147・その行為が如何に愚かであろうともって話
『ヒイロー!! 無事もんかー!! 生きてたら返事するもーん!!』
『死んでても返事なさい人間!! すぐに魂を捕まえてあげるから!!』
「人間さーん、大丈夫ー」
マレッサたちの声が離れた所から聞こえてきた。
無事なようでホッと胸を撫でおろす。
パルカはちょっと無茶な事を言っているが。
「プラテリアの属神と死の神、それになんだこれは? ずいぶんと歪んだ精霊だな。他にも精霊王に竜、混じり物か。神の一撃によくぞ耐えたものよ。デイジー、貴様の尽力ゆえではあるが」
アロガンシアの言葉から他のみんなも無事らしい事が分かった。
「よもや、大罪神の一柱が地上に顕現するとは、にわかには信じがたいが……」
空からゆっくりと降りてきたゴッゾヴィーリアがアロガンシアを見て、驚いていた。
「竜、頭が高いぞ、ひれ伏すがよい」
アロガンシアがそう言った瞬間、ゴッゾヴィーリアが凄まじい勢いで地面に落下し、何かに押しつぶされるかのように地面にめり込んでいった。
「ぐぉおおおおッ!?」
「うむ、そのくらいでよいぞ、許す。まったく、他の者たちはこの神が名乗りあげたにも関わらず遅参するとは、その愚考万死ですら生ぬるいというに。疾く、来やれ」
右手を伸ばしたアロガンシアがグッと手を握ると、マレッサ、パルカ、ナルカ、それに精霊王オリーゴとフィーニスが何もなかった空中に急に姿を現し、それぞれ地面に着地し、フィーニスは尻を強打していた。
『な、何事もん!? 無理矢理アポートされたもん!?』
『分神体とは言え、神を一方的にアポートとか、何者よ一体!?』
「おー、なんかいきなりびっくりー」
「ッ!? 驚愕!! 強制的な空間転移、しかもこの人数を同時に!?」
「にぎゃあああ!? なんなのよ、いきなり!! フィーニスちゃんのカワイイお尻が二つに割れたらどうする気よ、まったく!!」
フィーニス、尻は最初から二つに割れてると思うんだが。
全員、何が起こったのか分かっていない状態でキョロキョロと周囲を見回している。
そして、アロガンシアの姿を目にしたマレッサとパルカが絶叫を上げた。
『ぎゃああああああああッ!? ア、アロガンシア様もん!? なんで、どうしてもん!?』
『えぇええええッ!? 大罪神の一柱がなんで!?!? 暴食の権能に触発された!? いや、でも本神がわざわざ出向くなんて、そんな!?』
慌てふためくマレッサとパルカは凄まじい速度でズザーっと砂煙を上げながら土下座をしていた。
「やかましいぞ。特にプラテリアの属神、貴様は先程のとは別個体か。多少、姿形は異なるがその騒がしさは同じか、二度も聞けば不愉快になる。自ら首を切れ、と言いたい所ではあるが、その平伏の滑稽さに免じ許す」
『へへーありがたき幸せもんー!!』
マレッサがめちゃくちゃビビり散らかしている。
アロガンシアはそれほどの存在なのだろうか。
その時、俺のマジックバッグの中にナルカが入り込んできた。
「ナルカ、大丈夫だったか? 無事でよかった」
「人間さんもねー。あの人、おっかないからあちしここに隠れてるー」
ふと気づくと、アロガンシアは精霊王オリーゴとフィーニスの二人に目を向けていた。
アロガンシアの眼力で二人とも身動きが出来ない状態のようだった。
「精霊王が地上にわざわざ出向いたのは新たな精霊王を生み出す為か、それとも精霊の力を精霊竜から取り除き、残った暴食の権能を手中に納め、自らがより高次の存在になる為か。まぁ、どちらでも良いし、どちらでなくとも良い。たかが世界の存亡の危機程度で起こされたのだ、暴食なる姉君の権能が関わっていなければ、目覚める必要もなかったのだが」
「わ、わえらはエレメンタル・イーターの出現が精霊にとって有害だからこそ――ッ!!」
「さえずるな、世界の均衡が多少崩れたとて精霊にはなんの痛痒もなかろうが。セルバの国での一件を見て、欲をかいたな。精霊でありながら欲に溺れるとは恥ずべき事だぞ。次代の精霊王を産む事に失敗したがゆえに気が急いたか。あと数百年程度、時をかければより安全に世代交代出来たであろうに」
「ぐぅッ……」
セルバの国での一件?
アロガンシアは一体何の事を言っているんだ?
その時、フィーニスが突然アロガンシアに向かっていった。
「えっらそうに上から喋ってんじゃないわよ!! このフィーニスちゃんにこんな醜態さらさせて、神だからってなめんじゃないわよ!!」
「や、やめろフィーニスッ!?」
何故かは分からないが俺はそう叫んでいた。
戦っていた相手だし、下手をしたら殺されていたかもしれない相手、それでも何故か俺はフィーニスが殺されると思って、つい声を上げてしまっていた。
だが、遅かった。
「え?」
「神に歯向かうならば、せめて彼我の力量差を理解し、命を捨てる決意をしてからかかってくる事だ、混ざり者。億が一にもその手が神に届くとでも思ったのか? だとすれば、思い上がりも甚だしいぞ。生まれたばかりの赤子同然の存在とは言え、あまりに無謀、あまりに無知、今一度、生まれ直せ」
いつの間にか、フィーニスの胸に穴が空いていた。
そして、アロガンシアの手の中にはキラキラと輝く拳大の宝石。
それはたぶん精霊の心臓のような物なのだろうと、俺は思った。
「か、返せ、それが無いと、フィーニスちゃんは……」
フラフラとアロガンシアに近づいていくフィーニスの身体が光の粒になって末端から消えていく。
「暴食の権能の残滓も竜の因子も、貴様にとっては毒でしかなかったのだ。人間の身体も取り込んでいたようだが、それは些末な事。そのまま世界に還るがよい」
膝から下が消え、フィーニスは立っていられなくなり、倒れ込んでしまった。
フィーニスの眼からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「嫌だ、消えたくない、せっかく生まれたのに、せっかく世界を感じられたのに、終わりたくない、いやだ、いやだ、死にたくない、死にたくない、誰か、助けてッ!!」
悲痛な叫びをあげながらフィーニスの身体がどんどん消えて、なくなっていく。
不思議と俺はその姿にグロトを重ねてしまった。
あのグロトも消えたくはなかったはずだ、俺の思い込みでしかないけれど、俺はあのグロトに生きていてほしかった。
そこに助けを求めている人がいるなら、それがどんな人であろうと俺は――。




