142・お前はあの時のって話
フィーニスの喉元に喰らいつき、そのままの状態でドラゴンブレスを放ったもう一頭の竜。
その姿は竜状態のフィーニスに似ているが一回りは体が大きく、強さも尋常ではないようだ。
至近距離からのドラゴンブレスを喰らったフィーニスは頭部が吹き飛び、傷だらけの胴体が地面へと落下していった。
俺も同じように地面に落下している最中ではあるが。
マレッサとパルカもドラゴンブレスの余波で吹き飛ばされ、俺を助ける余裕はなさそうだ。
デイジー叔父さんは俺を見てバチンッとウィンクをした。
それは自分が助けるまでもないわって解釈でいいんだよね、デイジー叔父さん!?
「ぎゃああああ、落ちるぅうううううう!!」
新たに現れた竜が俺を見ている気がしたが、はっきりとは分からない。
なにせ、かなりの高さから落下中なのだ、そんな事しっかり見ている余裕なんてある訳ないだろう。
あぁ、しかし、高い所から落下というのは懐かしい気分にもなる、思えば前にこんな風にオークの森あたりに落ちたっけ。
そこでマレッサに助けられて、オークカイザーさんに出会ったり、バルディーニが出てきたり、デイジー叔父さんとも再開した。
それから俺のこの旅が始まった――ってこれ走馬灯じゃね!?
ヤバイヤバイ!!
ちらりと見えた竜がフッと息を吐いたのが見えた瞬間、突風が吹き荒れ、真下に落下していた俺を真横に吹き飛ばす。
「ぎゃあああああああ!!」
真横に吹き飛ばされた俺は木の枝にぶつかり、バキバキと細かな枝をへし折りながら落下。
ドスンっと地面に体を打ち付けてしまったが、木の枝のおかげで落下の衝撃はだいぶ和らいでいた。
それでもかなりの痛みにその場でゴロゴロとのたうちまる俺。
「―――――ッ!?」
言葉にならないうめき声を上げながら転がり回っていると誰かの声が響いてきた。
「これで貸し借りは無しとせよ小さき人間。千年の恥辱、千年の汚辱、千年の屈辱、神への煮え滾るこの憤怒は尽きぬとも、暴食の権能に咀嚼され染み付いた神気は消す事も出来ず、この体と魂に永劫消える事のない穢れを刻み込まれた。実に嘆かわしい、もはや元の名など恥以外の何物でもなく、名乗る事すらはばかられる。ゆえに今より悪喰竜神ゴッゾヴィーリアとでも名乗る他あるまい」
貸し借り? 竜に貸しを作った覚えはないのだが?
混乱する俺の事などもはや眼中にないようで、ゴッゾヴィーリアと名乗った竜は体を再生させているフィーニスに向き直った。
「な、なんでアンタが実体化してんのよ!! その体の肉も魂も、全部暴食の権能に食い尽くされたはずでしょッ!! 死にぞこないが、今更蘇って来てんじゃないわよッ!!」
頭部を失った竜の体から人型の体を生やしたフィーニスが驚きながら、ゴッゾヴィーリアに悪態をつく。
暴食の権能に体の肉と魂を食い尽くされた?
