199・不穏な良い事って話
マーチを助けてから二日程経って、地盤沈下による復興はほぼ終了していた。
本来ならまだかかるはずだったのだが、どうやら何者かが復興作業を人知れず進めてくれていたらしい、噂によると夜な夜な復興現場で瓦礫の撤去と物資の搬入を行っている謎の存在が目撃されていたようだ。
やれ人助けのマッチョな精霊が居たとか、やれ筋肉モリモリの怪人が三十人は居た等、なんとも信じがたい目撃証言が複数あり、人々はその復興を手助けしてくれた謎の存在を感謝と畏怖の念を込めて筋肉精霊と呼んでいるとマーチが教えてくれた。
「不思議な話しです。こんな街中に精霊が居るなんて、しかも困っている人を助ける為に復興作業を手伝うなんてその筋肉精霊は凄く良い奴なのです」
「あぁ、そうだな。凄いな筋肉精霊」
ごめんマーチ、たぶんそれ俺の叔父さんだ。
デイジー叔父さんめ、体を休めてほしいと何度も言ったのに体が鈍るの嫌って夜中にこっそり抜け出して復興作業しつつ筋トレをしていたに違いない。
さすがと言いたい所だが、世界の修正とやらを遅らせる為にとんでもない大怪我をしていたのだ、無理はしてほしくはなかったな。
今日は俺が結構強めに休むように言ったのでデイジー叔父さんは拠点でしっかり休んでいるはずだ、マレッサたちにも見張ってもらっているからそうそう出歩いたりはしない、と思う。
「ヒイロお兄ちゃん、これ美味しいよ。ほら」
「あぁ、ありがとう羊太」
隣に座る小柄な少年が野菜と肉を挟んだハンバーガー風の食べ物を半分にして俺に差し出してくれたので受け取り頬張る、うん美味い。
この少年は大祢氏羊太、金色の竜ルクレールと一緒に竜の胎の中までやって来たマレッサピエーに召喚された勇者の一人だ、初めて会った際は多少警戒されたが根気強く笑顔で話しかけていたらルクレールと少し似てると言われ、何故か心を開いてくれた。
俺の何処があの金色の竜と似ているのかは疑問しかないが心を開いてくれたのならまぁ些細な事だろう。
俺とマーチ、そして羊太の三人は今、復興作業の終わった地区にあるカフェで昼食を楽しんでいた、羊太を預かってから早数日経つがルクレールはまだ戻ってきていない。
羊太は召喚された後のデイジー叔父さんの魔力の奔流で吹き飛ばされた後、ルクレールに保護されていたらしい、それなりに懐いていたと羊太にくっついていたマレッサが言っていた。
自分の世話を焼いてくれた存在、それがドラゴンとは言え何日もいないのは羊太も寂しいだろうと、たまに外で食事をしていたのだが、今日はたまたまマーチと再会したので一緒に昼食を取っている。
どうやらマーチはまだ友達を探しているらしいが、寝泊まりはどこでしているのだろうか。
「あぁ、それはちゃんとした宿を取ってるです。お金はちゃんとあるですから、ほら」
そう言ってマーチは無防備に巾着袋を広げて中身を俺に見せてくれた、中身を確認した俺はつい周囲を警戒してしまった、それほどマーチの巾着袋の中には金貨が詰まっていた。
親が持たせたのだろうが子供のお小遣いにしてはかなり多すぎる気がする、まぁよほど親が金持ちなのだろう。
「マーチ、その巾着は大事に隠してた方がいいぞ。この間みたいなおっかない奴らに狙われやすくなるから。もしくはその友達が見つかるまで誰か護衛を雇ったらいいんじゃないか?」
「護衛の心配はむよーなのです。マーチには天使様や姉弟がいるですから。あぁ、でも一番下の弟はちょっと危ないから出しちゃダメなのです」
天使や姉弟がいるから護衛は無用、か。
どういう意味だろうか、まぁ一番下の弟は危ないから出しちゃダメってのはマーチの見た目からして、もっと幼いだろう弟なんか外に出したらそりゃあ危ないだけだもんな。
それと、マーチが天使様と呼んでいる六枚の羽を持つぬいぐるみはもしかしたら何か守護の魔法でも込められているのかもしれない、だとすればマーチが護衛は無用と言うのも頷けるのだが、しょせん俺の推測でしかないのだから本当の所は謎である。
姉が居るらしいのでその姉が強いのだろうか、マーチが危なくないようにちゃんと見ていてほしいものだ。
「マーチのお姉さんはこの間の事で心配してたりしないのか? よく一人で外出するのを許してくれたな」
「ハート姉さまは今もマーチを心配してくれてるです。いつも一緒なので心配むよーなのです」
それはつまりなんだ、心の中では一緒って意味か? やばい深入りし過ぎたか……。
「そっか、マーチのお姉さんはハートって言うんだな、ごめんなマーチ。俺、ちょっと配慮が足りなかったみたいだ……。このケーキ食べていいぞ」
「何を言ってるのか分からないです、でもケーキはありがたく貰うです」
俺が差し出したケーキを満面の笑みを浮かべて食べるマーチ、悲しいそぶりを全く見せないなんて、なんて健気な子なんだ……。
パクパクと勢いよくケーキを食べたせいかマーチの口元にクリームが付いているのに気付いた、こういう所はまだまだ子供なんだなと思っていると。
「あ、マーチちゃんクリーム付いてるよ」
そう言って羊太がハンカチでマーチの口元をぬぐった、うん、羊太もいい子だな、うん。
「ありがとうです、羊太はいい奴なのです。だから良い事を教えてあげるです、ヒイロさんにも教えてあげるです」
ケーキを食べ終わったマーチがそんな事を言いだした、はて良い事とはなんだろうか。
「今日の夜、友達がマーチを迎えに来てくれる事になったです。だから、今夜は外に出ない方がいいです。迷惑をかけたお礼をするって言ってたですから」
「友達と連絡取れたのか? それは良かった。で、それと今夜、外に出ない方がいいってのはどう繋がるんだ? 迷惑をかけたお礼ってのもよく分からないけど」
「マーチは詳しくは分からないです。友達がそう言ってたです、今夜は騒動が起きるから巻き込まれないように外には出すなって」
騒動が起きる? それってつまりマーチの友達が騒動を起こすって言ってるのと同じなんだが、どういう事だ? 分からない事が多いがマーチはたぶん本当にそれ以上は知らないようだ、ただ、俺や羊太が騒動に巻き込まれないように良い事として教えてくれただけらしい。
少しだけ気になったのはマーチの言い方だ、外に出るな、ではなく外に出すな、ただの言い間違いだろうか。
羊太が困った様な顔で俺をちらちらと見ていた、マーチから教えてもらった情報をどう判断したらいいのか迷っているのだろう。
「そっか、教えてくれてありがとうマーチ。今夜は外に出ない事にするよ、この事は知り合いにも教えていいか?」
「ヒイロさんの知り合いならいい人のはずなのです。だから問題ないです」
「ありがとうマーチ。知り合いにも今夜は出ないように伝えておくよ」
「はいです」
笑顔のマーチは紅茶に砂糖を三つほど入れてカップを口に運んだ、少し熱かったのか顔をしかめて舌を出していた。
マーチには悪いがこの事は警備兵であるロミュオたちに伝えて夜の警備兵を増やしてもらった方がいいかもしれない、なんだか妙な胸騒ぎがする、マーチの友達は一体どんな奴なのだろうか。




