176・ドラゴンのお姫様って話
しばらくダンジョン化した竜の胎を進み、ダンジョンの主の部屋の前に辿り着いた。
とても大きく頑丈そうな両開きの門があり、その硬い金属製の扉には鍵がかかっているようで押しても引いても開く事はなかった。
ゲームとかなら、ここに来るまでの道中に鍵が隠されてたりするんだが、そんな物を見つけた覚えはない。
どこか見落としがあったのかもしれない、一旦戻った方がいいのだろうか。
「うーん、どうしようデイジー叔父さん。一旦鍵を探しに戻る?」
「そんな必要はないわぁん。開かない扉を開ける魔法の呪文があるのよぉん」
デイジー叔父さんがそんな魔法を使えるとは知らなかった、一体どんな魔法なのだろうか。
ゆっくりと扉の前に移動したデイジー叔父さん、普通に殴り飛ばしても開きそうなのだが、扉を開ける魔法とやらを見せてくれる様なのでそんな事はしないらしい。
「じゃ、開けるわよぉん」
扉に手をかけようとしたデイジー叔父さんにジャジャが慌てた様子で声をかける。
「待ってくだせぇデイジーちゃん様。ダンジョンの主の間に続く門は普通は鍵を使わねぇと開く事はねぇんでさぁ。鍵は宝箱や魔物が持ってる事もありやす、もっと言ってない場所を探索しやしょう」
いや、名も無きダンジョンの方では普通にノックしたら扉が壊れていたような……。
でもそうか、あの時点ですでに竜の胎と繋がっていたとしたら、あのゴブリン大将軍が居た場所は主の間ではなくなっていたとも言える。
だから、デイジー叔父さんのノックで壊れたのかもしれない、だとすればこの扉は本物のダンジョンの主のに続く扉って事になる。
ならジャジャの言ったように鍵が無ければ開かない法則になっているのかもしれない。
「ダンジョンの法則で鍵がないと開かないって事になってるのかもしれないよデイジー叔父さん。素直に鍵を探した方が――」
「あらぁん、あたくしさっき言ったじゃなぁい。法則変更に対する耐性を身に着けるって。だ・か・ら、何者にも縛られない、フリーダムでビューティフルでトレンディーなあたくしになったのよぉん!!」
どうしよう、久しぶりにデイジー叔父さんが何を言っているのかよく分からない。
複雑な表情をしているであろう俺を気にせず、デイジー叔父さんは無理矢理に硬く閉ざされている扉の中央の隙間に指をねじ込んでいった。
「開かない扉を開ける魔法の呪文と言えばこれよねぇん。開け、ゴ~マ~」
開けゴマ、確かアラビアンナイトのどれかに出ていた呪文で盗賊の財宝が隠されている岩の扉を開ける呪文だったっけと、そんな事を思い出しながらメリメリ、バゴンッ、ベゴンッと凄まじい音を出しながら力ずくで金属製の扉を開け広げていくデイジー叔父さんの背中を眺めていた。
あり得ない光景を目の当たりにしているジャジャたちはあんぐりと大口を開けている、まぁダンジョンの法則とやらを完全に無視しての破壊活動なのだから、仕方ないだろう。
「まぁ、デイジー叔父さんだし、いいか」
若干の諦めを含めつつ、今までにも何度か呟いた言葉をこぼす。
強引にこじ開けた扉をくぐり、ダンジョンの主の部屋に入るとそこには数メートルほどの大きさの黒い鱗を持つ人型のドラゴンが巨大な玉座に貫禄たっぷりに座っており、その玉座の脇には黒いローブを着こんで、顔を隠した人物が三人。
いや待って、人間が三人居たのはいいけど、玉座に座ってるの普通に強そうなドラゴンなんですけど、お姫様どこ? まさかアレが? いやあの貫禄はもうボスなんよ、お姫様が持ってちゃいけない威圧感がたっぷりで迫力も凄まじいのよ。
「ノワール様ッ!! お助けに参りやした!!」
「あ、やっぱりアレがお姫様なんだ」
ジャジャが黒い鱗の人型ドラゴンにノワール様と呼びかけたので、あの人型ドラゴンがお姫様と確定した。
まぁ、今思えばジャジャは別にお姫様がジャジャ達と同じような人間みたいな姿とは言ってなかったし、何より暗黒竜ってドラゴンの娘って言ってたし、まぁ人型とは言えほぼドラゴンなのは当然と言えば当然か。
そう言えば、名も無きダンジョンの方でも人型のドラゴン居たし、主の影響でまくってたんだな。
ジャジャの呼びかけにお姫様はゆっくりと口を開いた。
「さえずるな、ロミュオよ。ジャヌーラの男巫として地上に派遣されているはずのうぬがなにゆえ部下ともども我がダンジョンに足を踏み入れておるのか。うぬに与えられた役目は竜の胎の警備であったはず。己が役目を放棄し、このような奥にまで足を運ぶとは、我が父より与えられし役目を何と心得るか。愚かなりロミュオ、その愚かさは万死に値しよう。ならば我がその息の根を止めるしかあるまい」
お姫様はジャジャを見ながらロミュオと言った、恐らくそれはジャジャの本名だろう、ただ、それはどうでもいい、問題はこのお姫様が物凄い殺気を放っているって事だ。
死の視線こそ感じないがその圧はここまでにあった魔物の比ではない、ていうか完全にジャジャを殺す気なんですけど? しかも我がダンジョンとか言ってるし色々おかしくない?
「ちょっとジャジャさん? 本名がロミュオって言うのはまぁどうでもいいんですけど、ものすごくお姫様攻撃的じゃありません? しかも我がダンジョンって言ってるし、自らの意思で主になってませんこのお姫様?」
「ノワール様はちょっと照れ屋なんでさぁ、思ってもいない事を良く口走っちまう癖がありやす。たぶんデイジーちゃん様やヒイロ坊ちゃんなんかの知らない人間が居るから恥ずかしがってるんでさぁ」
ジャジャは笑顔でそう言い放った、たぶん本気で言っている。
何がどうなればそう思えるのだろうか、竜だから人間と精神構造が違うのだろうか。
「いや、ジャジャさん? 俺的にこの殺気は本物な気がするんですけど?」
「照れ隠しで殺しに来るのはドラゴンの常識でさぁ」
「なにそれドラゴンこわ」
俺がドラゴンの常識に困惑していると、黒いフードを被った人物の内の一人が前に出て、お姫様にひざまずいた。
「偉大なりし黒竜ノワール・ジュリエッタ様、どうかここは我々にお任せいただきたい。貴女様の手を煩わせるまでもありません。それに、そこに居る人種は我々の知る者でありますので」
「……よかろう、好きにせよ」
若い男性の声だった、この男性はどうやら俺やデイジー叔父さん、ゴッデス大蝦蟇斎さんを知っているような感じだが俺にはこの声に覚えはない、一体誰だろう。
「あぁ、その顔。ぼくが誰か分からないって顔だ。安心していいよ、それで合ってる。あの場に召喚された五十数人全員の顔をあの少しの間で覚えるなんて普通は無理だから」
そう言って男性はフードを脱いでその顔を露わにした。
なかなか整った顔立ち、いわゆるイケメンである。
それに今の口ぶりからするとたぶん、このイケメンはマレッサピエーに勇者召喚された勇者の一人だろう。
「ぼくは勇者同盟、七勇者が一人、『万能飼育』の八房戌彦。初めまして世界を壊す者たち」




