213・平和的な解決はまぁ無理だよねって話
「えぇッと、ルクレールはともかくそっちの人は初めまして、ですよね? 緋色と言います、怪我大丈夫ですか? あぁそうだ、残ってた回復のスクロールは全部あげちゃったんだった」
俺はとりあえず、初対面のはずの宝石の様に輝く全身鎧を着ている女性に挨拶をした、挨拶は大事だからな、ルクレールともども怪我をしているようだったので回復のスクロールを使おうと思ったのだが、下水道でナイトクローの人に残っていたスクロールを全てあげてしまった事を思い出した。
「初めましてヒイロ。拙者は冒険者ギルド所属、ドラゴンナイン筆頭のシグルズ・グラムだ。気遣いは無用、すぐに回復する。なによりこの程度、かすり傷ですらないゆえ」
「ふん、ぬかしよるわ。妾の牙が臓腑にまで達しておるのだ、なぁにがかすり傷ですらないだ、やせ我慢もほどほどにするが良いわ、脳筋が」
「黙れルクレール、その軽口が最期に残す言葉でいいのか? 今にそのそっ首、切り落としてくれよう」
「クカカカ、出来もせぬ事を口にするでないわ。互いに心臓を羊太に潰されかけて間もない身、十全の戦いが出来ぬ以上、どれほど殺し合おうとじゃれ合いの域を出ぬ。それは先程までの戦いで嫌というほど理解したであろうが。互いの与える傷よりも再生速度の方が速いのだ、千年戦い続けても決着などつかぬわ」
「そうか、貴様を断罪する中で心臓が妙に痛んだのも、あの子供の勇者特権とやらの効果がまだ残存していたからか。なんとも厄介な勇者を呼びこんだものだマレッサピエーは」
口喧嘩とも言い合いとも取れる何とも微妙な会話をしているルクレールとシグルズさん、心臓を羊太に潰されたとかなんか物騒な事を言っていたが今はそれどころではない。
眼下で繰り広げられているゴッデス大蝦蟇斎さんと晴流弥の戦いが更に熱を帯びてきているのが見て取れた。
高速での戦闘の中で相手を押しているのはゴッデス大蝦蟇斎さんだ、しかし俺にはどうにも晴流弥が意図的に押されている風に見えた、空中に居るからこそ分かるのだが、晴流弥の移動する軌跡が妙に奇麗で幾何学的な模様に見えるのだ。
晴流弥は何か大がかりな事をしようとしている、どちらもかなりテンションが高く手加減など忘れている可能性がある、万が一が起きない内に止めなければ。
「あの!! ご歓談中申し訳ないんですが、下の二人を止めてほしいんですけど、出来ますか?」
まだ言い合いを続けそうな雰囲気ではあったが、俺は意を決してルクレールとシグルズさんに大きな声で話しかけた。
俺の声に反応した二人はなんだか妙にピリ付いていた、え、何で?
「えぇい、誰がこんなやつと歓談なぞするものか。まぁそれは良い、それは良いのだが、少々聞き捨てならん事を言ったな小僧、出来ますか、だと? 神に背きし偉大なる海竜帝レヴィアタンが一子である妾に人の枠に収まっておるあの二人を止める事が出来ますか、だと!? クカカカ、妾をたきつけるには十分過ぎる言葉じゃ小僧!! よかろう、瞬く間に止めてやるゆえ、まばたきせずに見ておるがよいわ!!」
「ふん、下の二人も相当な力を持っているのは見れば分かる。だが、片方は動きが素人のそれだ、物量でのごり押しでしかない、それでもSランクの魔物程度なら十二分に屠れる火力ではあるが。もう片方は中々の体捌きだ、あの若さであれ程の動きが出来る者はそうはいまい、天才と言っても良い、戦闘経験もかなりの物と見える、しかしそれだけだ。力に飲まれるのを恐れ、十全に力を振るえていない、いや振るおうとしていない、その様な者に後れを取る拙者ではない。癪ではあるがルクレールも同様だ」
ルクレールとシグルズさんはピリ付いた雰囲気のまま、眼下で戦うゴッデス大蝦蟇斎さんと晴流弥に目を落とし、そして、一瞬で二人目がけて降下していった。
その移動の余波だけで、突風が吹き荒れる。
『いやぁ、ヒイロも怖い物知らずもんねぇ。出来ますか? なんて普通言えないもんよ』
『ある意味、喧嘩売ってるものね。あの光の竜と神罹り、実力だけなら神兵よりも数段上、神に近しいと言ってもいいくらいよ、それを片方が人をやめてるとは言え人間の枠に収まってる存在の小競り合いを止める事が出来ますかなんて、武装した人間の大人に子供同士の喧嘩を止めれるか聞いてるみたいな物よ。小馬鹿にされたと感じたんじゃないかしら?』
「え、俺そんな失礼な感じの事言ってたの!? 後で謝らなきゃだ」
下で戦っている二人だって相当強いから無傷で止めるのは難しいんじゃないかなと思っての言葉だったのだが、ルクレールとシグルズさんにとってかなり失礼な事を言ってしまったようだ。
そんな事を思っている間に晴流弥が仕込んでいた何かが動き出したようだ、逃げ回っていた軌跡が五芒星の形になっており、その中心でゴッデス大蝦蟇斎さんが身動き一つ取らずに立ち止まっていた。
『へぇ、やるじゃない。魔剣封じって所かしら、もっと大きな括りで縛り付けてるみたいだけれど、器用なものね』
『封印術の一種もんかね? 本当ならこの一手で形成は逆転なんだろうもんけど、あの二人が割り込むもんから、それどころじゃなくなるもんね』
パルカとマレッサの言葉のすぐ後に地響きと共にとんでもない大爆発が起こり、凄まじい量の土砂が舞い上がる、もうもうと立ち上る土煙がその爆発の威力をこれでもかと見せつけていた。
かなり高い場所に居る俺にまで衝撃と土砂が襲って来た、いやちょっとこれゴッデス大蝦蟇斎さんと晴流弥死んでないよね? 手加減とか分かってるよね?
「わー派手だねー。デイジーちゃんよりは見劣りするけど、今まで見た中じゃかなりすごい方だねー」
『デイジーと比べるのはどうかと思うもん』
『デイジーちゃんと比べたらたいていの、いえほとんどの存在が見劣りしちゃわよナルカ』
ごもっともだ、いやそんな呑気な事を言ってる場合ではない。
「それより、ゴッデス大蝦蟇斎さんと晴流弥は!? 無事だよなこれ!?」
『わ、わちきの国がぁああああああ!? こんなとんでもない衝撃、地脈がぶれたらどうする、もっと配慮とか遠慮とかしてほしいんだぞ!! 下等生物がアレを呼んだんだぞ、もっと平和的に何とかするように言えッ!!』
「いやぁ、そう言われましてもねぇ」
俺の足にしがみついたままでジャヌーラが悲鳴にも似た声で叫んでいるが、俺に何とかしろと言われても、正直困る。
何とかしようと助けを呼んだ結果がこれだから、罪悪感はあるが、これは不可抗力というやつだ、俺にはどうする事も出来ない、すまんジャヌーラ。
地上では突如巻き起こった突風が土煙を吹き飛ばしていた、誰かが風の魔法でも使ったのだろうか。
土煙が消えた後、野原には数十メートルを越えるクレーターが出来ており、そのクレーターの四方の淵にゴッデス大蝦蟇斎さん、晴流弥、ルクレール、シグルズが立っていた。




