200・その者の名はって話
一応、騒動に繋がるようなお礼は大丈夫だと友達に伝えるようマーチにお願いしてから別れた俺は羊太を拠点に連れ帰り、警備兵の詰め所に向かった。
『気にし過ぎじゃないかもん? 子供の戯言だと思うもんけどねぇ』
『出会って間もない子供の言う事を信じすぎだと思うのだけれど、人間がそう言うならまぁいいんじゃない? 警備を少し強めるくらいならあのジャヌーラの男巫も嫌とは言わないでしょ』
一緒に付いてきてくれたマレッサとパルカはそう言うが俺は妙な胸騒ぎを覚えていた、少し警備を強くする程度で本当に大丈夫なのだろうか、つい先日竜の胎の一部が崩落して地盤沈下を起こしたばかりだ、もしマーチの言う通りに騒動が起きれば更なる治安の悪化は免れない。
拠点に戻った時にマーチの言っていた事をデイジー叔父さんやマレッサたちに伝えている、その時デイジー叔父さんは大怪我をしているのを押してでも夜回りをすると言い出した。
今の状態でも俺よりはるかに強いのは分かってはいるが無茶はしてほしくないとなんとか押し留めたが、実際に何かが起きればきっと真っ先に行動するに違いない、それは出来れば避けたい所だ。
念の為、フィーニスにデイジー叔父さんを見ていてくれるようにお願いしたが、ちょっと嫌そうな顔をしていたので、お土産としてお菓子を買う事を約束したら渋々ではあるが了承してくれた、フィーニスもあれでいい子である。
「マレッサの言う通りだったら、それが一番いいんだけどな。でも、マーチはそういう事をふざけて言う子じゃあないと思う。ほんの少ししか話しはしてないけど、人を騙そうって感じはなかった。どうにも、嫌な予感がするんだよ、ロミュオさんには少し無理を言ってでもしばらく警備を厳重にしてほしい所なんだけど、確証も証拠もないから俺の言葉をどこまで信用してくれるやらって感じだな」
「そのマーチって子が会いに来た友達って結局誰なんだろうねー。迷惑をかけたお礼で騒動を起こすってなんだか物騒だしー」
「どうなんだろうな。お礼って言うくらいだから、たぶんマーチを助けた俺への物だとは思うんだが、なんでそれが騒動に繋がるのかがわからないんだよなぁ」
俺はマジックバックからスライム形態の顔を出すナルカの言葉にそう返した、迷惑をかけた礼、それは俺へのお礼のはずだ、たぶんだけど。
騒動に繋がるようなお礼なんて普通はしないと思うんだが、ナルカの言うように物騒な友達なのかもしれないな。
「もうだいぶ日が傾いて来たな、急ごう。詰め所でロミュオに警備の強化をお願いしてから、城門前でマーチの友達が来るのをちょっと待ってみようかな」
こんな時間帯にわざわざ街に入ろうとする人は少ないはずだ、なら城門が閉じるまで待っていればマーチの友達とやらに会えるだろう、幸いジャヌーラトーロには大きな城門が一つと小さな城門が幾つかあるが、日が落ちてきた事もあって既に小さな城門は全部閉まっている頃だ。
街に入るにはメインの城門を通るしかないのだ、もしかしたらもう中に入っている可能性もあるのだが。
そう思うと、マーチの泊っている宿を聞いておけばよかったかもしれない、一緒に居ればその友達と確実に会えただろうに、いや今更あれこれ後悔しても遅いか。
そして、警備兵の詰め所に到着した俺は警備兵の隊長に就任したロミュオに事の経緯を説明した。
「迷惑をかけたお礼が夜の騒動に繋がる可能性、でやすか。なんとも妙な話しではありやすが、他ならぬヒイロ坊ちゃんのお言葉だ、あっしはその胸騒ぎってやつを信じやすぜ。おぅ、おめぇら、今夜は警備を厳重にしろい、デイジーちゃん様のおかげで信じがたい速度で復興がほぼ終わったんだ、ようやく治安が良くなるって時に変な騒動起こされて住民の皆さんを不安にしちゃあいけねぇ。気合入れて警備しろよ!!」
「「「へいッ!!」」」
