166・安全な階層ってなんで成立するんだろうって話
地下六階に降りると、そこは信じがたい光景が広がっていた。
「……は?」
見渡す限りの草原、空には眩い太陽、心地よい風も吹いている。
いや待って、ここダンジョンの中だったはずなんですけど!?
俺が大いに混乱していると、ジャジャが苔むした岩に腰を降ろしてフゥと一息ついた。
「いやぁ助かりやしたね、ここは安全階層でさぁ。少し休んでから地下七階への階段を探しやしょう」
「安全階層?」
「へい、ダンジョンの中にたまに存在している階層でして、戦闘が出来ない階層の事でさぁ。通常の階層と違って、太陽があるのが最大の特徴でやす」
太陽が特徴と言われたが、明らかに地下とは思えない光景に驚きを隠せない。
近くに水場もあるようで、ジャジャの仲間の盗賊たちが水の補給と食事の準備を始めた。
しかし、戦闘が出来ないってどういう事だ?
「安全階層って言われても、用心しないって訳にはいかないでしょ。あたくしが周囲を警戒しておくわぁん。さっきのドラゴン似の子もこの階層にいるはずだからねぇん」
「そこの所は気にしなくても大丈夫ですぜデイジーちゃん様。あの太陽こそが戦闘を不可能にしている最大の理由でもあるんでさぁ。あれは異界に籠られた太陽神ソルのお姿が次元を越えて映し出された物、その光りはあらゆる傷を癒し、あらゆる攻撃を無効化しちまう。ほら、この通り」
そう言って、ジャジャは自分の手を斧で軽く切りつけた。
いきなり何を、と思った次の瞬間にはジュッと焼ける様な音と共に切り傷が完全に消えてしまっていた。
「これが太陽神ソルのもたらす光の恩寵でさぁ。仮にさっきの魔物が襲ってきても傷は瞬く間に治るし、どんな強力な攻撃も痛みを与えないんでさぁ」
それは凄い、どんな傷でも治って、どんな攻撃も痛みを与えないなら戦いに意味がなくなる、だからこその安全階層って事か。
次元を越えても癒しの効果をもたらす太陽神ソル、とんでもない神様なんだなぁ。
「どの程度の怪我まで回復するのかしらぁん?」
「そうでやすねぇ、噂じゃ頭が吹っ飛んでもその場で再生したってにわかには信じがたい話もありやす。さすがに木っ端みじんになっちまったら死んじまうんじゃあないかってのが探索家たちの定説になってやすね」
むしろ木っ端みじんの状態から再生したら、もういっそホラーなレベルな気もする。
肉片から再生していく様は正直見たい物ではない。
とは言え、ジャジャ達は呑気に水場で泳いでいる者もいるくらいだ、安全なのは本当なのだろう。
とりあえず、俺は食事の手伝いをする事にした。
ここまで大して役に立っていないのだし、それくらいはしなければ。
持って来ていた干し肉と安全階層で採取した野草とキノコなどを煮て作ったスープと野草サラダ、デザートにデイジー叔父さんの焼いたパンケーキ、時間的には遅めの昼食くらいだろうか。
騒がしく食事を終え、水場で食器を洗う。
とても奇麗な水だ、どこから湧いてきているのか分からないが冷たくて、そのまま飲んでも平気だった、ダンジョンはホントに不思議な場所である。
食後にゆっくり休憩を取った後、ジャジャの仲間たちが地下七階への階段を探索しに行くのを見送る。
荷物をまとめて、いつでも出発が出来るように準備をしておく。
しばらく待っていると、ジャジャの仲間たちが戻ってきた、どうやら地下七階への階段を見つけたらしい。
他の場所を探索している者たちが戻ってくるのを待って、地下七階への階段へと移動する。
「地下五層の事を考えると、次の地下七階は恐らくもっとドラゴンに近い存在が出ると思いやす。上層に湧いていた魔物がゴブリンだった事を思えば、このダンジョンの本来の主はゴブリンキングかゴブリン大統領、もしくはゴブリンクイーンかゴブリン女将だった可能性がありやす」
ゴブリンキングはともかくゴブリン大統領ってなんだよ、民主的に選ばれたのかよ。
ゴブリンキングが居るからゴブリンクイーンが居るってのは納得だけどゴブリン女将ってなんなんだよ!?
ゴブリン旅館でもあるのか??
色々と言いたい事があったが、真面目な顔をしているジャジャが冗談を言っている様には見えなかった。
ツッコミを入れるのは野暮だろうと、グッと我慢する。
「しかし、地下五層ではゴブリンにドラゴンが混ざってやした。さすがにゴブリンドラゴンなんて魔物は聞いた事がねぇ。滅多にある事じゃないんでやすが、恐らくあっしらがこのダンジョンを降りる最中にダンジョンの主が変わった可能性がありやす」
「ダンジョンの主が変わる何て事があるの?」
「へい、言った様に滅多にある事じゃありやせん。話題になったのも片手でも余る程度だったと思いやす、あっしも与太話として一、二回聞いたかどうか程度だったんで、すっかり忘れてやした」
ダンジョンに出る魔物は主である魔物の影響を受けるとジャジャ入っていた。
ダンジョンに挑んでいる途中でその主が変わった事で出てくる魔物が新しい主の影響を受け、あんな妙な姿になっていたと言われれば、納得は出来る話ではある。
ダンジョン内がまっとうな空間でないのは、この安全階層なんて場所がある事から確実だ。
そんな事もあるのだろうと思うしかない。
地下七階へ続く階段の前に辿りつき、装備の点検を行う。
ここまでの戦闘でガタが来ている武器や壊れている防具は破棄して、倒した魔物から奪った装備からよさげな物を見繕う。
小一時間程新しい装備の慣らしをして、俺たちはようやく地下七階への階段を降りていく。
色々と気になる事は残っているが、それに気を取られていると俺なんかあっと言う間に死んでしまうかもしれない。
何より地下七階はあのドラゴン似の魔物かそれ以上の存在いる可能性があるのだ、油断は禁物だ。




