137・その物言いはちょっとどうかなって話
「ぎゃあああああ!! 天井が崩落してきたぁああああ!!」
洞窟全体が崩落してくるのを見て、俺は大いに慌てふためいた。
崩れる範囲が広すぎる上に、道を塞ぐように壁が出来ていて避けようがない。
「あははははは!! いい声で鳴くじゃないザコ人間!! そのままプチって潰れて死んじゃえッ!!」
フィーニスの声が何処からか響く。
「デイジィイイイイイアッパァアアアアアッ!!」
デイジー叔父さんが魔力を込めた拳を大きく振りかぶり、崩落する天井に向かって拳を突き上げる。
音すら置き去りにした拳から凄まじい閃光が迸り、とんでもない爆音と衝撃が俺を襲った。
マレッサとパルカが張ってくれている魔力壁のおかげか、それとも精霊王たちの加護のおかげか、なんとか倒れる事なく耐えられたが、舞い上がった粉塵についむせて、せき込んでしまう。
「ゲホッゲホッ、すっごい土埃、ゲッホッ!! ん? なんか周囲が明るい? マレッサ、明かりの魔法でも使ったのか?」
『あぁ……いや使ってないもん。ちょっと天井から自然の明かりが差し込んでるだけもん……』
「自然の明かり??」
どういう事かと思い、上に目をやると、遥か上に空が見えた。
奇麗な空だなー。
空?
「洞窟内部から天井ぶち抜いて外まで繋がってる!? しかも結構な大きさの穴だよこれ!?」
直径数メートル以上の大穴が洞窟から外までを一直線に貫いている。
ついつい驚いてしまったが、デイジー叔父さんだから、まぁ出来なくはないだろう。
「さ、ここに居ちゃあ、ちょっと面倒だわぁん。外に出ましょ」
そう言ってデイジー叔父さんは俺をお姫様だっこすると、大きく跳躍し、途中大穴の壁を蹴って加速しながら、あっと言う間にエスピリトゥ大洞窟の外まで駆け上った。
「うぅ~ん、美味しい空気ねぇん。それにこの高さ、良い眺めだわぁん」
暗い洞窟内から一瞬で外に出た為、俺はあまりの眩しさに目をギュっと閉じていた。
そして一瞬の無重力感、からの重力に引っ張られる感覚、遊園地なんかにあるアトラクションで味わうあの感じ、正直俺はあまり好きじゃあない。
ゆえに。
「ぎゃああああああ、落ちるぅうううううう!!」
『賑やかもんねぇ、ヒイロは。デイジーが抱っこしてるんだから、平気もんよ』
『いいなぁ、私様も抱っこしたいなぁ……』
マレッサとパルカが何か言っているがテンパっている俺の耳には入ってこない。
ズンッと岩場にクレーターの様な跡を作りつつ、着地。
デイジー叔父さんは優しく俺を地面に降ろしてくれた。
軽く振らつき、地面にへたり込む。
地面を見ながら、なんとか息を整えて心を落ち着かせる。
生きた心地がしなかったが、ここは地面なのだと確認出来て心から安堵した。
「あぁ、地面って素晴らしいな……」
「あらあらぁん、ごめんなさいねぇん緋色ちゃん。ちょっと荒っぽかったわねぇん。デイジー反省だわぁん」
「い、いや、大丈夫だよデイジー叔父さん、おかげで生き埋めにならず、っていうかペッチャンコにならずに済んだよ」
その時、近くの岩場から大きな岩の腕が現れた。
セルバブラッソでのあの巨人を思わせる大きさだ。
岩の大腕が握っていた拳を開くと、そこには十代前半くらいの可愛らしい女の子が俺たちを見下しながら立っていた。
肌は青く、身体のあちこちには不思議な紋様が刻まれており、つり上がった目には宝石のように煌めく瞳、ツーサイドアップの水の髪に炎の手足、その周囲にはドーナッツの様な謎の物質が複数プカプカと浮いている。
女の子は俺とデイジー叔父さんを見比べて、にやりと意地悪そうに口を吊り上げた。
「へぇ、ザコな人間の癖にそっちのでっかいおじさんはちょっとはやるみたいじゃん。ただ、そっちのおにーさんはキャーキャー騒いでてホント、情けなくてカッコ悪いし、弱々しくてみっともなーい、生きてて恥ずかしくないの? アハ、怒った? ごめんねぇ、ホントの事言っちゃってぇ、アハハハハハ!!」
