170・最低最悪の階層って話
デイジー叔父さんが「えい」の掛け声とともに放った一撃は破壊の嵐となって名も無きダンジョンの地下八階を更地に変えてしまった。
そのせいで地下八階の壁や床、天井が剥がれてしまい、それらが瓦礫の山となって床一面を埋め尽くしていた。
地下九階への階段を探す為に瓦礫の山を探索する事、一時間余り、なんとか瓦礫に埋もれていた地下九階への階段を発見する事が出来た。
瓦礫をどかした際にドラゴン似の魔物の残骸を見つけた時は軽く肝を冷やした、ずっと残っている訳ではなく塵になって消えてくれたのでなんとか耐えられはしたが、肉片なんてグロい物は何度も見たくはない。
魔法が使えればもっと早く地下九階に続く階段を見つけられたかもしれないが、ダンジョン内の法則がダンジョンの主により変更された事で魔力の消費量が増加していた為、魔力温存を理由に瓦礫の撤去や探索がほぼ手作業だったので、かなりの重労働だった。
「はぁ、なんとか見つかって良かった」
「ごめんなさいねぇん。ここまで力が落ちてるとは思ってなかったわぁん。ホントは壁も床も天井も全部まとめて塵にするつもりで腕を振るったのにあのていたらく、魔物の残骸も中途半端に残っちゃってたし、情けない限りだわぁん」
「大丈夫、どれだけ弱くなったとしてもデイジー叔父さんは俺にとって最高の叔父さんだよ」
「ありがとう緋色ちゃん。あたくし、その言葉で更に愛のパゥワーがジャブジャブ溢れてきちゃうわぁん。次は法則変更に対する耐性を身に着けて完全対応するから、待っててねぇん」
自分の攻撃の情けなさから少しへこんでいたデイジー叔父さんだったが、俺の言葉で少しでも元気が出たようで何よりだ。
終始、ジャジャたちが「えぇ、何言ってんのこの人」って顔をしていたが気のせいだろう。
「さて、サクッと地下九階を攻略して地下十階のダンジョンの主を倒しちゃいましょ。マレッサちゃんたちを待たせるのも悪いものねぇん」
「うん、そうだね。俺は大して役に立ってないけど、いい経験になったよ」
地下九階への階段を降りながらそんな事を話していた俺たちにジャジャが険しい顔付きで声をあげる。
「果たして、そう上手くいきやすかね……。ダンジョンの主が居る最下層の一つ上の階層ってのは、主が近い事もあってその影響が色濃く出やす。ダンジョンの探索において、もっとも全滅する可能性が高い階層こそ、最下層の一つ上の階層だったりするんでさぁ。滅多にある事じゃあねぇが、ダンジョンの主よりも厄介な魔物が居る事もありやすんで、気を抜かないでくだせぇ」
ジャジャの言葉に俺はゴクリと唾を飲んだ。
確かに俺は少し緩んでいた、どんな魔物であろうとデイジー叔父さんが居れば何の問題もないと。
現にデイジー叔父さんはダンジョンの法則変更という訳の分からない現象で本人曰く力が減衰しているのだし、デイジー叔父さんでも手こずる魔物が居ないとも限らないのだ。
ダンジョンの主より厄介な敵、戦闘力は主より劣っていても魔法だったりスキルだったりが対人に特化している魔物なのかもしれない、そんな魔物が居るのは滅多にある事ではないとジャジャは言っていたが嫌な予感がする、ほんの少し地下に続く階段が長く感じた。
そして辿り着いた地下九階はとても広く、視界を遮る物のない大広間となっていた。
奥の壁に最下層に続くであろう階段があるのが見える。
「今までとだいぶん様子が違うね、地下九階は。主の影響が強いって事だったけど……」
「な、なんてこった……、よりにもよって、最悪だ……」
ジャジャを始めとした盗賊たちがガタガタと体を震わせて怯えていた。
どうしたのだろうか、今の所は魔物の姿などは全く見えないのだが。
「ジャジャさん、どうしたの?」
「ヒイロ坊ちゃん、もう駄目だ、おしまいでさぁ……。ここはダンジョンに存在する階層の中で最低最悪の階層、モンスターハウスッ!! 入り込んだが最後、部屋を埋め尽くす程の魔物の大群を全て倒し切らないと出る事も戻る事も出来ない、絶望の袋小路!! 数十人規模の探索隊がこの階層に行き当たり、わずかに生き残った者たちの話では、その階層はだだっ広い大広間だったとみんな口を揃えて言ってやす、つまり、ここはそうなんでやす!!」