警備兵としては何とも柄が悪いと感じなくもないが、俺の言葉を信用してくれたのは嬉しい限りだ、城門で入場制限でもかけようかと案されたがさすがにそこまでしてもらうのはちょっと気が引ける、もしなにも無かったらロミュオたちにとって迷惑にしかならない、今だって証拠もなく確証もない話で警備を強化してもらったのだから、これ以上は遠慮するべきだろう。
「こんな時間だとさすがにそこまで出入りはないんだな」
『これから夜になるって言うのに外に行く奴らはアホもんからね、夜の方が魔獣や魔物、野盗の類も活発に動きだすもん、街に入るにしても出るにしても普通日中もんよ。そこら辺考えないと生きてはいけないもん』
「なんとも物騒だなぁ。俺はそこの所、運が良かったって事だな。最初にオークの森に落ちた時、マレッサが居てくれたしオークカイザーさんは優しかったし、その後のリベルタ―には夜になる前に到着してセヴェリーノが色々助けてくれたし、セルバブラッソに行く時は密輸の護衛で夜間は交代の見張りとか居たし、エスピリトゥ大洞窟に行く時はリディエルさんたちが送ってくれたし、ホント助けられてばかりだよ」
ここまでの道中を考えると、本当に運がいい事が多かったと思う。
色んな人たちと出会って助けてもらって、何もお返しが出来ていないのが悔やまれるばかりだ。
まぁ、一番助けてもらっているのはデイジー叔父さんなんだけれど。
「俺がもっと強かったら、みんなに迷惑かけずになんとか出来たんだろうかとは思うんだよ。助けてもらわないと俺は何も出来ないからさ」
『それを本気で言ってるなら考えを改める事ね人間。アンタは十分過ぎるくらい色んな事を成し遂げてるわよ、自己評価低すぎるのはまぁデイジーちゃんっていう存在が大きすぎるからかしらね。この死の神パルカが認めてあげる、アンタは凄いって事をね』
「お世辞でも嬉しいよパルカ、ありがとう」
『はぁ、頼りになり過ぎる存在が近くに居るって言うのも考え物ね。ん、誰か来てるみたいよ』
パルカがそう言って羽の先を向けた方を見ると、二人組が歩いて来ているのが見えた。
そろそろメインの城門も閉門する時間帯だ、恐らくこの二人がマーチの友達だと思っていいだろう、違っていたらそれはそれだ、もう中に居るって事だから騒動に備えるだけでいい。
俺は城門に向かって歩く二人に声をかけた。
「あのーすみません。もしかしてマーチって子をご存じですか?」
二人は立ち止まり、俺の方に振りむいた。
一人は俺と同じか少し下くらいの制服を着た少年で、もう一人はメイド風の服装で両目を黒い糸で縫い付けている若い女性だった。
「唐突にマーチ様の名を出す、と言う事は貴方様がマーチ様をお助けくださった方でしょうか? ヒロ様とマーチ様より名をうかがっておりますが」
「いや、ヒロじゃなくてヒイロです。マーチを知ってるって事はマーチが言ってた友達って貴方達ですよね、会えてよかった」
「どうやらヒイロ様で間違いないようですね。失礼、万が一を考えわざと間違えた名をお出しいたしました、ご無礼をお許しください」
このメイドさんはわざと俺の名前を間違えて口にしたらしい、マーチを助けたと言い張る偽物かもしれないと警戒したって事だろうか、用心深いんだな。
「いえ、気にしないでください。いきなり声をかけられて用心するのは普通ですから」
「そう言っていただけると助かります。それと訂正を一つ、我々はマーチ様のご友人ではございません。マーチ様は私の旦那様方の友人でございます。私は多忙な旦那様の名代としてここに参じた次第。私はサンドラ・クイン・ノースタイン、サンドラとお呼びください。こちらは――」
サンドラさんが隣に立つ少年の紹介をしようとした時、その少年が片手を挙げてそれを制し、一歩俺に近寄り少年は優雅に一礼した。
「侍女サンドラよ、我が名は我が口より発するのが道理である。聞くが良い凡俗なる者よ、我が名は芦屋晴流弥!! 『十一指』が末席にして天賦の才を持つ比類なき陰陽師である!!」