205・ほかの勇者はどうしているのかって話16
勇者同盟を名乗る勇者たちによって占領された城塞都市マレッサフォートレスを奪還する為、マレッサピエー宰相オラシオは諜報機関『草』を現地に派遣していた。
占領されてまだ日は浅く、都市内では混乱が予想されていたのだが『草』が見た光景は目を疑うものだった。
マレッサフォートレスの住民は占領されたばかりだと言うのに普段と変わりない生活を営んでいた、あまりに日常的で平凡な光景、占領されたばかりの都市とは思えなかった。
「恐怖による支配ではないようだが妙だ、もしや領主が変わった事に気付いていない? いや城に掲げられている旗が変わっている以上、気づいていないはずはない……。何故、ここまで混乱が見られないのだ?」
『草』の一人が物陰から街の様子を覗き見てそう一人呟く。
「報告、何らかの魔法もしくは勇者特権により住民に混乱は見られず、街は平穏そのもの。出入りは自由であり商人や冒険者も問題なく通行出来ている、城壁には見張りの兵は一切なく、侵入は容易……」
あまりにも簡単に情報が手に入る事に『草』は疑問を感じながらも、得た情報をこまめに使い魔の鳥を使ってオラシオの元に送る。
どうやって勇者同盟を名乗る勇者たちはこの城塞都市を占領したのか、その詳細は一切分かっていない、ただ領主であった者からマレッサピエーへ「これよりマレッサフォートレスは勇者同盟の支配下にはいる」との連絡があったのみ。
現状を見ても街中に戦闘による破壊の跡などは見られない、戦闘ではなく全く別の方法によってマレッサフォートレスは陥落、占領されたとみるのが妥当だと『草』は判断した。
そして、より詳細な情報を得る為にマレッサフォートレスに先行潜入していた『草』は仲間に次の段階に移行するよう伝達を行う。
「先行した草一より報告あり。各位、行商人、冒険者、奴隷に偽装し街中に潜入を開始せよ。占領以前の街中の協力者は使えない物として行動、情報収集を最優先、接敵時は撤退、万が一捕まった際は処理を実行、一切の証拠を残すな。自己処理が不可能な場合は遠隔での処理を行う、以上」
一人の『草』の言葉に十数人の『草』たちがマレッサフォートレスへの潜入を開始する、その中にひどく影の薄い少女が一人、少女の名はアデリナ・バートランド、魔法学校『知恵の壺』に通っていた生徒である。
今回のマレッサフォートレス占領の際、情報収集の為に最も近い『草』に招集がかかった結果、アデリナも招集されたのだ。
情報収集の為に死の危険のある敵地に潜入する事をアデリナは承知していた、それに見合う報酬とその報酬で生活している家族という人質が居る以上、アデリナはマレッサピエーを、オラシオを裏切る事が出来ない。
アデリナは冒険者の一人としてマレッサフォートレスに潜入し、そして他の『草』ともども行方不明となった。
その一報はマレッサフォートレスに潜入した全ての『草』からの定期連絡が途絶えた事で発覚し、オラシオは苦肉の策としてマレッサピエーに待機する勇者の内、二人を派遣する事にした。
一人は目的の場所へ必ず辿り着く勇者特権『導き手』を持つ勇者ルシウス・アベ。
もう一人はスマホの機能を現実にする勇者特権『ウィズユースマホ』を持つ勇者リタ・アマミヤ。
二人はオラシオの要請とマレッサからの懇願により、マレッサフォートレスへ向かった。
「街中は普通っぽいみたいな? ルシウスせんせはどう思う的な?」
「えぇ、そうですね。占領されて間もないと聞いていますが、どうにも街の人たちに混乱している様子は見られません。あ、次はこっちです」
「了解道中膝栗毛!!」
ルシウスの導き手に安全な経路を通る事を条件付けする事で二人は安全に目的地まで移動する事が可能であったが、導き手は条件が厳しければ厳しい程ルシウスの消耗が激しくなるデメリットが存在した。
通常ならばたいした魔力消費をしないはずの導き手がマレッサフォートレスの都市内を安全に進むという条件を追加しただけで、異常な程の魔力消費をルシウスに強いていた、それはつまりマレッサフォートレス内が非常に危険である事を暗に示している。
「ほんの十数分歩くだけで、かなりの魔力消費ですね。恐らくですが、網の目状に警戒網が存在しているんだと思います。だからこそ、それらを掻い潜る経路を探るのが困難なのでしょう。お城の中の様子を探るのが目的でしたが、先に私の魔力が尽きてしまいますね。せっかく導き手が経路を示しているというのに、すみません」
「オラじいちゃんも無理は絶対ダメよんって言ってたし、そろそろ戻るルシウスせんせ?」
「そうですね、連絡が途絶えたと言う『草』の人たちの内一人でも見つかればと思っていましたが、その場所に行く前に私の魔力が尽きて動けなくなってしまいそうです。リタさん、写真は撮れましたか?」
「バッチグー!! ばっちりバえそうなポインツをパシャッといたよー!!」
「では、今回はそれでよしとしましょう。移動をお願いします」
「おっけー!!」
次の瞬間、リタとルシウスの姿が消えた。
だが、それを見ていた存在が居た、それは酷く影の薄い少女とその傍らに立つ仮面をつけた黒いスーツの男。
「なるほど、導き手とはそういう勇者特権であったか、是非とも欲しい特権だ。そして、君の力がどういった物かも理解出来た、影を歩む者、シャドーウォーカー、勇者特権からも察知されなかったとは驚くべき能力だ、我ら勇者同盟は君を歓迎しよう。勇者であるかどうかなど些細な事だ、君の助力があれば世界平和により近づける。あぁ、もちろん援助は惜しまないと約束しよう」
仮面の男の言葉に少女は何も答えなかった、仮面の男はそんな事は気にも留めず城に向かって歩き出した。
「さぁ、来たまえ、まずは君の部屋を案内しよう。それと、この街の施設は好きに使って構わない、住民たちは必ず君を歓迎するだろう」
少女は無言のまま仮面の男の後に続く。
「助けて、晴流弥君……」
少女の言葉は誰かに届く事もなく、風に飲まれて虚空に消えた。