135・生れ出たモノはって話
凄まじい速度で振るわれる腕が数多の残像生み出し、さながら千手観音の如き神々しさを伴う暴力の嵐が吹き荒れていた。
一つの腕が殴り、一つの腕が握り潰し、一つの腕が貫く。
空を切り裂く手刀が音を置き去りにして斬撃と衝撃が敵を襲う。
パチンと鳴らした指先に弾かれた空気が、目に見えない砲弾となって射線上の敵を粉砕する。
高速移動しながらも敵をサッカーボールの様に蹴り飛ばし、力強い踏み込みで大地が揺れ敵が宙に浮く。
そこに眼から謎の光線を照射、たまに口からも謎の光弾を発射して敵を殲滅している。
実にやりたい放題なデイジー叔父さんが十人以上いた。
お決まりの分身である。
雲霞の如く押し寄せる肉塊の大津波であろうと、デイジー叔父さん(たち)にとっては大した脅威ではないようだ。
破壊の余波による地響きと七色の光線が明滅する中、その様子をポカンと口を開けてトシユキが眺めていた。
「うわぁ……これはドン引きなんよ、もうチートバグじゃん。デバックちゃんとしろよレベル」
「まぁ、デイジー叔父さんだから」
「えぇ、なにそれぇ……」
デイジー叔父さんだから、俺のその一言にトシユキはさらに困惑気味な表情を浮かべていた。
まだ余力がありそうなトシユキと違って、リリシュやルキフ、ナルカに精霊王たちは荒く息を吐いて地面にへたり込んでいた。
五時間、とトシユキは言っていた。
そんなに長い時間、あの空間に居たつもりはなかったのだが、別の空間だったから時間の流れも違っていたのかもしれない。
ともかく、何故こんな状況なのか俺が尋ねようとしたが、先にマレッサが口を開いた。
『で、何がどうなってこんな事になってるもん? 暴食の権能は切り離したっていうのにもん。あの場で別れたお前がいるのと合わせて答えるもん』
「まぁ、なんというかぶっちゃけた話、小生は別れた振りして、ピンチの時に駆け付けたらなんかカッコよくね? っていうムーブがしたくてですね」
なるほど、まぁ気持ちは分かる。
『はぁッ!?』
「うわ、本気で怒ってる声、コワ。だってほら、そっちの話を聞く限り、小生たちがエレメンタル・イーターとかいう奴の封印解いたって思ってたんでしょ? 小生たちそんな事してないんよ、マジ。だったら、封印を解いた第三者がどこかにいるって考えるのが自然ですし? なら、戦力が分散したと見せかけて、第三者が姿を現した所で奇襲とかした方がほら、なんかおいしい的な?」
『まぁ、いいわ。実際リリシュたちは助かってるみたいだし。で、この肉塊はどういう事』
若干イラついているパルカに地の精霊王グノーモスが答えた。
「あの巨大な外殻が割れてしまって中身が産まれてしまったのん、この肉塊たちは割れた外殻の中から溢れてきたのん」
「中身って、精霊石の体を持ったエレメンタル・イーターの事か? でも、暴食の権能は切り離したから、精霊の力は霧散するはずじゃ!?」
グノーモスの言葉に俺は慌てる、結果としてグロトを死なせてまで暴食の権能を切り離したというのに、体が精霊石化したエレメンタル・イーターが産まれたのでは意味がないじゃないか。
「違うもす、人の子。わいらも完全に思い違いをしてたもす。五十年前、エレメンタル・イーターの邪魔が入った時にわいらは失敗したものと思い込んでいたもす。でも、奴はエレメンタル・イーターの中で孵化の時を待っていたもす」
「奴? 奴って一体……」
「五十年前、わてらが生み出そうとした存在うぉ。霧散したとばかり思ってたうぉが、エレメンタル・イーターに取り込まれてもなお、その自我を残し、ずっとその時が来るのを待っていたんだうぉ」
「つまりは次代の精霊王ふぅ。奴は本来なら安定させる為に四人に分割しなければならない四大元素をその身に全て宿したまま、エレメンタル・イーターに取り込まれていたふぅ。それが五十年という年月の間に人間たちの負の想念を蓄え、内側から封印を破ったんだふぅ」
