217・ほかの勇者はどうしているのかって話17
「やぁ、初めまして辰巳。私はジョウジ・クギョウ、我ら勇者同盟に参加してはくれないかな?」
黒いスーツに身を包む仮面の男、ジョウジ・クギョウはとある国のとある街の大通りでとある人物を勇者同盟にスカウトする為に声をかけた、声をかけらた当人は突然の出来事に困惑していた。
「え、あんた誰? っていうか勇者同盟って何?? そもそもなんでオレの名前知ってるの???」
ジョウジの言葉をいぶかしみ、警戒する青年の名は金剛寺辰巳。
彼もまたマレッサピエーの勇者召喚によってこの世界に呼ばれ、そしてデイジーの魔力の奔流に巻き込まれ遠くへと吹き飛ばされた勇者の一人である。
大通りを行き交う人々は何事かと二人の様子をちらちらと見ている。
「これは失敬、つい先走ってしまった。悪い癖でね、許してほしい。さて、何から話したものか」
ジョウジはそう言って顎に手をあてて、少し考え込み始めた、辰巳は異様な風体のジョウジに警戒を解かず距離を取って長剣の柄に手をやる。
「あんた、自分がどんだけ胡散臭い格好してるか分かってる? 勇者同盟、っていうくらいならあんたもマレッサピエーに召喚された勇者って事?」
「いかにも、私もまた君と同じくマレッサピエー宰相オラシオ・エスピナルが計画、先導し、十を越える国家の協力の元に行われた大召喚魔法『勇者召喚』によってこの世界に強制的に召喚された勇者たちの一人だとも。その後のデイジーという巨漢の魔力の暴走によって図らずも世界各地に散り散りになった勇者たちがどうなったか知っているかね辰巳?」
「オレにくっついてたマレッサって女神の分身みたいなのに少しは聞いてる。元の世界に帰ろうとしている奴は魔王国と戦ってて、オレみたいに帰らない事にした奴らは好きに生きてるって」
「その認識では正しいとは言えないな辰巳、女神マレッサは意図的に隠している事だが、女神マレッサの分神体が離れたとは言え、元の世界への帰還を諦めた勇者たちにはマレッサピエーの諜報員が常に見張っているのだよ、君の後方五十メートルに一人、そして君のクランに所属するライネルとホーティスの二人もまた諜報員だ」
その言葉に辰巳はギョッとする、ジョウジの言う通り辰巳が立ち上げた冒険者クランのメンバーにライネル、ホーティスという名の人物は所属している、しかもその二人はクランを立ち上げる前からの知り合いであり、二人は辰巳にとってかけがえのない存在だった。
いきなり諜報員だと言われても辰巳には受け入れがたく、当然それを否定した。
「そんな訳あるかよ、あいつらはこの国に落ちて困っていたオレを親身になって助けてくれたんだぞ!? この国に落ちてニ日も経たずに出会ったんだぞ!? そんなにすぐに諜報員がオレの居場所を把握できる訳ないだろ!!」
「いいや、元よりオラシオは人間の国の大半に諜報員である『草』を派遣している。勇者が世界各地に散ったその日の内に各地の諜報員に勇者への監視と接触を行うように指示を出している。それに君の居場所などすぐにわかるに決まっているじゃあないか」
「ど、どういう事だ……?」
「マレッサピエーに召喚され、デイジーというイレギュラーにより各地に勇者が散った際、デイジーは女神マレッサに全ての勇者を守るようにと脅し、いやこれは語弊があるかもしれない、本人はお願いしたと言っていたようだ、そのお願いによって我らには女神マレッサの分神体が宿り、落下の衝撃から守ってくれたのだ、もちろんデイジーがバリアを張っていた事も無事だった要因の一つではあるのだが。いや、今はそこはどうでもいい事だ、問題は女神の分神体が宿ったという点にある」
辰巳は困惑しつつもジョウジの言葉に耳を傾ける、その背後から忍び寄る影には気づいていない。
