16・異世界の貨幣価値って来たばかりだと分からないよねって話
凄まじい閃光と衝撃の余波が巻き起こした砂煙をマレッサが風の魔法で晴らしていく。
あまりに凄い閃光だったので、まだ少し目がチカチカとしている。
デイジー叔父さんは大丈夫だろうか?
大丈夫だとは思うが、さすがに心配になる。
「デイジー叔父さん!! 大丈夫!?」
俺の心配する声にデイジー叔父さんはいつもと変わらぬ様子で返事を返してくれた。
「もちろんよぉん、緋色ちゃ~ん。デイジーちゃんはピンピンしてるわぁん」
ホッとして胸をなでおろす。
チカチカしていた目が元に戻っていき、デイジー叔父さんの状況をきちんと目で確認する。
セヴェリーノの拳はデイジー叔父さんの胸の手前数センチの所で止まっていた。
「あはぁん、振りぬいていたら、あたくしに当たっていたかもしれないわよぉん?」
「砂が全部落ちるまでに当てたらってルールだったろ? 砂が落ち切ってかわすのをやめたあんたに拳を当てたって意味ねぇよ」
「あらぁん、存外律儀なのねぇん」
「あっはっはっはっ!! さすがにあんた相手にごねた所でどうにもなんねぇだろうさ」
セヴェリーノは笑いながらデイジー叔父さんの前に拳を突き出した。
「改めてようこそ、自由と退廃の街リベルタ―へ。おいらはセヴェリーノ・アモーレ。何か困った事があったら、酔いどれドラゴン亭って宿屋にきな。おいらはそこの雇われ用心棒やってんだ」
「んふ、あたくしはデイジー、こっちはあたくしの甥っ子の緋色ちゃんよぉん。宿屋なら後々お邪魔させてもらおうかしら、その時はよろしくねぇん」
デイジー叔父さんは突き出されたセヴェリーノの拳に自分の拳をコツンと当てた。
「おうよ! じゃあな、デイジー、ヒイロ。久々に楽しかったぜ」
セヴェリーノはそう言って、悪い悪いとバフをかけてくれた人たちに謝りながら人込みの中に消えた。
その後、あの攻防を見て、自分ならいけると思う人は少なかったようだ。
デイジー叔父さんに挑戦する人は十人くらいだった。
セヴェリーノの攻撃をかわして疲れているはずと言って挑戦した人や万が一の可能性に賭けて挑戦した人、数人がかりで挑んだ者もいたが結局誰一人デイジー叔父さんには触れられずに終わった。
そして、辺りの街灯に明かりが灯りだした頃、俺たちはセヴェリーノが言っていた酔いどれドラゴン亭を探す事にした。
夕食時、という事もあるのか大通りはかなりの人込みでごった返しており、そこかしこで宴会のようなバカ騒ぎをしている店が目に入る。
腹は減っているがああいう賑やかな所はトラブルが起きそうでちょっと遠慮したい。
「マレッサ、俺はこの世界の貨幣価値ってのがよく分からないんだけど。金貨十枚ってどのくらいの価値があるんだ? 俺とデイジー叔父さんで食事と宿で一泊するくらいは大丈夫そうか?」
『おおよそ金貨一枚で銀貨百枚、銀貨一枚で銅貨百枚換算もんね。まぁ、国によってレートはまちまちもん。マレッサピエーの田舎の安宿なら銀貨十枚もあれば朝、晩の二食付きで泊まれるくらいもん」
「そうか、だいたい銀貨一枚で千円くらいかな? だとしたら、金貨一枚で……十万円? それが十枚で……百万!? かなりの大金じゃないか!!」
『まぁ、この街じゃ一日で消えるはした金もん。神友から聞いた話じゃ、賭場の勝負一回で金貨どころか星金貨も動くとかいういかれた場所もんからね』
「へぇ……凄いもんなんだなぁ。で、その星金貨ってのは?」
『星の神であるステルラ様の紋章が刻まれた最も価値のある貨幣もん。一枚で金貨千枚分くらいの価値があるもん』
「金貨千枚っていうと……十万、百万、千万――億? い、一枚で一億!? それが一回のギャンブルで……とんでもない場所なんだなぁ、ここ……」
自由と退廃の街、人間の国から逃げてきた犯罪者がつくった場所、やっぱり裏の世界ってとんでもない額のお金が動いてるんだなと、TVや漫画でしか知らない裏の世界のうっすい知識を思い出す。
途中、酔っ払いに何度か絡まれそうになるが、その度にデイジー叔父さんの熱い抱擁によって酔っ払いはその場ですぐさま寝てしまった(気絶ともいう)。
「さっきの酔っ払いの人たちに聞く限り、この辺りらしいんだけど……あ、あった」
酒樽を持ったドラゴンの絵が描かれた大きな看板のお店、セヴェリーノが言っていた酔いどれドラゴン亭だ。
絡んでくる酔っ払いの人に話を聞いてだいたいの場所は分かっていたので、そんなに時間はかからずに辿り着く事が出来た。
扉を開けると、一階はレストランの様な場所らしく、いくつかあるテーブルで酒盛りをして楽しんでいる人たちが多かった。
美味しそうな料理の匂いもして、グーっとおなかが鳴る。
「とりあえず、晩御飯にしましょうか。異世界の料理ってどんな物が出るのかしらねぇん。楽しみだわぁん」
『この姿じゃ食べられないけど、わっちにもゴハンを捧げるもん。肉、肉がいいもん。野菜は虫の食べ物もん。上等な肉をわっちに捧げるもん』
毛玉状態では物は食べられないが信仰と共に捧げられた供物は食べた気分になるらしい。
マレッサには世話になっているし、そのくらいは安いものだ。
ただ草の女神なのに肉食っていいのだろうか?
そう思いながら、デイジー叔父さんと一緒に空いているテーブルを探していると聞き覚えのある声に呼び止められた。
「おー、来てくれたかデイジー! ほら、ここが空いているぞ、座るといい! カルメーラ、いい感じに色々持ってきてくれ!! 」
俺たちに気づいたセヴェリーノが奥のテーブルから手招きをしているのが見えた。
せっかく呼んでくれたのだからと、俺たちはそこで食事をする事にした。
先程セヴェリーノが声をかけた店員さんがテーブルに料理を次々と並べていくが、なかなか美味しそうな物ばかりだ。
「じゃんじゃん、食ってくれ! 今回の飯代はおいらが持つ、あの後うさ晴らしに闘技場に行ってな、あんたの動きを見た後じゃあどいつもこいつも鈍く見えてしかたなかったよ! それなりに稼がせてもらった、あんたのおかげさ!」
「あらぁん、それは別にあたくしのおかげって訳じゃあない気がするけど、まぁごちそうしてくれるっていうなら断るのも野暮ってものよねぇん、それじゃ遠慮なくいただかせてもらうわぁん」
「おう、リベルタ―の飯は美味いぞ! なんたって、大昔にこの街に立ち寄った双子の女神にまずい飯を出したせいで街ごと食われて滅んだっていう伝説があるからな! それ以降、二度と街を食われない為に料理の腕を磨いたって話だ、あっはっはっはっ!!」
いや、それが事実なら笑えないんですけど。
『あぁ、大罪神の一柱、暴食の女神グロト様とネリア様の事もんねぇ。あの方たちは味にそこまでこだわらないから、単純にお腹が減って街ごと食べたと思うもん。ニ、三千年くらい前の話もん』
「いや、神様ハンパねぇな」
異世界の神様のとんでもなさを思い知りつつ、俺は食事を楽しむのだった。