134・想定外だったって話
砕け散っていく真っ暗な世界の中で俺は手の中に、ピンポン玉くらいの大きさになった太陽の涙石がある事に気付いた。
グロトが返してくれたのだろうか。
小さな光の粒が太陽の涙石の中にあるのが見える。
なんとなく俺はこれがグロトであり、暴食の権能そのものなのだと確信できた。
太陽の涙石をギュッと握りしめる俺の肩にマレッサが雑に手を置く。
『ヒイロ、何と言っていいか分からないもんが背負い込み過ぎない事もん。アレは暴食の権能に自我が芽生えた存在じゃあないもん。グロト様とネリア様の魂が権能に焼き付いたもの、本人であり本人でない存在、まさに影だったもん。たぶん、ある意味本人そのものと言ってもいいかもしれないもん。なんでグロト様の人格だけしかいなかったのかは分からないもんけど、ヒイロはあのグロト様を救う事が出来たとわっちは思うもんよ』
「そう、かな。マレッサの言う通り、あのグロトが少しでも救われたと思えていたなら、嬉しいな……」
たぶん、マレッサの言葉は気休めでしかない。
それでも俺はほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
笑っているのか泣いているのか、よく分からない心境で複雑な顔をしているであろう俺の頭の上にパルカが舞い降りた。
ちょっと、重い。
その重みで自然と俺は自分の足元に視線を落とした。
『生きててよかったわ人間。私様はアンタの生を喜ぶわ。もし、あのグロト様に何か思う所があるのなら、思い残しがあるのなら、グロト様の最期の言葉を忘れずに本人にその権能をお返しに行きなさい。私様たちも一緒に行ってあげるから』
「あぁ、ありがとうパルカ」
俺は少し泣いた。
世界が眩しい白に変わっていく中、デイジー叔父さんは俺が泣き止むのを待ってくれていた。
「緋色ちゃん。あたくしはグロトちゃんを殺したわぁん。恨んでいい、憎んでもいい、それでも、どうか前を向いて歩いてちょうだい。グロトちゃんはあの時、本気で緋色ちゃんを齧ろうとしていたわぁん、でもそれは――」
分かってる、あの時グロトが俺を本気で齧ろうと、本気で殺そうとしていた事くらい。
その理由も。
「分かってるよデイジー叔父さん。あの時、グロトはデイジー叔父さんに殺してもらう為にそうしたって事くらい。助けてくれてありがとう、グロトを止めてくれてありがとう。俺には絶対に出来ない決断だった。ツライ役目を押し付けてごめんデイジー叔父さん」
デイジー叔父さんは悲しそうに笑って、俺の頭を優しく撫でてくれた。
「フフ、大人ですものぉん。子供がしなくてもいい事は大人がしなきゃねぇん。いつか、緋色ちゃんも何かを決断して行動しなきゃならなくなるわぁん。その時まではあたくしが守るわぁん」
「もう沢山守ってもらってるよ。いつかお返ししないとね」
「あらあらぁん、気にしなくていいのよぉん。でも、どうしてもって言うなら、そうね、いつかあたくしがデンジャラスなピンチになった時は助けてちょうだいねぇん」
「うん、絶対に助けるよ」
『デイジーがピンチになるとか、まったくもって想像できないもん……』
『同じくだわ。デイジーちゃんが本気でピンチになるなんて、世界が終わる様な出来事でも足りないわね、きっと』
マレッサとパルカはなんだか失礼な事を言っている気がしたが、まぁ俺自身デイジー叔父さんがピンチになる事態を想像出来ていないから、何も言えない。
そんな事を思っている内に周囲は真っ白に染まりきっていた。
『全く想定していなかった事態にはなってたもんけど、何はともあれってやつもん。為すべきは為したもん。エレメンタル・イーターの魂から暴食の権能を切り離す事は出来たもん。あとは現実世界に戻るもんよ。ここにいるヒイロは精神体もんから早く戻らないとこの空間に取り込まれるもん、デイジーは何故か実体のままここにいるもんけど、デイジーだからもう気にしないもん』
『ホント、なんで魂と接続してる場に生身で来れてるのかしら……。まぁいいわ、デイジーちゃんだし』
若干諦めの入った内心を吐露しつつ、マレッサとパルカは空中に魔法陣を描いた。
というか、俺って精神体だったのか……、気づかなかった。
『じゃ、戻るもんよ!!』
『今度は私様につかまってなさい人間。行きの時はマレッサだったから帰りは私様じゃないと不公平だわ』
『いちいち、どうでもいい事を気にするもんねぇ』
『うるさいわね!! いいからはよ!! 早く私様の羽に触れなさい、抱きしめなさい、包み込みなさい!! 強くッ!!』
よく分からないがそうしないと悪いのだろう、言われるまま俺はパルカをギュッと抱っこした。
『んほぉ』
『変な声だすなもん、まったく』
空中の魔法陣がグニャリと歪み、黒い穴に変化していく。
黒い穴はあっと言う間に広がり、俺たちを包み込んだ。
一瞬めまいを感じ、視界が歪んだが俺が倒れるとパルカも巻き添えになってしまうと思い、なんとか気合いで持ちこたえた。
ガクンッと体が揺さぶられる感覚と同時に凄まじい爆音が耳に飛び込んできた。
何事かと目を開くと、エレメンタル・イーターの魂と接続する前と周囲の光景は全くと言っていい程、変わり果てていた。
「な、なんだこれーーーーッ!!」
周囲、左右前後上下、四方八方からピンクの芋虫のような肉塊の大群が俺たちに襲いかかって来ていた。
リリシュとルキフ、ナルカと精霊王たちに加えて、何故かトシユキが俺とデイジー叔父さん、マレッサとパルカをバリア的な何かで守っているのが分かった。
「やっと帰ってきたんよーー!! え? なんで小生がここに居るかって? まま、それはおいおい。ってか、デイジーさん早くなんとかしてぇーーーー!! 五時間以上粘ってるんよ!!さすがのレベル、ステータスカンストの小生でももう限界寸前なんよーー!!」
何故、と考えるのは後にした方が良さそうだ。
俺は混乱しつつもデイジー叔父さんに尋ねた。
「デ、デイジー叔父さん、これ、何とかかんとかできる!?」
「あはぁん、当然よぉん!!」
デイジー叔父さんはバチィンとウィンクをかまして、行動を開始した。




