木がどんどん小さくなっていく、DVDの早戻しみたいだ」
巨木が若返り、どんどんと小さくなっていく様子はなかなか見ていて面白い物ではあったのだが、マレッサとパルカは再び呆気に取られていた、いつもならデイジー叔父さんだから、でだいたいの事は飲み込んでくれていたのに時間に干渉するパゥワーはさすがに許容範囲を越えていたようだ。
「こんな感じかしらねぇん、クレーターや隆起した地面もすっかり元通りよぉん。ちょっと気合を入れ過ぎちゃったわぁん、加減が難しいわねぇん。ジャヌーラちゃんの誓いの首輪で試してたらどうなっていたかしらぁん、しなくて良かったわぁん」
加減を間違えていたら、戻り過ぎて無に還っていた可能性が否定できない以上、やらなくて正解だったと思うべきだろうか、しかしそうなると誓いの首輪を修繕出来る人物を探さなくてはならない訳だが、ジャヌーラが言うには神位魔法を物質化して織り上げる技術が前提らしい。
魔法の物質化、そんな事が出来るのかという疑問がわく。
『あー、デイジーに対する認識を大いに改める必要があるもんねぇ、常識を越えてるとは理解したつもりだったもんけど、その遥か斜め上をいってたもん……。さすがのわっちもちょっとビビり散らかしたもん』
『デイジーちゃんだから、といつも言っていたけれどここまで常識外れとは思いもしなかったわ……、まだまだ私様も甘いわね』
「あー、デイジー叔父さんへの認識を改めている所悪いんだが、デイジーヒーリングじゃこの誓いの首輪を修繕が難しいかもしれないんだ。もう少し真っ当なやり方で修繕したいんだが、どうにか出来ないか? ジャヌーラはもう無理みたいな感じの事を言っていたんだが」
「あらやだぁん、あたくしのデイジーヒーリングが真っ当じゃないみたいな言い方、デイジーショック!!」
「ごめんデイジー叔父さん、ちょっと真面目な話ししてるから」
「分かったわぁん、サイレントデイジーモードでお口にチャックしておくわぁん」
口元でチャックを閉めるジェスチャーをするデイジー叔父さん、デイジー叔父さんには本当に悪いとは思うのだが、たぶんデイジー叔父さんのパゥワーは強大過ぎて誓いの首輪の様な小物系を修繕するには向いていない気がする。
たぶん、力加減さえ覚えれば難なく出来るとは思うが、練習するにしても力を使い過ぎるのはデイジー叔父さんの負担になりかねない。
『んー、誓いの首輪は相当貴重な代物もん。神殺しの呪具、まぁ原初の呪いに比べればまだ限定的だからマシではあるもんけど、確かに神を殺しうる物ではあるもんね。それの修繕となると腕の立つ職人と素材が必要もんねぇ』
『素材はともかく、職人の方が問題ね。物質化した神位魔法の加工が出来る職人は現存する神にはいないわよ』
『セルバの疑似神核作成に関わったプナナは割といい線言ってるとは思うもんけど、いかんせん若すぎるもん。セルバの助力有りであと五十年くらい鍛えればなんとかってくらいもんねぇ』
『あの才能はセルバに特化し過ぎてるから難しい気もするのだけれどね。それに相手の首を切る用途に特化した神位魔法を扱うとなると、物質化する過程で何百人単位で人間の首が飛んだりしないかしら』
『そこはデイジーに任せればいいもん。たぶん、ハルペーレモーストミーにも耐えるはずもん』
『なら物質化もデイジーちゃんに任せても大丈夫そうね。神位魔法の物質化なんて普通は神が五、六人居てやっと可能な事だけれど、問題ないでしょ。やり方自体は把握しているし、私様があとでデイジーちゃんにやり方を教えるわ』
『だとしてもやっぱり問題は職人ね、神にいないなら人間の中にめぼしいのは他に居ないの?』
『うーん、セルバブラッソのドワーフヤエルフ、リベルタ―に居たドワーフなんかは一級の加工師ではあったもんけど、しょせんは人間の中での話もんからねぇ……』
マレッサとパルカが話し合っているとデイジー叔父さんの背中で寝ていたフィーニスがその賑やかさからか、目を覚ました。
「ふあ~、朝からうるさいわねぇ、誰よフィーニスちゃんの眠りを妨げる愚か者はー。あれ、ここ何処?」
「おはようフィーニス。昨日はデイジー叔父さんの事を見ててくれてありがとうな」
「ん、おはようザコお兄さん。最近ちょっと猫被ってたけど、もう面倒臭くなってきたからもういい? 気疲れしちゃうのよね、それとも大人しいフィーニスちゃんの方がザコお兄さん的には良かったりする?」
「フィーニスはフィーニスのままでいいよ。それが一番だから」
「そっか、……そっかぁ」
どこか嬉しそうに微笑むフィーニス、多少寝起きのせいか語気が多少柔らかい。
『だからーいっそ修繕もデイジーに任せた方が楽だって言ってるもん!! 壊してもまた時間遡行で戻せば問題ないもん、って言うか時間遡行で誓いの首輪を戻した方が早いもん!!』
『それはさっきデイジーちゃんも言ってたでしょ、加減が難しいって!! ああいう影響力がデカい力は細かい事には向いてないって分かるでしょ!! 戻し過ぎて無に還ったら元も子もないでしょうが!!』
『でもデイジーならなんとかするもんよ、たぶん』
『そんな気はするけど、そこは人としてなんとか出来ちゃダメでしょ!!』
何故かヒートアップしているマレッサとパルカ、フィーニスはあくびをしながら二人の方に目を向けた。
「あの二人は何の話してるの?」
「あぁ、俺のせいで壊れてしまったジャヌーラの誓いの首輪を修繕する方法の事でちょっとな」
「ふぅーん、誓いの首輪ってそれ? 修繕したいの? 出来るわよ」
「そうか修繕出来るのか、そうだよな、神殺しの呪具なんて呼ばれてるんだ、簡単には修繕――え?」
唐突なフィーニスの言葉に俺は奇麗な二度見をかましてしまうのだった。




