168・ダンジョンの法則って話
名も無きダンジョン地下八階は少しだけ上の階と様子が違っていた。
壁や床、天井の一部が崩れ落ちていたり、ひび割れていたりと少し古めかしくなっている。
空気感が変わり、廃墟染みた雰囲気だ。
「ダンジョンの法則が変わったみたいだ、気を付けてくだせぇ」
「法則が変わった?」
「へい、ダンジョンでは主がダンジョン内の法則をある程度決められるみたいなんでさぁ。例えば魔法が使えなくなったり、回復が効きにくくなったり、時間の流れが異様に早くなったり長くなったり、そんな感じで地上とダンジョンとで法則が変わっちまうんでやす。法則が変わったら、この通りダンジョンの階層の作りも変わるんで、何度も通ってるとこの階層は今日は法則変わってるなって分かるってもんで。今回は上と壁や床だとかに変化があったんで法則が変わったって分かったんでさぁ」
法則が変わる、にわかには信じがたいがダンジョンでは割とよくある事らしい。
厄介極まりないが、一流の探索家は法則の変化にもきちんと対応できるように魔法道具を色々と準備しておくものだとかなんとか。
盗賊だからそんな上等な物は用意してないそうなので、変わった法則を推測しつつ慎重に進むしかない。
「魔法の発動がちょっときついみたいなんで、消費する魔力量が上がってるのかもしれやせんね。おめぇら、まだ地下九階と十階が残ってる、この階では魔法は控えとけ」
どうやら魔法の消費量が増加しており、魔法使いにはかなりキツイ法則に変更されているようだ。
他にも何か変な法則があるかもしれないが身体の方には違和感はない、時間の早い遅いは主観では判断しにくいのでどうしようもない、とりあえず変更された法則が一つ分かっただけでもめっけもんだと思うしかないだろう。
「恐らく、ダンジョンの主がゴブリン種から竜種に変わってますんで、自分たちに有利な法則に変わってるはずでさぁ。物理にも魔法にも強い耐性を持つ竜種が魔力の消費を多くしたって事は、元々魔力量が少なく魔法をあまり使わない竜種の可能性がありやす。ゴリゴリの近接系の竜だとしたら、あっしらの防御じゃあバフ魔法を使ってても、まぁ無駄でしょう。ダンジョンの主はデイジーちゃん様に完全に任せる事になるかもしれやせん」
「あらぁん、肌と肌とのぶつかりってやつねぇん。いいじゃなぁい、エスピリトゥ山脈でゴッゾヴィーリアちゃんを見てから、ドラゴンのパゥワーってやつをじかに感じてみたいとは思ってたのよねぇん」
「ゴッゾ? まぁ、よく分からねぇですが、エスピリトゥ山脈でドラゴンを見たって事ですかい? あの大崩落があった時に巨大なドラゴンの影を見たって噂が出回ってやしたが、デイジーちゃん様が言うならホントにあの場に巨大なドラゴンが居たんでやすね、ならあの山脈の一部が崩れ落ちた大崩落も納得でさぁ」
エスピリトゥ山脈の一部が消し飛んだのはデイジー叔父さんとアロガンシアが戦った余波のせいなのだが、言った所で信じてはもらえないだろう、証明するすべもないし。
巨大なドラゴンのせいって事になれば、デイジー叔父さんが悪目立ちする事もないだろう、たぶん。
とは言え、聞く限りではデイジー叔父さんはあの場にやって来たジャヌーラカベッサの竜騎士団を全員埋めたらしいから、とっくに悪目立ちしてしまっている気はする。
更に言えば、あの巨大な竜の背中に作られた監獄から軽く脱獄しているし、もう目立つ目立たないの次元では無いのでは?
