206・強敵を求める人の感覚ってよく分からないよねって話
『何て言うか、また世界崩壊規模の面倒事に巻き込まれたもんかーって勝手に思ってたもんけど。拍子抜けもんね、ただの犯罪組織だったもん』
『まぁ数百年単位でも起きないような世界崩壊規模の出来事がほんの僅かな間にポンポン発生してたものね、この程度でホントに終わり? マジ? って気持ちになるのも仕方ないわね』
「もう終わりー? つまんなーい」
マレッサ、パルカ、ナルカがそれぞれ今の状況に対する思いを口にする、正直な所俺ももう終わりなのかって気分だった。
ヘッドを名乗っていたサングラーとやらは晴流弥の呪力を込めた腹パンでダウンし、俺たちを取り囲んでいた男たちのほとんどはナルカだけで対処出来てしまった、二人くらいは俺でも魔法のスクロールでなんとか倒せたがスクロールってホント便利だよな、どこかで売ってないか後で調べてみよう。
「ふん、この程度か。三大犯罪組織などと言うからどれほどの物かと思えば、我が元の世界で潰した有象無象の闇組織よりもぬるいではないか。せめて合成魔獣だの邪神だのくらいは用意せぬか、せっかく力を試せると思っていたというのに、期待外れも甚だしいわ」
晴流弥は若干イラついた様子で悪態をついていた。
しばらくぶつぶつ言っていたが、大きなため息をついてから晴流弥は懐から呪符を一枚取り出し、それをサングラーの口の中に無理矢理押し込んだ。
「おいおいおい、ちょっとそれ大丈夫なやつか!? 喉詰めたりしない?」
「安心せよ、それに貴殿に配慮すると言った言葉に嘘はない。喉に詰まるような物でも、死ぬような物でもない、なぁに、これはほんの少しだけ心を奇麗にする呪いが込められた素晴らしい呪符であるぞ、クフフフフフ」
晴流弥がなんとも悪い顔で笑っている、心を奇麗にする呪い、たぶんそれヤバイやつだ。
「そしてこの呪いは感染する、数日と経たずにクライングオーガとやらは善良な一般市民になるであろうよ。さて、八つ当たりはこの辺りにしておくか」
八つ当たりで心の在り方を変える呪いをかけたのか、陰陽師ってとんでもないんだなぁ。
そんな事を考えていると、晴流弥は一枚の呪符を額に当てて目を閉じた、何をしているのだろうか。
「ふむ、朱雀と青龍の方はほぼ片付いたようだ、セクシーウルフとやらは既に壊滅状態。怪我人くらいはいるようだが、人死には出ておらんな。うむ、さすが我が式よ」
「そんなに強かったのかあの二体の式神、というかこんなに離れててもそういうの分かるんだな」
「無論である。我ならその程度造作もない事、まぁ並みの陰陽師には無理であろうがな」
「で、これからどうする? クライングオーガとセクシーウルフが落ちたなら、後は下水道に潜んでるらしいナイトクローだけど」
「ふむ、玄武と白虎が未だ下水道を探索している、途中接敵した魔物が居るようだが野良であろう。わざわざ出向く必要もなかろうが、かなり消化不良であるのでな、我は行くが凡夫ヒイロはどうする?」
「毒を喰らわば皿までもって言うしな、付き合うよ」
「そうか、ならば良し」
俺と晴流弥は壊滅させた地下のクライングオーガのアジトから抜け出し、騒ぎになっている酒場の周りを晴流弥の隠形の術(他者の認識を阻害する術らしい)によって真正面から堂々と歩き去った。
「知り合いの警備兵に事のあらましを簡単に伝えたから、後の事は任せていいと思う。セクシーウルフの方って言うか、なんか妙に東の方が明るいな……火事になってないアレ?」
「朱雀め、調子に乗りおったな。まったく、後で仕置きをせねばなるまい。雨女、行け」
晴流弥が呪符を一枚空中に放り投げると、その中から着物を着た青い肌の女が現れ、東の方角に飛んでいった。
「あれは我の使役する雨を降らせる妖怪である、局所的に雨を降らせ火事を治めさせておく。火事で人死にが出ては貴殿との約束を破る事になるからな」
「配慮してもらってありがたいんだが、なんでそこまで俺に配慮してくれるんだ?」
「約束、契約、それらは人を縛る呪となるのだ。我ほどの陰陽師になると、口約束程度であっても遵守せねば返しが起こる呪いとなる。それは我であっても例外ではない、ゆえに我はどんな約束であろうとも遵守するのだ」
「へぇ、結構大変なんだな、陰陽師って」
「口から発する言葉には魂が宿っている、言霊という言葉くらいは知っていよう。力ある者の言葉はそれだけで世界に影響を及ぼすものだ。ゆえに言葉は気を付けて発さねばならんのだ」
かなりの自信家でナチュラルに上から目線な晴流弥でもそういう事に気を付けているのだと少しビックリした。
そんな話をしながらしばらく歩いていると小さめの川にかかる橋の上で晴流弥は立ち止まった。
「さて、この橋の下に下水道に繋がる通路がある。そこから入り玄武と白虎に合流する。朱雀と青龍は既にこちらに向かっているが、待つ必要はなかろう」
「下水道かぁ、臭そうだな」
「まったく、犯罪者と言うのは何とも地下や汚れた場所を好むものだな。潰しに向かう者の事を多少なり考えてほしいものだ」
自分たちを潰しに来る者の事を考える犯罪組織、なかなかシュールだな。
「――ッ!? ……クフフ、これは楽しめそうだ」
急に晴流弥が笑いだした、どうした唐突に。
「下水道を探索していた玄武と白虎が何者かに破れた。まさか、我の四聖獣二体を同時に相手取り、ましてや打ち破る実力を持つ者が犯罪組織程度にいようとは!! クフフフ、良いぞ、心躍るではないか。さぁ、行くぞ凡夫ヒイロ!!」
心底嬉しそうに笑う晴流弥が川に飛び折り、ジャブジャブと橋の下にある通路から下水道に入っていく。
あぁ、強者と戦うのが嬉しい、自分の力を存分に振るえる事が嬉しいって感じかな、俺には一生分かりそうにない感覚だな。
そんな事を思いながら、晴流弥にならって川に飛び降りて晴流弥の高笑いが響く下水道に進むのだった。