154・デイジー叔父さんの苦手な人って話
「お~い、緋色や~い」
濃い霧が辺りを真っ白に染め尽くしている場所。
どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「この声は俺が小さい時に死んじゃった田郎丸爺ちゃんの声……、懐かしいなぁ」
俺は声のする方にフラフラと歩いて行。
歩く度に足元からジャラジャラと砂利の音が響く。
ふと気づくと目の前に大きな川があり、対岸に手を振る人影が見えた。
あの怒髪天を衝くかの如くそびえたつファンキーな髪型は田郎丸爺ちゃんだろう。
「お~い」
「田郎丸爺ちゃーん!!」
影だけとは言え、久しぶりに田郎丸爺ちゃんに会えた喜びから俺は目の前の川を越えようと、川に足を踏み入れた。
その瞬間、田郎丸爺ちゃんがとんでもない裂帛の気合の籠った怒号を発した。
「立ちされっ!! うぬにここはまだ早い!! 現世で為すべきを為せ!!」
そう叫びながら田郎丸爺ちゃんは水面を猛烈な勢いで走って俺の元にやってきた。
物凄い形相で肩を掴まれてガックンガックン揺さぶられる。
「あばばばばばッ!?」
「緋色よ、田一郎の馬鹿たれにも伝えておけい!! 好きなように生きるのならば死ぬまで貫き通せとなッ!! あと、次ここに来たら蹴り返すから、肝に銘じておけいッ!!」
そして俺は田郎丸爺ちゃんに豪快な巴投げで投げ飛ばされ、ハッと目が覚めた。
「ぬわーーーーっ!? はっ!? 田郎丸爺ちゃんに巴投げを喰らった夢を見た……ふぅ不思議な夢だったな」
「あらぁん、嫌な名前を聞いちゃったわぁん。あたくしもよく巴投げを喰らってたわねぇん。懐かしいわぁん」
「あ、デイジー叔父さん、夢の中で田郎丸爺ちゃんが好きなように生きるのなら、死ぬまで貫き通せって言ってたよ」
「あのクソ親父の言いそうな事で笑えないわねぇん。はぁ、檄を飛ばされたと思っておくわぁん。さ、お買い物に行きましょ。ちょっと目立ってるけど、あたくしの美しさって罪よねぇん」
今更ながら、俺は既に地面に居る事に気付いた。
地面には大きなクレーターが出来ており、かなりの衝撃で落下したようだ。
当然のように無傷のデイジー叔父さん、さすがとしか言いようがない。
空を見上げると、遥か上空に小さな点の様に見えるドラゴンが見えた。
あそこから落下したのだから、着地の際の音は凄かったに違いない、既に周囲にはざわついている人たちが何十人も集まっている。
恐ろしい程に悪目立ちしている以上、さっき襲いかかってきたドラゴンライダーたちに見つかるのも時間の問題だろう。
「いや、デイジー叔父さん買い物なんてしてる暇ないでしょ!? すぐに逃げるか隠れるかしないと!! ……いや、デイジー叔父さんだし、焦る必要ないのか??」
焦る俺とは対照的にデイジー叔父さんは終始余裕だった。
頭がはっきりしてきたからか、地面に居ると言う安心感からなのか、ようやく俺は少し冷静さを取り戻した気がする。
よくよく考えたらドラゴンライダーの百や千ぐらいでデイジー叔父さんが慌てたりする訳ないし、焦る必要もない。
とは言え、こんな所でもし戦闘になって、万が一町の人に迷惑をかけるのも嫌だし、移動するのはやはり早い方がいいはずだ。
「そうねぇん、緋色ちゃんがそこまで言うなら、最低限の水と食料を買ったら首都であるジャヌーラトーロに行きましょ。きっと、マレッサちゃんたちもそこを目指すでしょうからねぇん。あ、ちょっといいかしらぁん、あたくしちょっと水と食料を買いたいんだけれどぉん、お店ってどこかしらぁん?」
「ひ、ひぃいいいいい、お助けぇええええ!!」
デイジー叔父さんは周囲を取り囲んでいる内の一人に気さくに話しかけ、逃げられていた。
「あらぁん、ずいぶんとシャイなのねぇん」
「違うと思うなぁ」
デイジー叔父さんは五人目でようやくお店の場所を教えてもらう事が出来ていた。
その間、俺は周りの人たちや町の様子を見ていたが、田舎の小規模集落って感じだろうか。
周りは平野で、遠くに妙に抉れた形の山が見えるくらいで森なんかは見えない。
軽く辺りを見回すとニワトリや牛っぽい動物が多く目に入った。
そう言えば、プナナがジャヌーラカベッサは牧畜が盛んだと言っていたっけ。
周囲の人たちは遠巻きに俺たちを見ているが、暴れたりしないと分かったのか、その人数はかなり減っている。
俺はベッドから降りて、軽く伸びをしてからデイジー叔父さんの元に移動した。
ふと気づいたが服が変わっていた、誰かが着替えさせたのだろうか?
「もう少し落ち着いたら、俺が倒れた後の事、色々教えてねデイジー叔父さん」
「えぇ、もちろんよぉん。みんな心配してたわぁん、パルカちゃんやナルカちゃんもとっても取り乱して中々大変だったのよぉん」
「そうなんだ。あの時、急に意識が飛んだ感じだから、色々記憶が曖昧なんだけど、夢でアロガンシアの伝言を聞いた気が……。お姉さんたちがお腹空かせてるとか、目覚めさせて信仰を捧げろとか……まぁその内、全部思い出せると思う、たぶん」
「アロガンシアちゃんたら、そう言う所は律儀ねぇん。元の世界に帰る前にちょっとしたお使いを頼まれたわねぇん。まぁ、急いで帰る必要はないのだから、寄り道もたまには良い物よぉん」
「そうだね。色々片付いたら、帰る前にのんびりピクニックとかしたいね。マレッサやパルカとかみんなで」
「いい考えだわぁん、その時は腕によりをかけてごちそう作らなきゃねぇん」
そんな他愛のない話をしていたら、目的のお店に到着した。
店の前には既に店主らしき壮年の男性がガタガタと震えて立っているのが見えた。
いや、強盗する訳じゃないんだから、ビビり過ぎでは?
「み、店の物はいくらでも持ってってくれて構いません、ですので、どうか家族にだけは手を出さないでくだせぇ、お願いしますッ!!」
店主突然の泣き土下座に俺困惑。
いや、これもう完全に盗賊かなにかの類と思われてる。
誤解を解きたい所だが、今は時間が惜しい。
「色々言いたいけど、買い物済ませて早く出ていった方がいいかもしれないね」
「ショッピングはじっくり見て回る派なのだけれど、仕方ないわねぇん」
デイジー叔父さんは頬に手をあてて、はぁとため息をついた。




