216・その力は神にも等しいって話
俺はつい危ないからやめた方がいいとアリスに言おうとした、だが、それは杞憂だった。
それをやったのがアリスなのか、それともアリスにくっついているマレッサ・エクセレンテなのかは判断しかねるが、地上の四人の戦いは完全に止まっていた、いや止められたと言った方が正しいだろう、恐らく四人は止められている事には気づいていないだろうが。
「これって、まさか時間が止まってる?」
時間が止まっている、普通ならあり得ない現象だが俺が何故そう思ったのか、それは地上の四人が空中で静止しており、戦いの余波で巻き上げられた土煙もまた、霧散する事なくその場で固定されていたからだ、俺の隣に居るメイドのサンドラさんも微動だにしていない。
ただ、ここで不思議なのは俺が止まっていない事だ、アリスが俺を対象から外したのか、もっと別の要因があるのかは分からないが、俺とマレッサ、パルカ、そしてジャヌーラの四人は止まっていないようだった。
『時間停止、神位級の魔法をこんなにたやすく扱うもんか!? 神でもここまで簡単に扱うのはそうそういないもんよ。まぁ、わっちの本体なら使えるもんけど』
『神の自画自賛はみっともないからやめておきなさいマレッサ。あの神体顕現してるアンタが術式を構築して、勇者の子が魔力供給してる感じかしら。一切のよどみなく世界規模で時間停止させるなんて、デイジーちゃんでも出来るからどうか、いや出来るわねきっと』
『マレッサとパルカがたびたび口に出すそのデイジーってなんなんだ? 聞く限り人間とは思えないんだぞ、新しい神か何かなのか?』
失敬だなジャヌーラ、デイジー叔父さんはれっきとした人間だ……うん、人間だ。
マレッサはこの時間停止を神位級の魔法と言った、つまりこれはマレッサたち神様が使う神位魔法と同レベルのとんでもない魔法って事だ。
アリスが持つ勇者特権『全知全能』の影響も大きいとは思うが、あのマレッサ・エクセレンテという存在もかなり異質だ、マレッサが六枚羽根を持つ姿になった事はあるけれど、あそこまで人間みを感じない事はなかった、神様に人間みなんて言うのはおかしいのだが、より神様に近いと言う事なのかもしれない。
「さすがのあの四人も時間を止められたらどうにも出来ないのか、当たり前と言えば当たり前なんだが」
『ていうか、なんでヒイロは止まってないもん? 時間停止耐性とか持ってるようには見えないもんけど』
『そうね、鑑定で見てもそんな耐性は持ってないわね。あの勇者が対象から外した、って訳ではないわね。この時間停止の効果範囲は全世界規模だし、ここまで大規模な魔法でたった一人だけ対象から除外するなんて器用過ぎるなんてもんじゃないわ』
『ん? この下等生物、神位魔法自体に耐性出来てるみたいだぞ? いや、そんな訳ないんだぞ、短期間の内に何度も神位魔法の影響を間近で受けない限りそんな耐性付く訳ないし、下等生物の間近で神位魔法を使うとか、そんな事をやる神が居たらド外道もいいとこなんだぞ。下等生物の近くで神位魔法なんて使ったら大量の神力にあてられて精神崩壊待ったなしなんだぞ』
ジャヌーラの言葉にマレッサとパルカはそっと目を背けた。
なるほど、そんな理由で俺には神位魔法に対する耐性が出来てて、この時間停止の影響下に無いって事か、そーかそーか。
「マレッサ、パルカ、俺に何か言う事ってある?」
『……いやーなんというか。不可抗力ってやつもん。仕方ないもん、その時はその時、ヒイロは優しい人間もんからきっと許してくれるもんよね? ね?』
『大丈夫、精神の状態は魂の状態にそこまで重篤な影響は及ぼさないわ。精神が壊れてても魂の色は奇麗なままだから安心してちょうだい』
いや、マレッサも大概だがパルカも相当だな、おい。
まぁ神様らしいと言えばらしいのだろうか、そんな事を話していると地上の様子がおかしい事に気付いた、なんかメルヘンなお城出来てるのだ、一体いつの間に……。
「なに、アレ??」