「新しい精霊王がエレメンタル・イーターの中から封印を破った!? 出来るのかそんな事が!?」
「精霊王としての役割は不完全ながらも引き継いでしまっていたのん。封印されていながら、奴には人間の負の想念が蓄積され、ついにはわすらを越える力を得てしまったのん。奴は肉塊を溢れさせた後、自身を頂点にした精霊世界を作る為に外へと向かったのん。そして自らを最後の精霊王フィーニスと名乗ったのん」
最後の精霊フィーニス、随分と厄介な存在が産まれてしまったようだ。
内側から封印を破った以上、その力は精霊王を越えている。
しかも、デイジー叔父さんが対処しているというのに肉塊の量が少ししか減っていない。
つまり、今も溢れ続けているという事だ。
焦る俺のマジックバッグの中にナルカが飛び込んできた。
「ごめーん人間さん、さすがのあちしもちょっと疲れちゃったー。あとねー、この肉、竜の肉だよー。精霊化した後もずっと竜の体を再生させようとしてたみたい。でも何らかの要因で完全な竜の体には成長しなかったっぽいよー。それで、別次元に溜まってたのが不完全な竜の体が、外殻が割れた事で今、千年分全て溢れてるんだってー。精霊王たちが言ってたー」
「なんだって!? 千年分の竜の体!? いやまずはお疲れナルカ、今はその中で休んでてくれ」
「竜の生命力を侮っていた訳ではないのんけど、ここまでとは思ってもいなかったのん。暴食の権能を取り込んだ竜自体、かなり高位の竜だったはずのん。もともと、外殻は割れる寸前だったのんから、ここに辿り着く前に肉塊がいたんだろうのん」
暴食の権能を取り込み、精霊を食べ続けて竜の体を失った後も、元の姿に戻ろうと千年も竜の体を再生させ続けてた結果がこれって事か?
むごい事だが、道理でちょっとしか減っていないはずだ。
何年分の竜の肉塊がこの場に出てきたのかは分からないが、まだまだ出てきてもおかしくはないだろう。
外に出て行ったというフィーニスも気になるが、この場を放っていく訳にもいかない。
竜の出来損ないの肉塊が千年分、それがもし洞窟の外に出て行ったら……、想像するのも恐ろしい。
「言っておくが人間よ、フィーニスを名乗ったあの精霊王の強さは余やトシユキ以上であるぞ。トシユキの絶対無敵バリアが無ければ、余たちだけでなく貴様やパルカ様、マレッサの奴も生きてはいなかった。デイジーちゃんはなんか姿が消えてたけど……」
「陛下の大角が健在であったならば、如何に最後の精霊王フィーニスであったとしても互角に渡り合えたでしょうに。爺は口惜しくて仕方ございませぬ」
「言うなルキフ、全ては余の不甲斐なさ故よ。……つまりだ、人間。この場において、あのフィーニスの相手が出来るのはデイジーちゃん以外には有り得んという事だ。この場は余たちが抑えておく、その間にフィーニスを仕留めてくるのだ。あんなものが好き勝手にしては世界の法則が変わり人など生きてはいけぬ世界となろう」
リリシュの言葉に俺は少しだけ迷ってしまった。
確かにリリシュやルキフ、トシユキや精霊王にナルカ以上の強さだというなら、デイジー叔父さん以外相手にできそうにない。
でも、この場をデイジー叔父さんが離れたらリリシュたがいつまでもつか、かといって凄まじい勢いで溢れ出る肉塊を無視する事も出来ない。
「あ、ちなみに小生がここに来たのはフィーニスたんがリリシュ殿たちを攻撃した瞬間なんよ。多少やりようはあっただろうけど、リリシュ殿やルキフ殿、ナルカちゃんに精霊王たち、それに動けない神様たちとかヒイロ君を守る事を優先したんよ」
「そうだったんですね、トシユキさんありがとうございます。……フィーニスたん??」
なんだ、たんって。
しまった、といった感じでトシユキは自分の口に手を当てる。
リリシュやパルカになんか凄い冷ややかな視線で突き刺され、トシユキはバツが悪そうな顔になった。
「いやでも、あんなテンプレなメスガキ、初めて見たから、つい」
なんだよメスガキって。