「君に宿ったマレッサから聞かなかったかね? 彼女はその名が示すようにマレッサピエーの守護神だ。自分の守護する国の為、国益に繋がる勇者の情報を宰相であるオラシオに伝えるのは当然、他の勇者の動向もまた同じだ、有用な勇者特権を持つ勇者はいつか利用出来るようにと常に監視しているのだよ、そして」
ジョウジはゆっくりと、しかし一瞬で辰巳の目の前に移動し、辰巳のすぐ背後に迫っていた人物の額に人差し指を押し当て、その動きを封じる。
「そして、真実に気付きマレッサピエーに対して害となる可能性が出た勇者を処分するのも、『草』の役割の一つだ」
突然の事に驚いた辰巳は自分の背後に立つ人物を見て、更に驚き、困惑の表情を浮かべた。
「え、ガルナムさん……?」
「そう、彼はガルナム・セオドール。冒険者ギルドに君を案内し、拠点を提供し、何かと君の世話を焼いていた人物だ。対象と良好な関係を築き、より多くの情報を得る、それもまた『草』の諜報活動の一つ。その関係は見せかけの物でしかなく、君に対する友好的な態度も偽物、ただの虚構に過ぎない」
「そ、そんな馬鹿な……」
「君の持つ勇者特権は『無限魔力』、その価値は計り知れない。だからこそ、君には三人もの『草』が監視として付けられたのだ。そして辰巳、君は知っているかな? 勇者特権は摘出し、他者に刻む事が可能だと言う事を」
「勇者特権を摘出? 他者に刻む? それって……」
微かに声を震わせて辰巳はジョウジの顔を見る、ジョウジの表情は仮面で全く分からないが辰巳は何故かジョウジが笑っているように感じた。
「『草』は国に害となる勇者を処分する、と伝えただろう。処分、もしくは死亡した勇者の死体を回収する事も『草』の役割だ。勇者である限り、君は自由にはなれないのだよ辰巳」
ジョウジがガルナムから指を離すと、ガルナムは白目をむいてその場に倒れ込み、ピクリとも動かなくなった。
それを見て、周囲に居た通りがかりの人たちが叫び声をあげる。
「ひ、人殺しー!! 早く警備兵を呼んでくれー!!」
「た、助けてーー!!」
途端に騒がしくなった周囲の事などまるで意に介さず、ジョウジは優しい声色で辰巳に話しかける。
「これはいけない、君を守る為とは言え少々目立ち過ぎた。私は帰る事にするが、君はどうするかね、辰巳。私の手を取るか、それとも諜報員だと知った上で彼らと付き合うか。あぁ、言っておくが『草』に替えはいくらでもいる、彼は残念な事になってしまったがまたすぐにでも新しい『草』が送られてくるだろう。君が選びため、君の行く先を」
そう言って歩き出すジョウジの前に黒い渦巻きが突如として現れた、辰巳は目を泳がせながら自分がどうすべきかを混乱する頭で必死に考え、そして。
「お、オレはまだアンタの言葉を信じきれない、オレはあいつらを信じたい、信じたいんだ、だから、アンタとは行けない、オレは、オレは……」
辰巳の絞り出すような声を聞き、ジョウジは歩みを止めて辰巳に振り返った。
「そうか、それは残念だ。とても、ね」
トスッと妙に軽い音と小さな衝撃、辰巳は何が起きたのか分からなかった、なんとなく視線を下に降ろすとそこにはジョウジの腕が自分の胸に、心臓に突き立てられているのが見えた。
「え?」
「すまないが、私が君に真実を伝えた事はもう『草』も把握している事だろう、ならば君の結末は決まっている。君が私の誘いを蹴った以上は早い者勝ちと言う事になる、マレッサピエーに無限の魔力炉を渡すのは少々厄介なのだよ。それにさっきも言っただろう辰巳、勇者特権は摘出し他者に刻む事が出来ると。出来れば君の意思を尊重したかったのだがね、本当に残念だ」
辰巳は訳の分からないままその人生を終えた、ジョウジは辰巳の胸から手を引き抜き、軽く振って血を落としてから物言わぬ死体となった辰巳を担ぎ、改めて黒い渦巻きへと進む。
「これも世界を救う為に必要な事なのだ、その礎になれる事を誇りに思ってほしい」
誰に言うでもなくジョウジはそう呟き、黒い渦巻きと共に姿を消した。