気にしちゃ負けだ、気にせずに行こう。
とりあえず、ジャジャのお願い事を終わらせて、早くマレッサたちと合流しないと。
「ヒイロ坊ちゃん、大丈夫ですかい? 表情がころころ変わってやしたが、何か不安な事でも?」
「え? いやいや、何でもないですよジャジャさん、あははは。そ、そんな事より先を急ぎましょう、あとちょっとなんですから」
俺は怪訝な顔をしているジャジャの言葉を笑ってごまかして、一人歩き出す。
変に怪しまれても良い事はないし、優先すべきはダンジョンの攻略だ、サクサク進んでいこう。
その時、通路の奥にあの魔物が居た。
ドラゴン似の魔物、大トカゲやゴブリンにトカゲが混ざった姿ではない、小型の恐竜が二足歩行しているような姿をした魔物、それが何体も。
俺に気付いたようで、ドラゴン似の魔物たちは雄叫びをあげて一斉にこちらに向かってきた。
「ギィイイイイイイイイイイッッ!!」
数十メートルは離れていたはずなのに一、二秒程度で一気に距離を詰められた、飛びかかってくるドラゴン似の魔物の一体と目が合った。
その目に命を感じられず、まるで作り物のような、人形を見ているような、そんな何とも言えない不気味さを覚えた。
「あぶねぇッ!!」
ジャジャさんの声でハッと我に返るが、ドラゴン似の魔物は既に目と鼻の先にまで迫っていた、が次の瞬間そいつらは通路の突き当りまで吹き飛んでいく。
「あらぁん?」
デイジー叔父さんがあいつらを全員殴り飛ばしてくれたようだったが、何故かデイジー叔父さんは小首をかしげて手を握ったり広げたりしていた。
「ありがとうデイジー叔父さん、どうしたの?」
「どういたしましてぇん。みんなぁ、ちょっと今から壁を壊すから防御態勢をとっててねぇん」
デイジー叔父さんの言葉にジャジャたちは、は? と首を傾げつつ大楯を前にして防御態勢をとり、俺もその後ろに移動した。
「えい」
ジャジャ達が大楯で防御態勢をとったのを確認したデイジー叔父さんはそんな軽い掛け声と共に、その場で腕を横薙ぎに振るった。
数瞬遅れて、ゴォッっという轟音が鳴り響いて破壊の嵐を巻き起こす。
壁が衝撃で消し飛び、天井も床も削れて岩肌が露わになっていく。
途中で巻き込まれたのか魔物の断末魔も聞こえてきたが衝撃と破壊に飲み込まれてすぐにその声は消えた。
破壊の限りを尽くしたデイジー叔父さんの「えい」は地下八階層を更地に変えてしまった。
瓦礫の山がそこかしこに散乱しており、地下九階に続く階段を探すのがちょっと大変そうだ。
しかし、デイジー叔父さんは相変わらず凄いなぁ、と俺は苦笑いを浮かべた。
ジャジャ達は目の前の光景が信じられないのか、大口を開けてポカンとしていた。
「は……?」
「やっぱり、別の法則があったみたいだわぁん」
呆気に取られているジャジャ達をよそにデイジー叔父さんは頬に手を当ててため息をついていた。
どうやら、今の「えい」で魔力の消費増加以外の法則を見つけたようだ。
「別の法則って?」
「どうやらあたくしの力を著しく減衰させる法則があるみたいだわぁん。さっきのドラゴン似の子たちを殴った時にほんの少し違和感があったから、ダンジョンを丸ごと消し飛ばすつもりで腕を振るったんだけど、この程度の威力しか出なかったわぁん。法則変更って凄い力なのねぇん、驚きだわぁん」
どうやら、このダンジョンではデイジー叔父さん自身が驚く程に力を減衰されているらしい。
減衰されてこれかーそっかー。
まぁ、デイジー叔父さんだし、いいか。
「それは怖いね。デイジー叔父さんの力をそんなに減衰させるなんて……主はとんでもなく強いかもしれないね」
とりあえず、デイジー叔父さんの心情に寄り添っておく。
「あぁ、地下九階への階段を探さなくちゃねぇん。瓦礫はもう少し小さく、原子レベルで粉砕するつもりだったのに、大きな塊が一杯残ってるわぁん。はぁ、アロガンシアちゃんとの戦いの疲れがまだ完全に取れてないって事を踏まえても、情けない限りよぉん」
「大丈夫、力が少し弱くなっててもデイジ―叔父さんは俺の自慢の叔父さんだよ」
少しショックを受けているデイジー叔父さんに慰めの言葉をかけると、デイジー叔父さんはありがとうねぇんと笑ってくれた。
「微笑ましい光景だけど、やった事がとんでもなさすぎて素直に受け止められねぇでやすッッ!!」
更地と化した地下八階層にジャジャの叫び声が響いた。