ズチャリ、と水っぽい物が落下する音が響いてきた。
何事かと、音のした方を見るとそれは粘液に塗れた人型のドラゴンだった。
そしてその音はそこかしこで鳴り響き、次々と天井から人型のドラゴンが産み落とされていく、その数は百や二百ではきかない。
大広間を埋め尽くす程の大量の人型ドラゴンたちは、ゆっくりと立ち上がり爛々と輝く眼をギョロつかせて俺たちを睨みつけた。
「も、もう駄目だぁあああああッ!! あともう少し下の階層なら、奴らに気付かれないってのによぉおおおおお!!」
ジャジャの叫び声が引き金となったのかは分からないが、その叫び声と同時に人型ドラゴンの大群が俺たち目がけて一気に津波の様に押し寄せてきた。
余りの圧に俺は声をあげる事すら出来ず、無意識的にデイジー叔父さんの服を掴んでいた。
「熱烈な歓迎ねぇん。上に居た子たちよりもずっと竜として完成してるわぁん、さっき程度の攻撃じゃ仕留めきれないかもしれないわねぇん」
そう言って、拳を構えるデイジー叔父さん。
「ジャジャちゃんたちッ!! 今ここで諦めるのぉん!? 最下層に行きたい本当の目的ってのがあるんじゃないのかしらぁん!? 諦めて死を選ぶくらいなら、全力で足掻きなさぁい!! それが人生ってものよぉん!!」
「ッ!?」
デイジー叔父さんの一喝にジャジャさんたちはハッとして、何かを決意した顔になった。
そして、服をはだけて胸に埋め込まれている宝石の様な物に手を当てた。
それは、セルバブラッソで見た事がある物だった。
冒険者チーム『チューニー』の人たちも似た物を体に埋め込んでいた。
「総員、竜装具『カルコス』を着装せよ!!」
「「「了解ッ!!」」」
ジャジャの部下たちも同じように服をはだけて胸の宝石の様な物に手を当てる。
「「「カルコス着装!!」」」
ジャジャたちがそう叫ぶと眩い閃光が迸り、一瞬で全員が赤褐色の全身鎧を身にまとった姿になっていた。
竜の意匠が施された兜の目元から赤い光を灯し、ジャジャ達は腰に下げた剣の柄を握る。
「竜剣抜刀、竜装兵の力をここに示せ!!」
「「「おおおおおおおおおッ!!」」」
ジャジャたちはそれぞれ剣を構え、押し寄せてくる人型ドラゴンに立ち向かった、が次の瞬間、地下九階の天井から光が差し込んできた。
何事かと思う間もなく、その光は途轍もない爆音と共に地下九階をほぼ丸ごと飲み込んで消滅させてしまった。
デイジー叔父さんが咄嗟に張ったバリアが無ければ俺たちも消滅していたかもしれない。
大穴の空いた天井に目を向けると小さく空が見えた。
つまり、今の光は地上から地下九階に至るまでのすべての階層をぶち抜いた事になる。
そんなとんでもない事が出来そうな存在なんて、俺はほんの少ししか心当たりがない。
その時、ガラガラと瓦礫が崩れる音がして、のっそりと何者かが姿を現した。
「ぺっぺっぺっ、ほんの一日、二日の間にまた土の味を味わう事になるとか気分最悪。かなり全力の魔剣でぶち抜いたけど、そこそこ深めの階層に来れたッポイ? で、ドラゴンってどこに居るのマレッサちゃん? さっとテイムしてさっと帰れば、バレないよね?」
『お前、ホント後先考えないおバカもん!! 周り見るもん、魔物どころか探索中の奴らも居たもんよ!! 巻き込んでたらどうするつもりもん!!』
「あー大丈夫大丈夫、あの地中貫通魔剣パイルバンカーバスターには人間に影響は無いって設定にしてたから。だから怪我一つしてないはずよ、たぶん、おそらく、きっと」
『全然安心できないもん、コイツの言葉!?』
この声は聞き覚えがある。
「まさか、ゴッデス大蝦蟇斎さん!?」
「え? その声ってまさかヒイロ君!?」
こんな所で再開するとは思ってもいなかったので、俺はとても驚いた。
たぶんゴッデス大蝦蟇斎さんも同じだろう。
「えっと……竜装解除」
「……了解」
その裏でジャジャ達は静かに武装を解除していた。




