179・勘違いは誰にでもあるよねって話
「まぁ、ラビリンスの魔物と同じ位って所ね。苦戦する程じゃあないわ」
「あたくしのやり方に合わせてくれてありがとうねぇん、ゴッデス大蝦蟇斎ちゃん。食べたりする訳でもない殺生ってあまり好きじゃないのよねぇん」
「いえいえ、デイジーちゃんが加減してたんで、殺す気はないんだなーって思っただけなんで」
「それでもとっても助かったわぁん。あぁ、戌彦ちゃんも安心してねぇん、この子たちちょっとお寝んねしてるだけだから、じきに目を覚ますわよぉん」
数十匹は居た多種多様な魔物の群れをデイジー叔父さんとゴッデス大蝦蟇斎さんは一匹も殺さずに制圧していた。
魔物に萎縮していたジャジャたちはデイジー叔父さんとゴッデス大蝦蟇斎さんの戦いを見て、呆気に取られ大口を開けている。
それはあまりに一方的な戦いだった、もはや戦闘とは呼べない程に。
デイジー叔父さんの裂帛の気合を受けて、魔物たちは萎縮し、動けなくなって居た所にゴッデス大蝦蟇斎さんの鞭の様にしなる魔剣の攻撃でほとんどの魔物が昏倒し気絶、残っていた魔物もデイジ―叔父さんが軽い当身で気絶させていた。
だが、戌彦はこれ程の戦力の差を見せつけられても大して気にしていないようだった。
戌彦の不敵な笑みは消えてはいない。
「へぇ、さすが世界を壊す者たちだね。この程度の魔物じゃ相手にもならないか」
「人の子、任せろと大言を吐いておきながらこの体たらく、いかにするつもりだ? これでしまいだと言うのなら、こやつらもろとも貴様らを屠らざるをえんぞ?」
お姫様が戌彦に殺意の籠った視線を向けた瞬間、場の空気も若干重くなったように感じた。
この気迫、あのお姫様もかなりの実力者であろう事がうかがえる。
しかし、戌彦にこれ程の殺意を向けるって事は別に仲間って訳でもないのだろうか?
「ご安心を黒竜ノワール・ジュリエッタ様。ぼくの勇者特権『万能飼育』の真骨頂はこれからですので」
お姫様に一礼した後、戌彦がパンパンと手を叩くと、戌彦の後ろに控えていた二人の内、背の低い方がパチンと指を鳴らす。
すると、急に黒い渦巻の様な物が空中に現れ、その奥から凄まじい雄叫びが響いてきた。
「ぼくの勇者特権『万能飼育』はただ、魔物などを飼い慣らすだけの能力ではない、飼い慣らした魔物同士の交配もまた可能にするんですよ、たとえその種族が違っていてもね!!」
「いやそれもう、テイマーじゃなくてブリーダーなのでは?」
「……」
テイムが飼い慣らすとか調教だから、交配とかまで来るともうブリードとかって方がしっくり来る気がする、まぁ調教して強くするとか進化させるとかならまだテイマーでいい気はするけど。
「まぁ、ニュアンス的にそんな感じがするってだけだから、気にしなくていいと思うけど」
戌彦の顔がちょっと赤くなってる気がする、素で間違っていたと言う事だろうか、まぁ間違いや思い込みなんて誰にでもあるのだし気にする事はないのだが。
数秒の沈黙後、戌彦は不敵な笑みを浮かべた。
「ふ、ふふふふ、こ、これこそがぼくの仲間が持つ勇者特権『拡大解釈』の力!! ぼくの勇者特権の力を更に広く解釈し、特権の幅を広げているのですよ!! 断じてぼくが間違ってた事が変に特権に反映されたとかそんな事じゃあないのです!! 飼い慣らし調教する力がある以上、育て繁殖させる事にも繋がるのは不自然ではないですからね!!」
「あぁ、うん、そうだね」
なんだかひどく慌てている戌彦に話を合わせ、頷いておく。
しかし、ひょんな事で相手の情報を手に入れてしまった、『拡大解釈』、たぶん文字通り他人の能力を拡大解釈する力だろうけど、使い方次第ではとんでもない事が出来そうだな。
「いや、なんで私の力をわざわざばらすかな。アホなんじゃないかな?」
戌彦の後ろに控えていた背の高い方のローブの人物が呆れた感じで肩をすくめる。
声からしてどうやら女性のようだ。
戌彦たち三人の能力は『万能飼育』と『拡大解釈』、そしてあの空中にある黒い渦巻きを作る能力だろうか、黒い渦巻きの方は魔法という可能性もあるが。
「ベ、別にいいでしょう、これから死にゆく者たちです、何を知った所で意味はありません!! 御託はいい、さぁ、出てきなさい、ぼくの最強のペット、トウテツ!!」
大声でごまかしつつ、戌彦は最強のペットとやらを呼び寄せた。
空中に広がる黒い渦巻きが大きくなり、そこから不気味な存在が姿を現した。
十メートルはあろうかという大きな肉の球体に巨大な口があり、その口の中には無数の歯がびっしりと敷き詰められており、何とも言えないグロテスクさがある。
目や耳など他の部位は見当たらないが、小さな人間のような手と無数に生えた足には虫や獣、タコのようなものまで混ざっている。
「この子はトウトツ、何十種類もの魔物を掛け合わせた末に生まれた子さ。実に食い意地の張ったやつでね、なんだって食べてしまうのさ。肉や魚、魔物なんかは当たり前、果ては岩や土なんて無機物までペロリだ。もちろんだが、人もね」
姿を現し、ガチンガチンと歯を鳴らすトウテツを撫でながら戌彦はそう言った。
先程のAランクやSランクの魔物などとは比べ物にならない威圧感、そして死の視線をひしひしと感じる。
強さは下手をしたら飼い主である戌彦や隣にいるお姫様以上なのではないだろうか。
不思議だが、どことなくこのトウテツにはグロトと似た物を感じる。
「ねぇ、戌彦。ちょっと聞きたいんだけどさ」
「あぁいいよ、冥途の土産ってやつだね。なんでも答えるよ」
「そのトウテツって子、『暴食』と何か関係あったりする?」
暴食、という単語に反応したのか戌彦の顔からニヤニヤとした笑みが消えた。
戌彦の後ろに居た背の高い方のローブを着た人物が戌彦の肩に手を置いて首を横に振る。
その手を払いのけて、戌彦は嫌そうな顔で俺を睨みつけた。
「事情が変わった余計なおしゃべりは無しだよ。その言葉を知ってるなら、もう生かしておく訳にはいかない。トウテツ、好きに食い散らかせ、骨一つ残さず平らげろ!!」
戌彦の号令と同時に巨大な球体の怪物、トウテツが見た目と裏腹なスピードでこちらに突っ込んできた。




