209・その正体はって話
切り裂かれた鉄の扉をくぐった先の明るさに目をしかめる。
数秒で目は慣れたが目の前に広がる光景にギョッとする、数十人を越える柄の悪い男たちが全員打ちのめされ、床に転がって呻いていた。
鉄の扉の中はとても広く豪邸の広間の様な感じで煌びやかだったのが分かる、過去形なのは既にその原形を留めていないからだ、あちらこちらに突き刺さる刀剣の数々、豪奢なシャンデリアのいくつかは床に落下し、数メートルは有ろうかと言う絵画はズタズタに引き裂かれ、恐らく高級品であろう調度品も無残に破壊されていた。
「ざっと見た感じ人死には出てないみたいだ、怪我をしてる人はいるみたいだけど。しかし下水道のすぐ横にこんな豪華な広間があるなんてな、犯罪組織の考える事は分からないな」
破壊の限りを尽くされたような広間だと言うのに人死にが出ていない事に俺は驚きと共にホッと安堵していた、犯罪者とは言え命は命だ、簡単に散らしていい物じゃあないと思う。
「うう……な、なんだったんだ、アレは……」
近くの瓦礫の中で柄の悪い男の声が聞こえてきた、どうやら瓦礫に埋もれているようだ。
急いで瓦礫に近づき様子を確認する、出血はそこまで酷くはないが瓦礫での打撲でそれなりにダメージを受けたせいか意識が少し朦朧としている。
「大丈夫ですか!? すぐに瓦礫をどかしますから、しっかりしてください!!」
「だ、誰だ、お前……、いや、誰でもいい、すまねぇ恩に着る……」
柄の悪い男の体の上にあった瓦礫をなんとかどかし、瓦礫の山から体を引きずり出す。
足が折れているようで変な方向に曲がっている、他にもあちこち服が破けており大小の傷が無数にあった。
「とりあえず、回復のスクロールだな。回復のは多めに買っておいてよかった」
俺はすぐさま回復の魔法が込められたスクロールを破って柄の悪い男を回復する、ほかにも怪我をしている人は多くいるようだが、さすがに全員を回復できるほどスクロールは持っていない、範囲回復のスクロールも多めに買っておくべきだったな。
「回復のスクロールを使ったから、怪我の方はたぶん大丈夫だと思う。それで、一体何があったんだ? ずいぶん酷い事になってるけど」
「あぁ、いきなりとんでもないバケモノが襲って来たんだ、今思い出すだけでも震えが止まれねぇ、なんだったんだアレは……。ナイトクローの幹部、四爪王様たちが手も足もでなかったなんて、あ、悪夢だ、悪夢の化身そのものだった……」
柄の悪い男は襲撃時の事を思いだしたのか急にガタガタと体を震わせ、頭を抱えてうずくまった。
よほど恐ろしかったのだろう、犯罪組織の一員がここまで恐怖で萎縮するなんて普通じゃあない、とりあえず俺は残っている回復のスクロールを全てその場に置いた。
「これ、怪我してる人に使ってあげてください。そのバケモノは俺たちがなんとかします。安全な場所に避難しててください」
「やめとけ!! あんなバケモノに勝てる奴なんて、S級の冒険者くらいだ!! いや、S級だって無理かもしれない、アレはそれほどの強さだったんだ!! お前みたなガキが行って何とかなる相手じゃあない!! 回復してくれた事には感謝してる、だからこそ、恩のあるアンタをアレと戦わせる訳にはいかねぇよ!! アンタこそ逃げてくれ、あのバケモノは奥の宝物庫に向かっていった、今ならまだ間に合うはずだ、早く逃げてくれ!!」
柄の悪い男は俺の肩を掴んでそう叫んだ、俺を心配してくれるなんてこの人は本当はいい人なのだろう、今は犯罪組織に入っているが罪を償ってまっとうに生きてほしい所だ。
俺に追いつき、広間の状況を確認している晴流弥が険しい顔で俺の元にやってきた。
「凡夫ヒイロ、まったく言われたそばからこれとは、人の話は聞くものであるぞ。なにより、そやつらは犯罪者だぞ、今までに犯した罪は一つや二つではあるまい。助ける価値などない」
「確かに、罪を犯したなら償わなければならない、でも、だからと言って怪我をしているのを放っておく事は出来ない。あと、ここをこんな風にした奴は奥の宝物庫らしい、急ごう」
「まったく、餡子よりも甘い男だな。おい、貴様、ここの情報は警備兵に伝える、後の身の振り方は己で決めるがよい」
俺と晴流弥は広間の奥にある切り刻まれた大きな扉に向かって走りだした、ここを襲撃した存在が通った場所には壁や床、天井にまで斬撃痕が残っており、どう移動したのか分かりやすかった。
あちこちに刻まれた斬撃の痕を追いかけていくと部屋一つを巨大な金庫に改造したような場所の前に辿り着いた、分厚い金属の扉を切り裂いて、その人は金庫の中で金貨や宝石なんかを漁っていた。
「あーひゃひゃひゃひゃっ!! 金貨、宝石、お宝がザックザックじゃない!! とっ捕まった牢屋からドリル魔剣で抜け出して、妙に強い魔物を倒した先が犯罪組織だったなんて、運がいいんだか悪いんだかって感じだったけど、これは超ラッキー!! 日頃の行いが良かった証拠ね、神様ありがとう!!」
『犯罪組織から金目の物を奪うとかタチが悪いもんこいつ!! 犯罪組織だからって強奪していい訳ないもんよ!!』
「桃太郎だって都を襲った鬼が奪ったお宝全部パクったのよ!! 犯罪組織を潰した正義の対価って事でちょっとくらい貰ってもいいでしょ!!」
『こいつ、訳の分からない事言って泥棒を正当化する気もん、最悪もんこいつ!!』
聞き覚えのある声と緑の毛玉が言い争いをしていた、あぁ、そう言えば捕まって牢屋に入れられてるって言ってたっけ。
俺は晴流弥を手で制して、見覚えのあるその背中に声をかけた。
「何してるんですか、ゴッデス大蝦蟇斎さん」
俺の声にビクリと体を震わせ、ゴッデス大蝦蟇斎さんはゆっくりとこちらに振り返った。
「あ、えっと、これは、その……違う、そうじゃない!! 誤解なのッ!!」
頭に煌びやかな王冠、首に豪華なネックレスが数点、指にぎらついた指輪を幾つもはめ、ジャージのポケットがパンパンになるくらいに金貨を詰め込んだ状態でゴッデス大蝦蟇斎さんはダラダラと汗を垂らしながらそう言った。




