130・自問自答、そしてって話
気付くと俺は一人きりで真っ暗闇の世界に立っていた。
はて、マレッサと手を握っていたはずなのだが、一体どうした事だろう。
きょろきょろと周囲を見回してみても、何も見つからない。
この暗闇には覚えがある、以前、夢の中でマレッサとパルカがナルカに対して、なんかたちの悪い絡み方をしていた時の雰囲気に似ている。
たぶん、あの時もこの神位魔法とやらで魂の接続をしていたのだろう。
周りは真っ暗ではあるが、不思議と自分の身体は問題なく見えていた。
「しかし、困ったな。うっかり手を離してしまったのか、それとも魂の接続に失敗したのか。どうしたものか」
俺は困惑してはいたが、そこまで焦ってはいなかった。
あの時と同じようにデイジー叔父さんに助けを求めればここに来てくれるという確信があったからだ。
とは言え、もしも俺だけがはぐれているだけなら、もう少し待っていた方がいいかもしれない。
デイジー叔父さんたちがちゃんとエレメンタル・イーターの魂と接続出来ている場合、俺が今助けを求めたら、デイジー叔父さんはたぶん俺を優先するかもしれないからだ。
今の所、死の視線は感じないから命の危機は無いと思うが、周りが暗いので今立っている場所以外が安全かどうかも分からない
迂闊に歩き回る事もできない。
何も見えないが、音はどうだろう。
俺は耳に意識を集中させて、小さな音でも鳴っていないか確かめたが、特に何も聞こえない。
何も見えず、何も聞こえない、何かがいる気配もない。
八方ふさがりとはこの事か、……ちょっと意味が違った気もするが。
「下手に動くのもなぁ。でも、このままってのも、あぁ本当に困った」
まぁ、慌てても仕方ない。
何にせよ、俺は戦力としては大して価値はないし、マレッサとパルカへの信仰はもう捧げた後だ。
事が終わるまでここでのんびり助けを待つのもいいのかもしれない。
デイジー叔父さんは心配してるだろうなぁ、パルカとマレッサも心配してくれるだろうか。
ナルカも少しは気にしてくれてるかもしれない。
さて、俺に今この場で出来る事なんて何もないのだし、少し自問自答でもして暇を潰すとしよう。
気になる事も幾つかある事だし。
まず、なんでグノーモスは俺たちに声をかけたんだ?
ご飯の匂いにつられてーとは言っていたが元々俺たちに協力を要請するつもりではあったのだとは思うが、なんで俺たちだったのだろう。
もしかしたらセルバブラッソでの様子を見ていたのかもしれない。
だとすれば、まぁ納得は出来る。
次に誰がエレメンタル・イーターの封印を解いたのか。
結局、トシユキやリリシュたちはエレメンタル・イーターの封印が解けた事すら知らなかったし、別の誰かが封印を解いたのは間違いない。
だが、最奥に辿り着くまでに俺たちは誰とも出会わなかった。
誰かが偶然解いたのか意図的に解いたのか、以前の話だ。
まぁ、瞬間移動みたいな事が出来たなら別ではある、もしくは封印を解いた後にエレメンタル・イーターに食われたか。
その場合、エレメンタル・イーターの封印を解けるほどの存在、精霊王並みの存在がエレメンタル・イーターに取り込まれてる事になるんだけれど。
あとは、封印の解かれたエレメンタル・イーターがなんで精霊石の体になろうとしているのか。
精霊の力を取り込み過ぎた不可抗力、みたいなものなのだろうか。
なんで今なんだろうって気はする。
タイミングが良すぎるような、もしかしたら、五十年前に封印された時も精霊石の体になりかけていたのかもしれない。
精霊の力を抜く事で普通の竜に戻す、とは言っていたがエレメンタル・イーターは既に竜の体を失っているらしいし、精霊の力が抜かれた場合、残るのは竜の魂や体の残骸って事になるのだろうか。
いや、もう一つあった。
暴食の権能。
エレメンタル・イーターから精霊の力が無くなれば、残るのは竜の魂と竜の残骸、そしてエレメンタル・イーターが精霊を食べ始める要因となった暴食の権能が残るはずだ。
そう言えばあの時、エレメンタル・イーターは暴食の権能を取り込んだ、とサラマンデルが言っていたが、なんでそんな物を取り込む事になったのだろうか。
元は神様の持つ権能らしいし、そう簡単に取り込める物ではないと思うんだが。
(なんて ひとりごとがおおいのかしら。あんまりに うるさいから めがさめちゃったわ。たべちゃおうかしら?)
