131・たとえソレがなんであれ俺は手を伸ばすって話
カラコロと小気味よい音をたてながら太陽の涙石を舌で遊ばせているグロト。
まぁ、周りは相変わらず真っ暗でどこに居るのか、どんな姿なのかはわからないが。
そこそこに大きいはずの太陽の涙石を飴玉と同じように味わっているのだから、それなりの大きさだとは思う。
太陽の涙石は琥珀、味なんてしないと思うのだがグロトは妙に機嫌がいい。
(ぽかぽか おひさま あたたかで やさしいあじ。あは、とってもとっても まぶしい おあじ)
よくは分からないが気に入っているようで何よりだ。
オークカイザーさんに貰った物だし、本当は惜しい。
でも、食べられ奪われるくらいなら、あげた方がまだマシだ、とでも思わないとやってられないな。
さて、太陽の涙石をあげたのだから、グロトはお願いを聞いてくれるはずだが、どうしたものか。
悩んでいたら、足元に居るトカゲが目に入った。
このトカゲは千年もグロトに噛まれていたらしい、もし俺がここから出て行ったらまた噛まれ続ける事になるのだろうかと考えるとなんとも憐れに思えた。
このトカゲの解放をお願いしてみようか。
いや待て、ここはマレッサとパルカの神位魔法でエレメンタル・イーターの魂と接続された場所のはずだ、ならこのトカゲはもしかしたら元竜としてのエレメンタル・イーターの魂なんじゃないだろうか。
ならば、このグロトこそが異物の方なんじゃないか?
グロトと言う名は暴食の双子神と同じ、ならここにいるグロトこそが暴食の権能そのものなんじゃないか?
「いや、まさか権能が自我を持つだなんてそんな事……」
呪いが自我を持ったナルカという前例がある以上、権能が自我を持つ事があっても不思議ではないかもしれない。
ただ、そうなると不思議なのがグロト一人しかいないって点だ。
暴食の双子神、双子ってくらいなんだから二人いなきゃおかしいだろ。
確かもう一人の名前はネリア、だったか。
なんでここにはグロトしかいないんだ?
カラコロと機嫌よく太陽の涙石を舐めているグロトに俺は恐る恐る声をかける事にした。
「なぁ、グロト。少し質問なんだが、いいか?」
(いいわ いまはとても きぶんがいいから しつもんに こたえてあげる)
「ありがとうグロト。グロトは暴食の双子神なんだろ? もう一人、ネリアって子はなんでここに居ないんだ?」
瞬間、音が消えてなくなり、辺りはシンと静まり返ってしまった。
何か変な事を言ってしまったのかと、全身からぶわっと嫌な汗がにじみ出る。
数秒か数分か、それとも数時間たったのか分からないが、とてつもなく長く感じる沈黙が続く。
(ネリアちゃん そう いないの。ずっと いっしょだったのに わたしだけ ここにいるの。さびしいな かなしいな せつないな。ここには なにも ないの。おいしいものも まずいものも。まっくらで しずかで たいくつ。でもね ひいろ あなたはひかってた たいようみたいに ぴかぴかで ぽかぽかしてた。ちょっと うるさいけれど わたしに あめだまを くれた)
グロトが喋ってくれてホッとしたが、どうやらここにはネリアはいないのは確かみたいだ。
それと、この暗闇の中で自分の身体が見えていたのは俺自身が光っていたかららしい。
太陽の涙石を持っていたからだろうか。
ともかく、このグロトが何であれ、本人はここに居たくはないような感じだ。
「なぁ、グロト。グロトはここに居たいか?」
(いたくなんてないわ。ここは まっくらで なんにもなくて、なにより ネリアちゃんがいないもの。それだけで このせかいは あじつけしてない スープといっしょ。あじけなくて つまらないわ。とかげのたましいも せんねんもかめば あきちゃうわ)
「なら、ここから出ないか? 一緒に」
(むりよ ひいろ。わたしは ここからうごけない。まっくらで みえないでしょうけれど わたしは このせかいと つながっているの。せかいとの つながりをたつなんて ひいろには むりでしょう? だって ひいろはふつうの にんげんだもの)
グロトはどこか悲し気な声が頭の中で響く。
ここはエレメンタル・イーターの魂と接続された場所だ、竜としての魂と暴食の権能であるグロトが融合して出来ている場所のはずだ。
ある意味、混ざり合って同じ存在になっていたから、竜の魂は千年も噛まれ続けても消滅しなかったんだろう。
竜の魂であると同時に暴食の権能でもあるんだから。
でも、きっと、デイジー叔父さんなら。
「じゃあ、お願いだグロト。ここから俺と一緒に出よう。そしてネリアを探そう、手伝うから」
俺はそう言って姿の見えないグロトに手を伸ばした。
(やさしいのね ひいろ。でも そのおねがいは むりだわ。いったでしょ、ここはとじた せかい。ほんとうなら ひいろがここにいるのも きせき みたいなものだわ。でも、もうでることは できないの。ねぇ ひいろ、たべないであげるから おはなしをしてちょうだいな。おかあさまが ねつかない こどもに やさしくかたりかけるような ゆめいっぱいの ものがたりがいいわ)
俺の言葉はグロトに届かない。
千年以上ここに居たんだ、そりゃあほんの少し前に来た俺の言葉なんて信じるには値しないだろう。
それでも俺は。
「あぁ、わかった。夢いっぱいの物語でもお姫様の出てくるきらきらした物語でも背筋の凍る怖い物語でもなんでもござれだ。でも、ちょっとでいいんだ。ほんの少しでいい。俺を信じてちょっとだけ手を伸ばしてくれグロト。こういうのはたぶん、俺が手を伸ばすだけじゃあダメなんだよ、グロトも手を伸ばさないと意味がないんだ、きっと。ネリアもグロトと同じように一人かもしれない。そんなの寂しいじゃないか、だから探しに行こう。外で美味しい物もマズイ物もみんなで一緒に食べよう。一人で食べるよりみんなで食べた方が美味しいし楽しいに決まってる。だから、お願いだグロト。俺の手を掴んでくれ」
(……がんこな ひと。そうね、とかげにも あきたし ほんのちょっと そのざれごとに つきあってあげる。うそだったら ひとくち かじるわよ?)
「あぁ、いくらでも齧ってくれ。俺にたいした事は出来ないけれど、俺の叔父さんはとてもすごいんだ。愛のパゥワーには不可能なんてないんだぜ」
ナルカの時にも言ったような言葉をグロトに言って、俺は笑ってみせた。
くすりとグロトが笑った気がした。
俺の手をヌルリとした何かが包み込んだ。
そして、俺は叫んだ。
「デイジー叔父さーーーーん!! 俺はここだーーー!! 助けに来てくれぇぇえええッ!!」
瞬間、世界に亀裂が走った。




