188・世界を誤認させる力って話
爆発音とダンジョン全体が大きな揺れ動くほどの衝撃、何かがこのダンジョンに起きた、俺がその事に気を取られた瞬間、場は動いていた。
「『千変万化』」
一瞬で目の前の風景が変化した、俺の目の前にはゴッデス大蝦蟇斎さんがおり、俺に向かって今まさに魔剣を振り下ろす瞬間だった。
「え?」
「なッ!?」
ゴッデス大蝦蟇斎さんが驚いた表情で魔剣を止めようとしていたが、勢いを殺し切れずに魔剣が振り下ろされ、凄まじい爆発音と共に床に大きな斬撃の痕を刻む。
「あぁん、ギリギリねぇん。ゴッデス大蝦蟇斎ちゃんがほんの少しでも留まってくれたおかげで間に合ったわぁん」
俺の目の前にはデイジー叔父さんの背中、どうやらゴッデス大蝦蟇斎さんの魔剣の一撃をデイジー叔父さんは横にそらしてくれたようだった。
床に刻まれた大きな斬撃の痕に戦慄する、こんなのが直撃していたら木っ端みじんだっただろう。
「あぁ~、よかったぁ。いきなりあの肉団子が消えて、ヒイロ君が現れたから急に魔剣を止められなかったのよねぇ。デイジーちゃん、ありがとー」
「それはこっちのセリフよぉん、トウテツって子の足止めありがとうねぇん。はい、マレッサちゃんもありがとうねぇん」
『あぁ~、めちゃくちゃ痛かったもん……、ちゃんと鼻とか付いてるもん? 取れてないもん?』
いや、毛玉に鼻はないだろう、等というツッコミはしない方がいいだろう。
それよりも、またマレッサには助けられてしまった、いつか恩返しをちゃんとしたい所だ。
ともかく、俺がいきなり移動したのはたぶん戌彦の仲間、たぶん背の低い方の能力だろう。
『千変万化』と言っていたが、指定した対象同士を入れ替えるスキルだろうか、ただ『拡大解釈』の勇者特権があるのだからもっと色々出来ると思っていた方がいいだろう。
「デイジー叔父さん、あのトウテツってやつから『暴食』の権能を引きはがせる?」
俺の問いに対して、デイジー叔父さんは戌彦たちの元に移動している血塗れのトウテツをジッと見つめて首を横に振った。
「無理だわぁん、あの子自体が『暴食』の権能そのものよぉん。引き剥がす引き剥がさない以前の問題ねぇん。権能が生き物として存在してるなんて、びっくりだわぁん」
権能が生き物として存在、にわかには信じがたいがデイジー叔父さんが言うのならそうなのだろう。
権能に自我がある事もあるのだ、そんな事があってもおかしくはない、たぶん。
「一応聞くけど、そんな事ってあり得るのマレッサ?」
『ある訳ねぇもん、普通。権能はあくまで力でしかないもん。何がどうなれば権能が生き物になるのか、こっちが聞きたいくらいもん』
まぁ、そうだろう、とりあえず普通じゃない事が起きていると言う事が分かっていれば十分だ。
なんにせよ、アロガンシアのお願いを叶える為にもトウテツを『暴食』の権能として回収する必要があるのだから権能を生き物に出来てるんだ、元に戻す事も当然できるはず。
「でも、七つの大罪の権能を集めてるのは俺たちだけじゃないみたいなのが、困りものか。本当、何の為に大罪の権能なんて集めてるんだろう勇者同盟は」
勇者同盟の三人ともう少し話しをしたい所だがさっきの爆発音や揺れも気になる、ロミュオたちとお姫様を連れてここから離れた方がいいかもしれない。
ダルマシオはたぶん死んではいないだろうけど、一国の王様の弟をぶん殴ったのだから、無罪放免と行く訳がない。
元々長居する予定はなかったけれど、マレッサやパルカと合流して早い所この国から逃げた方が得策だ、だが……。
「うーん、もろもろの問題が解決してないのに逃げるのもなぁ。無責任っぽくてちょっと罪悪感が……」
ふと、戌彦たちの方を見ると背後に大きな黒い渦巻があるのに気付いた。
