193・ほかの勇者はどうしているのかって話15
「おかえりなさいませ旦那様方」
黒い渦巻きの中から勇者同盟、七勇者であるジョウジ、戌彦、千万、カクの四人が姿を現すと、両目を黒い糸で縫い付けているメイド服を着た若い女性がうやうやしく頭を下げた。
ジョウジ達が姿を現したのはマレッサピエー北東に存在する要塞都市マレッサフォートレスの城の広間。
広間の中心には円卓が置かれ、そこには四つの空席と着席している人物が三人。
「やぁ、ただいまサンドラ。諸君も急に席を外して申し訳ない、だが私が出向かなければ戌彦も千万もカクも少々危なかったのでね、どうか許してほしい」
そう言ってジョウジ達は空いた席にそれぞれ座った。
座っていた三人の中で伸ばした前髪で目を隠し、体をわずかに震わせている小柄な女性が卑屈な笑みを浮かべながらジョウジたちに声をかける。
「お、お帰りジョウジさん、戌彦ちゃんも千万ちゃんもカクさんもお、お帰り。自分は別に気、気にしてない。それで、だ、大丈夫だった? 『嫉妬』の権能の回収、で、出来た?」
「もちろんだとも初心女、戌彦たちは優秀な勇者だ、勇者特権の実験もつつがなく終わっている、なんの問題もない。そしてこれは君が持つべき権能だ、きっとその体に良く馴染むだろう。さぁ、戌彦」
おどおどとした様子で話しかける初心女に対してジョウジは落ち着いた口調で応え、戌彦に『嫉妬』の権能を渡すように促す、戌彦は頷くと懐から小さな緑の蛇を取り出し、円卓の上を這わせて初心女の元に向かわせた。
緑の蛇が自分の前までやって来た所で初心女がビクリと体を震わせ緑の蛇に怯えているのを見て、戌彦は小さく舌打ちをした。
「それは海竜帝レヴィアタンという竜種の中でも特別強力な存在に宿っていた権能、生半可な者が触れれば立ちどころに取り込まれるだろうね。勇者同盟の七勇者の一人に名を連ねてるんだ、そんな無様はさらさないとは思うけど、さっさとそれを取り込んだからどうなの?」
「ひッ……、ご、ごめんなさい戌彦ちゃん……」
「前から言おうと思ってたけど、ちゃん付けで呼ぶんじゃあない。不愉快なんだよ」
「ご、ごめんなさい……」
戌彦が苛立たし気に語気を荒げ、初心女は萎縮してしまう。
その様子を見て、カクと千万はやれやれと呆れた様子を見せ、メイドであるサンドラが用意した飲み物を口に運ぶ。
「女性にきつく当たるのはよくないな戌彦君、女性には優しく接するべきだと私は思うよ。未知なる物に怯えるのは致し方無い事だ、君とてそうだっただろう? 初心女君も怯える必要はない、君もまた私たちと同じく勇者同盟を牽引する七勇者の一人なのだから、きっと大丈夫だよ」
そう言って、眼鏡をかけた藍色の着物姿の青年が初心女に優しく微笑みかける。
「あ、ありがとうございます、ショウさん……」
微笑むショウに初心女は頭を下げ、改めて緑の蛇に手を伸ばした。
ためらいつつも初心女は緑の蛇の頭に触れる、すると緑の蛇が一瞬眩い光を放つ。
「ッ!?」
驚いた初心女が手を引っ込めてしまったが、光が収まった後、円卓の上には緑の蛇の姿はなかった。
初心女は緑の蛇が何処に行ったのか探そうとして、自分の手の甲に緑の蛇の紋様がある事に気付いた。
「おめでとう初心女、『嫉妬』の権能は君を器と認めた。これで君の願い、ひいては我ら勇者同盟の願いに更に一歩近づいた事になる。誇るがいい、盟主もきっとお喜びになられるだろう」
ジョウジは静かに手を叩き、『嫉妬』の権能をその身に宿す事に成功した初心女を祝福した。
そして、ジョウジは沈黙したまま分厚い本を読む、一風変わった幼女に声をかける。
その幼女は身の丈に合わない大きな白衣を着ており、頭から大きな壺を被って顔を隠していた。
