181・ほかの勇者はどうしているのかって話14
「ふむ、ややこしい事になっておるの」
『どうしたもん、変態竜? 急に真面目ぶった面して』
黄金の鱗を持つ竜ルクレールが険しい顔付きで遠くを見つめていた。
そんな様子を見てマレッサが軽い口調で声をかける。
「カビ毛玉、貴様は妾の父が誰か知っておるか?」
『ぶち殺すもんよこの野郎。お前の父は海竜帝レヴィアタンもん、反逆した竜種の中でも強力だったやつの一体もん。自分で言ってたもんよ、ついにボケたもんか?』
「ボケてなどおらぬわ、このたわけ。で、貴様の認識で我が父は今、どうなっておる?」
『はあ? 何訳の分からない事言ってるもんか。お前の父である海竜帝レヴィアタンは竜と神の戦いにおいて多くの神々と死闘を繰り広げ、その果てに瀕死の重傷を負って海中に逃げ延びたはずもんよ。今がどうなってるかなんて知らないもん、どっかの異空間で回復でもしてるんじゃないかもん?』
マレッサの返答にルクレールはハァと大きなため息をつき、自分の背中で体を丸めて眠っている大祢氏洋太を起こさないようにしながら頭を持ち上げた。
「あぁ、やはり貴様にもそういう認識になっているか。思っていた以上に厄介じゃな。坊も寝ているなら影響はまぁあるまい。おい、毛玉少し竜魔法を使うが、耐えよ『竜言卑語』」
『ッ!?』
《世界が改変されておる、しっかりせいカビ玉》
突然に竜魔法、竜のみが扱える高等魔法をマレッサに放つルクレール。
竜言卑語を喰らった事でマレッサはあらゆる効果を掻き消されてしまい、そのせいでかなりの精神的ダメージを受けてしまった。
『くぁッ!? 目がチカチカするもん!! 脳が焼けるぅうううううッ!?』
「ヤベ、やり過ぎたかの? 壊れてなどおらぬであろうな毛玉、しっかりせい」
『あー頭ガンガンするもん、いきなり何するもんか、この変態竜。竜魔法とか断章と神位魔法の中間に位置するようなとんでもない魔法使いやがってもん……』
「では、今一度問うぞ、毛玉。貴様の認識では我が父は今、どうなっておる?」
『は? 何度聞かれても同じ答えしか返ってこないものもんよ? お前の父、海竜帝レヴィアタンは竜と神の戦いおいて多くの神々と死闘を繰り広げ、その果てに死んだはずも――ん?』
ルクレールの同じ質問に同じように答えたはずのマレッサだったが、その答えは先程とは違っていた。
マレッサ自身も自分の答えの違いを認識し、その違和感に気付いた。
「うむ、そうじゃな。あの戦いで妾の父、海竜帝レヴィアタンは死んだ。身体の一部くらいはどこぞに残っておろうが、確かに死んでおる。それは確かなのじゃ」
『どうなってるもん? なんでわっちは確かに死んだはずの海竜帝レヴィアタンが瀕死で逃げ延びたなんて認識になってたもんか?』
「海竜帝レヴィアタンの直系の血脈たる妾だからこそ気づけた違和感よな、さすが妾。どうやら、何者かの手によって世界がそういう風に改変されてしまっておる。世界が誤認しておる以上、我が父は生きておるのじゃろうよ」
『誰かは分からないもんけど、何の為に世界を改変なんて、とんでもない事をしたもんかね?』
「そこまでは分かりかねる。だが、我が父の死を侮辱したに等しい不届き者である事には違いあるまい。ゆえに、灸を据えねばならぬ。位置的に言えば、そうさな……ジャヌーラカベッサ辺りかの」
『ジャヌーラカベッサもんか、わっちと洋太も連れていくもん。ジャヌーラカベッサはマレッサピエーの隣国もんから好都合もん』
「フン、好きにせい。ただ、妾がここから出るとクエバボーカに常駐しているドラゴンナイン最強の者と確実に事を構える事になるが、構わぬな?」
『は? なんでここで冒険者ギルド最強の九人、ドラゴンナインが出てくるもん!?』
「おいおい、耄碌したかの毛玉。妾は海竜帝レヴィアタンの子、光の竜エクレールぞ? 神に反旗を翻した竜の直系ぞ? 神が危険視するのは当然じゃろうて。だからそやつは妾が何か事を起こさぬよう見張っておるのよ、千年以上もの間、転生を繰り返しながらの」
『お前を危険視するのは当然もんけど、ドラゴンナインとは言え一人でお前程の竜を抑えられるはずが……。いや、まさかお前をこんな洞窟に留まらせているそのドラゴンナインって断罪神コンダナシオン様の……』