俺の言葉にマレッサたちも地上を見て、いつの間にか現れたメルヘンな城に呆気に取られている。
そして、城の中庭と思しき場所に大きな丸テーブルがあり、ゴッデス大蝦蟇斎さん、晴流弥、ルクレール、シグルズさんらが席についていた。
四人の前にはティーカップやお茶菓子などが用意されており、お茶会でも開催しているかのようだった。
「さ、お茶会の用意が出来たわヒイロ。ぜひヒイロも参加なさってね。サンドラの焼いたクッキーはとっても美味しいのよ」
俺の目の前にアリスが立っており、何事もなかったかのようにそう告げる。
あの四人の戦いを止めるのはデイジー叔父さんや神体顕現したマレッサやパルカたちクラスの存在だとばかり思っていた、俺が想定していたのはあくまで物理的にあの四人を止める事ではあったがアリスは俺の想定を越えていた。
これが願った事は何でも叶ういう勇者特権『全知全能』の力なのだとしたら、恐らくデイジー叔父さんにも匹敵しうるのではないだろうか、ほんの少しだけ身震いしてしまう。
「あ、あぁ、それは楽しみだな。ぜひとも参加させてもらうよ」
夜風が妙に冷たく感じる、どうやら冷や汗をかいていたようだ。
そこで風が吹いている事に今更気づき、時間停止が解除されているのだと分かった。
「あれるぎーという概念を旦那様からお教えいただいております。ヒイロ様はあれるぎーなどございますでしょうか?」
「いえ、何もないですよ」
アリスが時間を止めていた事や地上に突如現れたメルヘンな城の事など意に介さず、サンドラさんはいたって冷静だった。
もしかしたら、アリスがこういった事をするのは初めてではないのかもしれない。
ゆっくりと地上に降りて俺たちも丸テーブルの席に着く、先に着席していた四人、ゴッデス大蝦蟇斎さん、晴流弥、ルクレール、シグルズは酷く困惑している様子だった。
「さぁさ、アリスのお茶会にようこそ!! 本当ならお茶会はマーチやハッターが得意とする所なのだけれど、今回はわたしが主催するわ!! いつも邪魔をするチェシャもワガママなハートもせっかちなホワイトも何もかもを台無しにするジャバウォックも今は夢の中、だからみんなを起こさないように静かなお茶会にしましょ、でも夜のお茶会なんてとっても素敵、悪い事をしているみたいでドキドキしちゃう」
どこか嬉しそうなアリスを見て、サンドラさん以外のこの場に居た全員が怪訝な表情をしていた。
そんな時、聞き覚えのある声が俺の耳に入った。
「あらあらぁん、こんな夜更けにお茶会だなんて悪い子ねぇん、大人としてはめって怒らないといけない所なのだけれどぉん、子供って怒られるともっとやりたくなっちゃうものよねぇん、だから、今回は特別よぉん。あたくしも参加して一緒に悪い事しちゃってもいいかしらぁん?」
それは、どこからともなく現れたデイジー叔父さんの声だった、デイジー叔父さんの隣には眠そうな顔のフィーニスが立っている。
デイジー叔父さんを見て、アリスはほんの少し驚いて、とびっきりの笑顔で頷いた。
「えぇえぇ、とっても素敵!! 是非とも参加してちょうだいな!! でも、大人なのに一緒に悪い事するだなんていけない人だわ、でもでも怒らないでいてくれるなんて、とても優しい方でもあるのね!! わたしはアリス、あなたのお名前を教えてちょうだいな!!」
「アリスちゃんねぇん、可愛らしいお名前だわぁん。あたくしはエクストリームデンジャラスエキサイティングオフシャルセンシティブエンジェル、デイジーちゃんよぉん、よろしくねぇん」
ニコニコと笑い合いながら、デイジー叔父さんは空いている席に座る。
そして、大胆にはだけた上着、ブーメランパンツにパレオを付けただけの姿のデイジー叔父さんを見てジャヌーラが叫んだ。
『コイツ、エッチな恰好してる、変態なんだぞッ!!』
「やめなさいジャヌーラ、デイジー叔父さんは変態なんかじゃあない、ただ自分に正直なだけなんだ、だからそんな事言っちゃあダメだぞ」
俺の言葉にジャヌーラは大いに困惑した顔で呟いた。
『えぇ、下等生物、こわ……』




