132・一緒に外にって話
砕け散る空間と共に差し込む光が暗がりを照らす。
光りの差し込む方向に体を向けて眩しい光に目を細めながら、空間を打ち砕いた人物に目をやる。
逆光で見えにくかったけれど、あの大きく長い髪の特徴的なシルエットは見間違えようがない。
「デイジー叔父さん!!」
「はぁ~い、緋色ちゃん。ちょっと位相がズレてたのねぇん。マレッサちゃんもパルカちゃんもとっても心配してたわぁん。近くに居る気はしてたんだけど、ハッキリとはしてなかったから呼んでくれて助かったわぁん」
『人間!? 生きてる!? 死んでない!? 魂はみ出てない!?』
『あー無事みたいでよかったもんヒイロッ!! 何故かヒイロがいなくてビックリしたもん、まだ暴食の権能もエレメンタル・イーターの魂も見つかってなかったからヒイロが出会ってるかもって焦ってたもんよ。まぁ、一、二分でヒイロがデイジ―に助けを求めたから居場所が分かってよかったもん』
一、二分? もっと長くここに居たはずなんだが、時間の流れが俺とデイジー叔父さんたちで違っていたのだろうか。
ともかく、合流出来て良かった。
更に空間が砕け、光が辺りをどんどん明るくしていく。
「緋色ちゃん、ちょっといいかしらぁん? それ、いえ……その子は誰かしらぁん? マレッサちゃんとパルカちゃんはちょっと静かにお願いねぇん」
『ッ!?』
『――ッ!?』
何故かデイジー叔父さんとマレッサ、パルカの雰囲気が少し鋭い物に変わった気がする。
デイジー叔父さんの言うその子、とはグロトの事だろう。
「あぁ、この子はグロト。暴食の双子神の一人、もう一人はここにいないらしいんだ。だから、ここから出てもう一人のネリアって子を探そうって約束したんだ。デイジー叔父さん、グロトも一緒にここから出たいんだけど、お願い出来る?」
「そう、グロトちゃんって言うのねぇん。えぇ、連れていく事自体は問題ないわぁん。初めましてグロトちゃん、あたくしはデイジー、親しみを込めてデイジーちゃんって呼んでくれたらうれしいわぁん」
(はじめまして デイジーちゃん。あらためて なのらせてもらうわ わたしはグロト。とても おおきなひとね ひいろのおじさま。ひいろと おはなしを していたときは このせかいから わたしをきりはなすなんて むりだとおもっていたけれど でも あなたなら たぶんなんてこともなく できてしまうわね。こわいくらいだわ)
「褒め言葉として受け取っておくわねぇん。グロトちゃん、少し気を悪くしてしまうかもしれないのだけれど、その姿のまま外に出ると多少、面倒になってしまうかもしれないわぁん。少しだけダイエットしてもらえると助かるわぁん」
デイジー叔父さんがグロトにそう言った。
俺は暗闇の中に居たから、グロトの姿は見ていない。
頭の中に響いてきた声の感じだと小さな女の子って感じではあった。
ただ、グロトが普通の女の子の姿をしていない事くらいは理解している。
俺の手から太陽の涙石を舐めとった時の感触、そして今俺が掴んでいるグロトの手、そして、デイジー叔父さんやマレッサ、パルカの雰囲気からして、きっとグロトの姿は普通じゃないのだろう。
「グロト、俺はたぶん今のグロトの姿を見たら、びっくりすると思う。酷くグロトを傷つける事になるかもしれない。それでも、今のグロトの姿を見ておきたい、見ておかなきゃいけない気がするんだ……いいか?」
デイジー叔父さんがほんの少し眉をひそめたが、ふうと息を吐いて困ったような顔で笑った。
好きにしろって事だろう。
マレッサとパルカは何か言いたそうだったけれど、何も言わないでくれた。
(すきにしていいわ ひいろ。ひどく なじられるのも ののしられるのも そしられるのも なれっこだもの。でも ふしぎね ひいろに そうされたら きっと わたし いやなきもちに なりそうだわ)
「俺はそんな事言わないよ。絶対に」
グロトはそう、とだけ言って沈黙した。
俺は一度深呼吸して、グロトの方に振り向いた。
あぁ、見るだけで吐き気をもよおすような醜悪な姿、生々しい臓物が重なり合った恐ろしく巨大な肉塊、所々から垂れ流されている粘液がネットリと糸を引いては地面に落ちていく。
体のあちこちには不揃いな歯の生えた大小無数の口があり、そこから異様に長い舌が幾つも延びている。
そして、俺の手を握っているのはその舌が幾つも寄り集まって形成された手だった。
なんて醜いのだろう、なんて悍ましいのだろう、そしてなんて悲しいのだろう。
暴食という権能が竜の肉を魂を数多の精霊を、時に倒され、時に封印されながらも取り込み続けた果てがこの姿なのだ。
ただ喰らい取り込むだけの権能であったなら、どれほど楽だったろう、どれほど救われただろう。
だが、このグロトは、自我を持った暴食の権能は、千年もの間ずっとずっとそうするしかなかったのだと、俺は無性に悲しくて切なくてボロボロと涙が溢れて止まれなかった。
俺は両手でグロトの手を握り、膝を付いて祈るように、その手を自分の額に当てた。
「……一緒に行こうグロト。大丈夫、ネリアもきっとグロトを探してるはずだ。大事な双子の姉妹なんだろう? なら、一緒に居るのが普通なんだ、普通ってのが一番いい事なんだよ。だから、俺にその手伝いをさせてくれ、神様は人間の願いを叶えたりしてくれるけれど、今俺は神様であるお前の、グロトの願いを叶えてあげたいんだ」
(やさしいこね ひいろ。ありがとう よりそってくれて ありがとう てをにぎっていてくれて。それだけで ふしぎと まんぞくだわ。……デイジーちゃん とかげに わたしが くいつくした にく と たましい をかえしてあげて。そうすれば のこるのは むきだしのわたし。あなたたちがここから とりのぞきたい けんのう としての わたしがのこるわ)
「……グロトちゃん、いいの? あたくしならその心に沿った体を作れるわよ」
(ううん わたしは けんのうにやどった かげ。グロトであって グロトではない。ごめんなさいね ひいろ だましてて。どうか わたしを ほんもの の グロトにかえしてあげて。そうすれば わたしのせんねんの うえも かわきも かなしみも なげきも わかってくれるから。とかげも ごめんなさいね あなたのあじ わるくなかったわ)
「待ってくれ!! グロト!! それじゃあ意味がない!! 約束したじゃないか、一緒に外に行くって、美味しい物もマズい物もみんなで食べようって!! 俺を嘘つきにする気かよ、グロト!!」
(あぁ、そうね。ひいろが うそつきなら ひとくち かじらなきゃ)
瞬間、グロトの体が上下に割れて、巨大な口が姿を現した。
やめろ、やめてくれ、グロト。
俺は本当にお前と一緒に外にって思ったんだ。
グロトの大きく開かれた口が俺を飲み込もうと眼前に迫る。
「ごめんなさいね、グロトちゃん。緋色ちゃんもあたくしを恨んでいいわ」
デイジー叔父さんはそう言って、一瞬でグロトを殺した。
俺はそれを止める事が出来なかった、そしてたぶん止めちゃいけなかった。
グロトがそれを望んでいたから。
(ありがとうデイジーちゃん。ごめんね ひいろ。ほんもの の わたしとネリアちゃんに よろしくね。きっと ひいろなら なかよく なれるわ)
パキンと世界が割れる音がした。