そう言えばグロトは最期にデイジー叔父さんに頼んでいた。
そのトカゲに私が食い尽くした肉と魂を返してあげて、と。
つまり、あのゴッゾヴィーリアは……。
「あの時、俺の足元で怯えながら隠れてたトカゲ?」
そう呟いた瞬間、ギロリとゴッゾヴィーリアが凄い勢いで俺の方に顔を向けて睨んできた。
目が血走っていてちょっと怖い。
「……二度とその事を口にするな小さき人間。いかに恩があろうと、触れてはならぬ事があると知れ」
「わ、分かった!! 二度と口にしない、約束する!! それはそれとしてありがとう、助けてくれて、おかげでちょっと痛いくらいで済んだ!!」
「ふん、まぁいい。我が因子をかすめ取り、我が形を模倣したまがい物、貴様はその存在自体が我が千年の恥の具現に他ならぬ。ゆえに滅ぶがよいわ」
ゴッゾヴィーリアは大きく開けた口から再びドラゴンブレスをフィーニス目がけて放った。
「なめんじゃないわよ、死にぞこないの竜如きがぁああああああッ!!」
負けじとフィーニスも両手から何かしらの魔法を放ち、ドラゴンブレスに対抗する。
両者が激突した瞬間、眩い閃光と共に凄まじい爆発音が響き、その衝撃で地面が抉れ飛び、山肌に大きなひび割れが刻まれていく。
相殺されたドラゴンブレスと魔法、その光景を見てゴッゾヴィーリアは口角を上げてフンと鼻を鳴らしてどこか余裕があるのに対し、フィーニスはギリギリと歯噛みして悔しがっている。
見た所ゴッゾヴィーリアの方が力は上のようだ。
『何がなんだか分かんないもんけど、助かったもん。どういう経緯であの竜と知り合ったもんヒイロ?』
『竜に助けられるの癪だけれど、今回だけは感謝ね。ともかく人間もナルカも無事でよかったわ』
「あー痛かったー。人間さん、あちし頑張ったよー凄かったー?」
ゴッゾヴィーリアとフィーニスが魔法や爪、牙、体当たりなどの空中戦を繰り広げている間にマレッサとパルカ、それにナルカが俺の所にやってきた。
「あぁ、さすがナルカだ。凄く強くてカッコよかったぞ」
そう言って俺はスライム状態に戻っているナルカを撫でた。
その様子をパルカがジッと見つめていたが、どうしたのだろうか?
『私様も頑張ったわよね? ね? ね?』
何故かパルカがグイグイ来る。
褒めてほしいのだろうか?
今日はかなり褒めたつもりだったのだが、さすが神様だな、褒められたい欲が底なしだ。
「あ、あぁ、パルカも凄かったぞ。あんなに強いなんて思ってもなかった。やっぱり死の神って凄いんだな」
『ええそうよ、偉大で有能、そして強くて美しいのよ私様。よく理解出来てるじゃない、褒めてあげるわ人間』
「あぁ、ありがとう」
再び吹き荒れ始めた風と降りやまない豪雨、空中戦を繰り広げているゴッゾヴィーリアとフィーニスの激突の衝撃、それらの影響かちょっと体が変だ。
不思議と息苦しくて、何故か視界も少しぼやけてきている。
そのせいで、ついふらついてしまう。
『うーん、ちょっとヤバイもんね。ナルカ、守りのアミュレットをヒイロに返してやるもん。そろそろ、普通の人間にはキツイ状況もん。元素の乱れが加速してきて、もはや異界と言ってもいい状態もん。これ以上はちょっと世界的にも危険もん』
マレッサに言われ、ナルカは慌てた様子で俺の首に守りのアミュレットをかけてくれた。
「ごめんね人間さん、大丈夫? つらくない?」
「あぁ、ありがとうナルカ。おかげでちょっと楽になった。ナルカは大丈夫か?」
「うん、今の所へいきだよー」
「そうか、なら良かった」
守りのアミュレットのおかげなのだろう、だいぶ体が楽になった。
このままだと元素が更に乱れて、世界規模の事態になるようだ。
今の所、ゴッゾヴィーリアがフィーニスを圧倒しているが、気のせいかフィーニスの再生する速度が速くなっているように見える。
消し飛ばれさていた竜の頭部も既に再生し、ゴッゾヴィーリアに向かってドラゴンブレスを放っていた。
『厄介ね、あいつ。暴食の権能の機能も模倣してるみたい。周囲の元素を取り込んで自分の力にしてるわ。あのままだと、竜神を名乗ったあの竜にいずれ追いつくわよ』
『精霊の不滅性、ここまで厄介とは思わなかったもん。何か手はないもんか……』
「もちろんあるのん」
「なんとか間に合ったもす」
「わいらの切り札うぉ」
「本当はエレメンタル・イーターに施すはずだったものふぅ」
「ぎゃあああっ!? ってグノーモス爺ちゃんたち!?」
いきなり四大精霊王が俺の後ろに立っていたので大いに驚いた。
いつの間にこんな所に……。
しかし、あのフィーニスを何とかできる切り札があるそうだが、一体何なのだろうか?