冒険者ギルド最強の九人、ドラゴンナインと言えどルクレール程強力な竜を一つの場所に押し留められるはずはないとマレッサは考えたが、ある一つの心当たりに行きついた。
ルクレールにはその父である海竜帝レヴィアタンの神に反逆したと言う罪が受け継がれている、断罪する神であるならば罪人にとっての天敵足りうる、それが竜であったとしても。
「おうとも、そのドラゴンナインは竜殺しのスキルを持つ上に断罪神の神罹りでもあっての、竜殺しと断罪の力を併せ持つ存在、反逆者としての罪を背負う竜を一方的に断罪する、妾たちの天敵ぞ」
『いやそれ、お前殺されるもんよ!? やめとくもん、お前が死ぬと洋太が泣くもん!!』
「だからと言って、我が父を侮辱した者を許していい道理はないわ!! さぁ、行くぞ、久方ぶりの外だ、派手に行くぞ!! 起きよ坊、少しばかり遠出をするぞ!!」
そう言うと、ルクレールは立ち上がって体を軽く揺さぶり、背中で寝ていた洋太を起こす。
その揺れと声で目覚めた洋太は目をこすりながら、大きく伸びをした。
「ふぇ? どうしたの? お出かけ?」
「そうじゃ、洞窟の中ばかりでは陰気で溜まらんからのう。日光浴でもしてお茶会でもしようではないか!!」
「お茶会? うん、わかった」
お茶会と聞いて呑気に笑顔を浮かべる洋太を見て、ルクレールは気分よく翼を広げ魔力を高めていく。
「そのまま妾の背に乗っておれ、魔法で保護はするが過信し過ぎるな坊!! では、行くぞ空間転移!!」
『あぁ、もう、無茶苦茶もんこいつ!!』
瞬間、ルクレール達はドラゴンネストと呼ばれる洞窟の外、遥か上空に転移していた。
降り注ぐ太陽の光を反射して、ルクレールの黄金の鱗が神々しいまでの輝きを放つ。
「クカカカカッ!! 眩しい太陽と言うのもたまには悪くないのう!! それ、さっそくのお出ましじゃ!! ドラゴンナイン最強の女傑、断罪の竜殺しシグルズ・グラム!!」
外に転移したルクレールの魔力を察知したのか、断罪の竜殺しの二つ名を持つ最強の冒険者シグルズ・グラムが遥か地上から一瞬でルクレールたちの前まで飛翔してきた。
軽装の防具と細身の剣を腰にさし、短い銀髪を風に遊ばせながら切れ長の美しい目でシグルズはルクレールを睨みつけた。
「ここ数百年、大人しくドラゴンネストに引きこもっていたと思えば……。なにゆえの外出かルクレール、黄金の美しき竜よ。返答如何によってはこの場で拙者が断罪する」
「クカカカッ!! 竜が洞窟に引きこもっておらねばならぬと誰が決めたか!! 妾は好きな時に好きな様に生きるのじゃ、邪魔立てするなッ!!」
「竜の傲慢さは千年経っても変わらぬか。ならば断罪も止む無し、竜装具『アダマス』着装」
ルクレールが口から灼熱の炎を吐き出し、シグルズは瞬間的に竜の意匠が施された宝石の様に輝く鎧を身に着け、ルクレールの炎を防ぐが、鎧に弾かれた炎の一部が地上に落ち、森を火の海に変えてしまった。
その様子を見た洋太はポロポロと大粒の涙をこぼしながら、心をかきむしるかのように悲痛な声をあげる。
「喧嘩するの……? ダメ、喧嘩はダメ、絶対、だめぇえええええええッ!!」
洋太の叫びが勇者特権『心臓把握』を発動させる、ルクレールとシグルズの心臓を強烈に締め上げ、更には地上で森を焼き払っていた現象に過ぎない炎の存在しないはずの心臓すら締め上げ、そのまま炎を殺し鎮火してしまった。
「ッ!? な、これは心臓がッ!! ガハッ!?」
「ぬぅッ!? 来ると分かっておったが、それでも凄まじいのぉ、勇者特権恐るべしと言った所じゃな!! クカカカ、安心せい坊、ただの旧友との挨拶に過ぎぬわッ!! ではな、シグルズ!! 追ってくるならばジャヌーラカベッサまで来るが良いわ!!」
空中で体勢を崩したシグルズを無視して、ルクレールはジャヌーラカベッサに向けて、空間転移を織り交ぜながら移動を開始、瞬く間にルクレールの姿が遠ざかっていく。
「不意を付かれたとは言え、今のは一体……!? く、しかしそれほどまでに断罪されたいか、ルクレール!!」
怒りを露わにするシグルズは、怒りをそのままにルクレールの後を追いかけるのだった。