また何かを呼び寄せるつもりなのだろうか。
「……今回はわたし達が手を引くよ。もちろん、ただで引く訳じゃあないけれど。カクさん、やろうか」
「分かったかな。『拡大解釈』」
フードで顔を隠す二人が何かをし始めた。
この期に及んで何をする気だろうか、ダルマシオがデイジー叔父さんに殴り飛ばされてすぐにお姫様は玉座を離れてロミュオを抱えて、戌彦たちから距離を取った。
何やら呪いがかけられているらしいロミュオの解呪をデイジー叔父さんの分身が行っている、ロミュオの部下たちも距離を取って離れている、何かをするにしてもデイジー叔父さんなら対処が可能だ。
「……今回はね、実験も兼ねてたんだ。勇者特権がどこまで出来るのかって。ダンジョンの主はダンジョン内の法則を改変できるって部分を『千変万化』で世界の法則を改変できるって事にして、その効果範囲を『拡大解釈』で無理矢理広げたの」
「元々、海竜帝レヴィアタンは既に死んでいた、肉体の一部が生きていても魂はとっくに冥域かな。だから本来ならどうしようと『嫉妬』の権能を抽出して回収する事は不可能だったかな。そこを世界の法則、認識を改変する事で海竜帝レヴィアタンは生きていると誤認させたかな」
なんだかとんでもない事を言っている、本当にそんな事が出来るのか? 勇者特権っていうのはそこまで何でも有りなのか?
死んでいるはずの海竜帝レヴィアタンを生きていると誤認させた理由は『嫉妬』の権能を回収する為だろうけど、一体どうやって?
「そこでぼくの出番なんですよ。世界に生きていると誤認されている海竜帝レヴィアタン、その体はこの竜の胎を構成しています。つまり、海竜帝レヴィアタンとこの竜の胎は同一存在として世界に認識されている、ならば魂もここにあってしかるべきですよね。それをぼくの『万能飼育』の一側面である繁殖させる力を拡大解釈し、生命を生み出す力とする事で、このように!!」
トウテツが戌彦の指示で突然、床を破壊し竜の胎の肉々しい部分を露出させた。
戌彦はその肉々しい部分に触れて、何かを引きずり出していく。
「海竜帝レヴィアタンの魂に宿っていた『嫉妬』の権能を生き物として受肉させる事が可能なのですよ」
戌彦の手には蛇の様な細長い生き物が握られていた、ただの蛇のように見えるがその体から発している魔力はトウテツと比べても遜色はない、それほどに強力であると俺でも理解できた。
その蛇を片手に戌彦は愉快げに高笑いした。
「痛み分け、大いに結構です!! 『嫉妬』の権能を手に入れる為にジャヌーラカベッサの王位を狙う王弟をそそのかし、竜姫を甘言で騙してダンジョンの主に据えた、そしてダンジョンから生まれた海竜帝レヴィアタンの細胞を元にしたドラゴンたちを地上に流通させる事で、海竜帝レヴィアタンの魔力を世界に認識させ、勇者特権による改変を容易にした、多少の手間暇はかかりましたがおかげで『嫉妬』の権能はぼくらの手の中だ、もはやここに要はない!! 七罪の唯一神を作り、世界を救うのはぼくたち勇者同盟です!!」
べらべらと喋る戌彦を見て、顔を隠している二人は呆れた様子で肩をすくめていたが、もう用は済んだと黒い渦巻に近づいていく、このままでは『嫉妬』の権能を持っていかれてしまう。
デイジー叔父さんにお願いしようとした瞬間、ダンジョンの主の部屋の入り口が突如として爆発し、その爆発の中から金色の美しいドラゴンが姿を現した。
「クカカカカッ!! 聞いておったぞ勇者共ッ!! 妾の父を弄ぶその愚考、死んで詫びよッ!!」
金色の竜は大きく口を開き、戌彦たち目がけて眩く光り輝く光線を放つ。
瞬間、その凄まじい光の強さで俺の目の前全てが真っ白に染まった。




