157・ほかの勇者はどうしているのかって話12
「いやぁ、リアルマジで死ぬかと思ったよね。ルシウスせんせも無事でよかったよねー」
小麦色に焼けた肌、長い茶髪の毛先を軽くカールさせ、着ている制服に似合わない無駄にゴテゴテとしたデコサングラスをかけた少女リタが隣に座る男性に声をかけた。
「そうですね、世界の危機を救う為に傲慢の大罪神を目覚めさせる事になりましたが、まさかあれ程に凄まじい存在だったとは……」
短い黒髪に掘りの深い顔立ちが印象的なスーツ姿の中年男性ルシウス・アベは大罪神、傲慢のアロガンシアを目覚めさせた時の事を思い出し、軽く身震いした。
その様子を見て、おどおどしつつもお茶を差し出す背の低い着物姿の女性。
名前を凍晴六花、彼女もまた勇者召喚によりこの世界にやって来た勇者の一人であり、行った事のある場所なら制限なく移動が可能という勇者特権を有している。
「た、大変だったようですね。か、神様って怖いんですね……」
「マレッサちゃんの様な温和な神様は珍しいのかもしれんのぉ。まぁ、もとより神様っていうのは本来何もしないでくれと崇め奉る存在じゃて。聞く限りかなりの荒ぶる神だったようじゃな、命があって何よりじゃったな」
凍晴の淹れたお茶をすすりながら着流し姿の老人、是妻ギガンウード拓介が落ち着いた声でそう言った。
「そうですねぇ、さすがに死んじゃったらフーちゃんでも助けられませんからぁ。生きててよかったですねぇ」
アロハシャツに短パン、ビーチサンダルとラフな出で立ちの短い金髪の若い男性、ファイブ・
A・ヒーラーズがコロコロとした笑顔を浮かべる。
どことなくフワフワとした印象を与えるこの男性も他の四人と同じく勇者であり、治癒の勇者特権を持っている。
マレッサピエーの城の一室で話あう五人の男女。
彼らはマレッサピエーに召喚された勇者たちである。
さらにこの場にはそれぞれの勇者についているマレッサの分神体も部屋の中をうろついていた。
『そっちは真面目な勇者でいいもんねぇ。わっちなんて勇者があの調子もんから、口調がちょっと混ざってヤババな時があるもんよ。マジメンディーもん』
『こんなに分神体を作った事なかったもんから、ここまで個性が出るとは驚きもん。スマホ? ってやつに入りっぱなしなのも関係あるもんかね? 魔力を補充してればあの勇者が離れていても平気ってのは割と便利もんけど、閉じ込められたままってのはちょっと嫌もんねぇ』
『他のわっちたちにしても割と変化があるもんけど、一番おかしいのはやっぱアイツらもんね。今の所、二体の分神体が神体顕現まで至ってるもん。ぶっちゃけイカレてるもん』
『ヒイロって奴にくっついてるわっちと、アリスって奴にくっついてるわっちもんね。ヒイロって奴はよりにもよってパルカもくっついてて、しかも原初の呪いを死の精霊に転生させたもん。やらかしてる事も色々あるもんけどエレメンタル・イーターの件ではヒイロが居なかったらヤバかったもんね。何よりあのデイジーの甥っ子もん。まったく、とんだ勇者もんねヒイロは』
『ヒイロも大概もんけど、アリスの方はわっちだけとは言え、常時神体顕現してる異常っぷりもんよ。あの様子じゃじきに本体の属神になるもん。良い事もんけど、ただ、気になる点もあるもんね』
『スマホに入ってるわっちと同じかそれ以上にくっついてる勇者に影響されてるみたいもん。既に完全同期は不可能な域に達してるもん。今一番、属神化に近いもんけど、人間に影響され過ぎな点は懸念すべきもん』
五体の毛玉がわちゃわちゃと会話しているのを眺めながら、勇者たちは不思議そうな顔をしていた。
「マレッサさんは、元は一柱の神のはずですが、意識をあのように切り分けても整合性と言うか、同一性は担保できているのでしょうかね? 混乱などしないのでしょうか不思議です」
「ほっほっ、そこは神だからとしか言えんじゃろうな。神と人間の精神構造は別物、人の尺度で測れるようなものではないじゃろうて」
「マーちゃんはマーちゃんだし、どのマーちゃんもマーちゃんなんじゃないの?」
「え、えっと、それは、その、そうなんでしょうけど……」
「それぞれ個性が出て見分けがしやすくていいとフーちゃんは思いますねぇ。あのぽわぽわ毛玉もカワイイですしぃ。話によると、姿が変わっているマレッサちゃんもいらっしゃるとかぁ。見てみたいですねぇ」
現在、マレッサピエーと魔王国との戦争に協力している勇者はこの五人。
この五人とは別にマレッサピエーで保護されている勇者が七人いるが、この七名は戦争への参加には否定的であった。
魔王国との小競り合いが頻発している現状で勇者を遊ばせておく余裕などない。
しかし、召喚した勇者に暗示や催眠といった安全対策を取れなかった以上、勇者が敵対するなどと言う事は絶対に避けたい。
それゆえにマレッサピエーの宰相であるオラシオはこの七名に戦争参加への打診を続けてはいたが、若干緩い対応に終始していた。
そして、その緩い対応がオラシオにとって絶対に避けたかった自体を引き起こしてしまった。
七人の勇者は世界よりも自分を優先する人間であり、非常に強力な勇者特権に目覚めていた。
オラシオの緩い対応によって、自身を特別な存在、他者よりも優れた者なのだと過信した彼らの自我は強すぎる勇者特権によって更に捻じ曲がり、その影響は彼らについていたマレッサの分神体すら変容させていた。
数日後、七人の勇者はマレッサピエーから姿を消した。
更に数日が経った頃、マレッサピエーの辺境の都市が勇者同盟を名乗る集団によって陥落したとの報告がオラシオの元に届くのだった。




