183・人間ってたまに勢いだけでやらかすよねって話
「よし、人の子、死ぬがよい」
「なんでッ!?」
玉座に座ったまま、口を大きく開いたお姫様が俺に向かってドラゴンブレスを唐突に放つ、凄まじい灼熱の炎が瞬く間に俺を包み込んだ。
炎の勢いで床が抉れ、肉々しい下地が露わになり一部が焼け焦げて、周囲からなんとも香ばしい匂いが漂ってくる。
このダンジョンは元々、レヴィアタンっていう竜のハラワタって言ってたし、なんとも脂が多そうだな等とのんきな事を考えてしまった。
とは言え、ゴッデス大蝦蟇斎さんに渡された守護の魔剣が無ければ一瞬で消し炭になっていただろう、いきなりドラゴンブレスを放ってくるなんて気の短いお姫様だ。
「あー、びっくりした……」
「ヒ、ヒイロ坊ちゃん、よくぞ御無事で!! いやはや、肝が冷えやしたぜ!! なんせ、ノワール様の照れ隠しドラゴンブレスは御父上である暗黒竜テネブル様でも手を焼く代物、BやAランクの魔物ですら問答無用で灰にしちまうほどでさぁ!!」
「照れ隠しってレベルじゃねぇ!!」
やはり竜は何とも規格外な存在なのだと再認識した、いや待て照れ隠しとジャジャ入ったが、あのお姫様がっつり死ぬがよいって言ってたぞ、殺す気満々じゃあないか。
「しかし、ヒイロ坊ちゃん先程のお言葉は一体どういう事でやすか? ノワール様があっしを好きだとかなんとか」
ジャジャの言葉にピクリとお姫様が反応する。
そっぽを向いて気にしてない風を装っているが、ガッツリ気になっているのがありありと分かった。
本当にさっきのドラゴンブレスは照れ隠しだったのだと分かり、ひきつった笑みを浮かべてしまう。
「いや、お姫様の態度とか言動をものすごく好意的に解釈したらって話しなんだけど、ほら万が一にもジャジャさんたちがここに来ないようって言ってたでしょ? あれってここが危ないから近づかせないようにしてたとも取れるし、幼少のみぎりに世話を焼いてたからって侮るなって言うのは子供扱いするなって事で、その後に番を持ってもおかしくない位には大きくなってるんだって事を認識してほしかったんじゃないかなって。それに自分の婿を妄想してたのってもしかしたら、ジャジャさんに嫉妬してほしかったからなんじゃないかなって。まぁ、俺は人間だから、竜の考えは分からないけど」
「はーなるほど、言われてみれば確かにそう思えなくもないでやすねぇ」
「ッ!?」
そっぽを向いていたお姫様がジャジャの言葉に反応して、横目でちらちらとジャジャの様子を見ている、なんか凄い期待してる目だ。
この様子を見るに、やっぱりお姫様はジャジャが好きなのだろう。
小さい頃に世話を焼いてくれたジャジャに憧れたとかそんな感じなのかもしれない。
「いやぁ、でもそれはありえねぇですぜ、ヒイロ坊ちゃん。ノワール様のお世話をさせていただいていたのはノワール様が三十から五十歳になるたったの二十年足らずですぜ? ノワール様は高貴なお方、あっしも傍流とは言え竜王の血脈ではありやすが、人の血が混ざった竜人であるあっしなんかをノワール様が好いてくれる訳がねぇじゃねぇですか、冗談でもそんな事を言っちゃいけやせんぜ」
真面目な声色でジャジャはそう言った。
お姫様の顔が期待から落胆、そして怒りにシフトしていくのが分かった。
これはヤバイ、照れ隠しじゃないマジのドラゴンブレスが来るかもしれない。
「いやいやいやいや、ジャジャさん!? じゃあなんで、俺がお姫様はジャジャさんの事を好きかもって言った時にお姫様は照れ隠しドラゴンブレスなんてしたんですか!? おかしいじゃないですか!!」
「それはアレじゃあねぇですか? 初めて見た人にいきなりそんな事言われたら、誰だってびっくりするもんでさぁ。好きでもない奴の事を好きなんじゃね? とか言われたら嫌でも意識しちまうじゃないですか、それでちょっと照れ隠しドラゴンブレスをぶちかましたんでやすよ」
ちくしょう、ジャジャはかなりの鈍感だ、もっとはっきりした言葉じゃないとたぶん伝わらない。
しかし、どうにもじれったい、ジャジャもジャジャならお姫様もお姫様だ、好意が伝わってほしい感が言葉の端々から感じ取れるがハッキリと物を言わないのは何故なのか。
あぁ、高貴な出らしいから立場の違いってのがあるのかもしれない、とは言え、これ以上照れ隠し程度の感情でドラゴンブレスを吐かれても迷惑だし困る。
たぶんジャジャに何を言っても俺の言葉では響かない、ならお姫様に素直になってもらうしかない。
と言うか、何で俺がこの二人の事で色々思い悩まなければならないのだ?