「ナナシ、これで三人目の適合者だ。今回の件で戌彦が『暴食』の権能に適合しなかった理由は分かった。君の推論通り、『暴食』の権能は欠けていたようだ。我ら勇者同盟が持つ大罪の権能は色欲、怠惰、嫉妬、そして欠けた暴食、つまりは七つの大罪の内、半分を保有している事になる。欠けた暴食の場所は目途が付いた、残るは憤怒と強欲、そして傲慢だ。大罪神を復活させ、世界を救う為に今後も力を貸してくれたまえ、盟主もそれをお望みのはずなのだから」
「わーってるよ。だりぃけど暇つぶしにゃ付き合ってるやるよ。で、アンタがお熱な盟主様は何処に? 最近じゃ玉座にも座ってねぇし、城内の監視カメラにも映りゃしねぇ。何処ほっつき歩いてるんだ我らの盟主様はよぉ?」
ナナシは読んでいた分厚い本を雑に円卓の上に置き、見た目とは裏腹な荒い口調で勇者同盟の盟主の居場所をジョウジに尋ねたが、ジョウジは軽く頭を横に振った。
それを見てナナシは乱暴に円卓の上に足を乗せて、不機嫌さを露わにする。
「はー、まったく自由気ままでいい御身分なもんだな、我らの盟主様はよぉ。くそだりぃ、あーしもだらだらしてぇんだけどなぁ」
「……いつもの事。だいたい、ナナシはいつもだらだらしてるでしょ、行儀も悪い、よくないよ」
態度の悪いナナシをいまだにフードを被っている千万が嗜めるが、ナナシは円卓から足を降ろそうとはしなかった。
「はん、『怠惰』なもんでねぇ。あーし自身ではどうしようもねぇんだよ『色欲』、露出癖のあるアンタと同じくねぇ」
「……人を変態みたいに言うのは良くない。わたしは権能をちゃんと制御出来てるし、ちょっと露出してるのはわたしの趣味だから問題ない」
「余計にわりぃだろうが。元から変態じゃねぇか」
ナナシと千万のやり取りを見て、カクは冷ややかな目を向けながらサンドラの用意したお茶菓子を口に運んでいた。
「賑やかで何よりだ。だが忘れてはいないだろうね、我ら勇者同盟の願いは二つ、世界を救う事と元の世界に帰る事だ。無理矢理我らを召喚し、卑劣にも暗示にかけ戦争の道具として利用しようとしたマレッサピエー、信用できるはずもなし。ならば、自らの手で願いを果たさねばならない。その為に我々は盟主であるあの方の元に集ったのだと言う事をゆめゆめ忘れぬように魂に刻んでおきたまえ」
そう言って、ジョウジは円卓の席を立ちあがった。
「ナナシの言葉も最もではある、ゆえに私は盟主を探しに行って来よう。なあに、心配する必要はない、なにせあのお方が持つ勇者特権は別格、恐らくあのデイジーであろうとも互角以上に渡り合えるだろう。それほどまでに強力なのだ『全知全能』という勇者特権は」
とある国で戦争が起きていた。
魔王国が人類の殲滅を掲げ他国に侵攻しているというのに、人間の国同士での戦争。
理由は資源の奪取、隣の国が自国よりも多く資源を持っているのが気に食わないというくだらない理由から始まった戦争だった。
既に何年も続く戦争、国民は疲弊し、戦争の影響で両国の治安は悪化し凶悪犯罪が頻発する日々、両国の国民はいつまでこの戦争が続くのかと絶望していた。
そんな絶望の日々は唐突に終わりを告げる。
たまたま、この国にやって来ていた少女と背中に三対の翼を持つ美女が戦争を終結させたのだ、数万人を越える両国軍の完全消滅という形で。
少女は語る、何故戦争を終結させたのか、その理由を。
「だって、あの方たち、お花を踏んづけたんですもの」
そんな理由で数年間続いた戦争は呆気なく終わったのだった。
少女の名はアリス、勇者同盟の盟主にして、『全知全能』という勇者特権を持つ勇者であり、何処にでもいるような可愛らしい女の子である。