唐突に頭の中に幼い女の子の声が響いてきた。
俺は慌てて周囲を見回すが、誰もいない。
死の視線は感じない、命の危険はないだろう。
「ごめん、大きな声を出していたつもりはなかったんだが気に障ったんなら謝るよ。本当にごめん。俺は緋色、君は?」
そこまで声を出していたつもりはなかったが、俺の頭に語りかけてきたこの子にはうるさかったようだ。
とりあえず謝罪をした。
(そう ちゃんとあやまれるのは えらいわ。 ほめてあげる。わたしはグロト。ひいろ わたしおなかが ぺこぺこなの。なにか たべもの ないかしら? はしたないのは わかってるのよ。でも せんねんも なにもたべてないの。とかげのおにくは もう ぜんぶ たべちゃったし、ひもじくて とかげのたましいは あじがなくなっても ガム みたいにかんでたのよ。ほら いまは ひいろのあしもとに かくれているわ)
グロトに言われて足元を見ると真っ白なヤモリのような生き物がいた。
とても怯えていて、なんだか可哀想だった。
何か食べ物、マジックバッグの中に保存食だとかは入れてある。
デイジー叔父さんも幾らか残しているはずだから、俺が持っている分は無くなっても問題ないだろう。
「調理前の食材ばかりだけどいいか? グロトの舌に合うかは分からないけど」
俺はマジックバッグの中にある食べ物を全て足元に並べたが、次の瞬間には置いた食材が消えていた。
何処からか咀嚼音が聞こえる、グロトが食べているのだろうか。
(せんねん かみつづけた とかげよりも うすいわね。ただ たべてるってかんじは ひさしぶり。かんしゃするわ ひいろ。でも、ひいろ あなたもっと おいしそうなもの を もってるわ。それを ちょうだいな。それを くれたら おねがい きいてあげる)
美味しそうな物が俺が持ってる?
どういう事だ、食べられる物は全部だしたはずだが。
「すまないがグロト、勘違いじゃあないか? 食べられる物は全部さっき出した。嘘じゃない、信じてくれ、隠したりなんかはしてないぞ」
(とっても おいしそうな あめだま。ぴかぴか ひかっていて おひさまのように ぽかぽかしてる。くれないなら いいわ。ひいろごと たべるだけだもの)
お日様の様にポカポカ、その言葉でグロトが言っているのが何であるのかは理解出来た。
だが、あれは食べ物じゃあないぞ? 宝石というか樹液の化石、琥珀だ。
しかし、グロトはこれを差し出さないと俺ごと食べるなんて物騒な事を言っている、仕方ない背に腹は代えられないか。
「待ってくれ。俺にはこれが食べ物っていう認識がなかったんだ。食べるのは待ってくれ。今出すから。でもこれ、食べ物じゃなくて琥珀っていう宝石だぞ? 食べ物じゃなかったって怒るのはやめてくれよ」
そう断って、俺はオークカイザーさんから貰った太陽の涙石を懐から取り出した。
地面に置くのはちょっと嫌だったので、虚空に向かって両の掌に乗せた太陽の涙石を、神様に捧げるが如く掲げた。
(あは ぴかぴか ぽかぽか きれいな おひさま。いただきます)
ベロリと掌を舐められた感覚と共に太陽の涙石が消え、暗闇からカロコロと口の中に飴玉を含んで舌で遊んでいるような音が響いた。
今更ながら思い出したのだが、グロトという名前は確か暴食の双子神のものじゃなかっただろうか。