何だろう、この子。
酷く煽り散らしてくる。
まぁ、全部ホントの事ではあるのだから、そんなに怒る気にはなれないが。
この子は声からしてたぶんフィーニスだろう、洞窟内で聞いた声と同じだ。
俺はとりあえず、確認する事にした。
「君がフィーニス、であってるか?」
「うわ、何でフィーニスちゃんの名前知ってんの? おにーさんキモ」
いや、洞窟内での声と同じ声だし、自分でフィーニスちゃんって言ってたし、一応確認の為に聞いただけだったんだが、キモって言われるのはちょっと嫌な感じだな。
「そう言う物言いはあまりしない方がいいぞフィーニス、品がないからな。女の子ならもう少しお淑やかにしてた方がいいんじゃないか?」
俺の言葉にフィーニスはうげーっと嫌そうな表情になった。
「うわー、フィーニスちゃんにそんなおにーさんの好みを押し付けないでもらえますー? キモ過ぎるんで」
そう言って、フィーニスは指先に小さな火を灯した。
マッチの火くらいの小さな火だ。
何をする気だろうか。
「フィーニスちゃんってぇ、四大精霊の力を全て持ち合わせた可愛くて完璧でちょーカワイイ存在だからー、最強なのよね。なら、世界はフィーニスちゃんの物って事なの、分かる?」
フィーニスが指先の火を俺に向ける。
そして、邪悪な笑顔を浮かべ、バアンと軽い調子で言った。
「は?」
一瞬で視界が全て白く染まり、全身が焼けてしまいそうな熱に襲われる。
バヂンッと何かが弾ける音がした後、後ろの方で大きな爆発音が響いた。
『ヒイロ、無事もんか!? 信じられないもん!! あいつ、ただの炎の魔力砲でわっち達の魔力壁を一瞬で破りやがったもん!!』
『デイジーがすぐに弾いてなかったら、あと数秒で人間が塵も残さず消えてたわね、よしアイツ死なす。地上への介入とか知ったこっちゃないわ。ナルカ、手伝いなさい。完璧に完全に死なすわ、ひゃっぺん死なす』
「うん、姉母様。あちし、ちょっと本気で頭に来たよ。アイツ、人間さん馬鹿にしたし殺そうとした。絶対死なす」
かなり頭に来ているのか俺の信仰無しにパルカが人型になっていたが、その背中には羽が無い状態だ。
ナルカも人型でセルバの大樹で見た時と同じ黒いワンピース姿になっているが、あの時と違い身に纏う黒いオーラが若干薄い気がする。
マレッサが俺が負った火傷を魔法で治療してくれた。
俺はそっと爆発音のした後方を振り向いた。
「マジかよ……」
後方はるか数百メートル以上離れた場所で巨大な火柱が挙がっているのが見えた、しかも何か所も。
かなり離れているのに火の柱の熱を感じる。
デイジー叔父さんが弾いた事で飛び散った炎の魔力砲のせいだろうか。
マレッサたちの魔力壁を消し飛ばし、デイジー叔父さんに弾かれてなおあの巨大な炎の柱、とんでもない威力なのだと言う事は俺でも理解出来た。
ただ、見ている間にその火の柱が小さくなっていく。
そして、全ての火の柱が消えた後、俺の隣にデイジー叔父さんが立っていた。
少し体から煙の臭いがしたから、消火しに行っていたのだと気づいた。
その顔は少し険しい。
「はぁん、困った子ねぇん、フィーニスちゃん。戦うなら、狙うならあたくしにすればいいのにぃん。なんで緋色ちゃんを狙ったのかしらぁん?」
デイジー叔父さんの声に一瞬だけビクッとしたフィーニスはすぐにまた意地悪そうな笑顔になった。
「あははは、なんでそのおにーさんを狙ったかって? 決まってるじゃん、フィーニスちゃんにムカつく事言ったからに決まってるでしょでっかいおじさん。そこの神の端末と変な精霊も何怒ってんの? そんなに弱い癖にフィーニスちゃんに意見したその弱っちいおにーさんが悪いんですけどー。責任転嫁しないでもらえます? だいたい、フィーニスちゃんを死なすとか、何言ってんの? 出来もしない事を言うなんて、くそダサいんですけど加齢臭のするおばさんとだっさいチビガキ」
フィーニスの言葉に周囲の空気が激しい重くなったのを感じた。