ちょっとだけ、腹が立ってきた。
「ちょっと、お姫様!! いいのこれで!!」
「え、ちょ、何いきなり、ゲフン。人の子の分際で、我と対等に話し合うつもりか? 分を弁え――」
「今はそう言うのいいから、ちゃんと聞いて!! たぶんだけど、今までもずっとそんな感じで接してきたんじゃないの? そりゃあ高貴な身分だから下々の者には威厳のある姿しか見せられないんでしょうけど、はっきり言わないとジャジャ、いやロミュオさんには伝わらないよ!?」
「えぇ、何この人間、めっちゃグイグイ言って来るんですけど……」
「ロミュオさんが好きなんでしょ!? 小さい頃に面倒見てもらって、年上のお兄さんみたいに感じてカッコイイって思ったんでしょ!? それって初恋だよ、その気持ちを今でもずっと持ってるんじゃないの!? 百年以上誰かを想い続けるなんて、凄い事だよ!! 俺にはきっと無理だ、身分違いの恋だからって内心諦めて、それでも諦めきれなくて、気づいてほしいけど立場があるからハッキリとは伝えられない、苦しかったはずだ、辛かったはずだ、それでもお姫様はなんとかしたいと思ってたんじゃないの!?」
「ちょ、ちょっとヒイロ坊ちゃん? そいつぁ憶測が過ぎるんじゃ――」
「いいからロミュオさんは黙ってて!! 小さい頃面倒見てた時に好きとか言われた事あったんじゃないの!? ただの小さい子供の戯言って聞き流したとかあるんじゃないの!!」
「な、何でそれを!? た、確かにノワール様のお世話をしてた頃にそんな事は何度も言われやしたが」
「子供の言う事だって相手にしなかったでしょ!! その頃のお姫様は確かに小さくて子供だったかもしれない、でもその気持ちは本気だったはずだよ!! そうじゃなきゃわざわざ好みの婿の妄想してる姿とか見せる訳ないでしょ!! 自分が誰か他の竜の物になってもいいのかっていう事を言外に訴えてたんだよきっと!! ロミュオさんに嫉妬してほしかったんだよ、立場とか身分とか関係なく、自分の事を一人の竜として見てほしかったんだよ!!」
「やめてー、憶測でノワの本心ガンガン暴露しないでー、ほとんど合ってるだけに恥ずかしくて死ぬー」
「本心晒されて恥ずかしくて死ぬなんて言うくらいなら、当たって砕けろの精神で直接本心を伝えなきゃダメだよ!! 断られたらとか引かれたらとか今までの関係も崩れたらとか考えて、そうなるくらいなら黙っていよう、でも気づいてほしいなんてのは甘えも甘え!! 伝えられないまま、現状維持でもいい、いつか伝わればなんて思ってると、ポッとでのメス竜にロミュオさん取られるよ!! いいのそれでも!?」
「いやだーロミュ兄ちゃん取られるのやー」
「ロミュオさんも!! こんな一途に思ってくれてる子が、その立場から見ず知らずの歳食った気持ち悪い中年竜に愛のない政略結婚とかさせられてもいいの!! 歳の離れた妹みたいに思ってたかもしれない、世話をするのがただの任務だったかもしれない、でもお世話をしてたその二十年間、なんの情も湧かなかったの!? 仕えてる偉い人の娘だからって一歩引いて線引きしてるのかもしれないけど、お姫様を一人の異性として考えてほしい!! そんな事はあり得ないと、いつまで自分の心をごまかすの!? その想いに応えるにしても断るにしても、本気の想いには本気で向き合うべきだ!!」
「まさか、そんな、ノワール様が本当にあっしを……」
ハッと我に返る。
なんか苛立ちと怒りに任せて、べらべらと後先考えず勢いだけで喋り散らかしたが、どうしようこの場の雰囲気。
助けを求めるようにデイジー叔父さんを見たが、グッと親指を立ててバチーンとウィンクしている、ダメだ、この場ではデイジー叔父さんに助けを求めても意味がない。
ならばゴッデス大蝦蟇斎さんはどうだろう、離れた所でトウテツと死闘を繰り広げているが、なんとかしてこっちのこの何とも言えない空気をどうにかしてくれないだろうか。
「リア充は死ね!! 爆発して滅べ!!」
駄目だ、年齢のせいか呪詛を振りまいている。
自分のやった事とは言え、この空気どうすればいいんだ……、俺は軽く眩暈を覚えた。