13・ほかの勇者はどうしてるのかって話1
マレッサピエーと魔王国サタナスコルの最前線、マレッサピエーにとっての最終防衛ラインを一体の大型魔獣が突き破り、兵士を蹂躙しているとの一報がマレッサピエー宰相オラシオ・エスピナルに届く。
切り札となるはずだった勇者たちはオカマの化け物が魔力を暴走させたせいで大陸の各地に吹き飛ばされ、散り散りになった。
不幸中の幸いと言えば、城を半壊させた張本人が一時間足らずで城を修復してしまった事と人的被害が皆無だった事。
城内はかなりの混乱を余儀なくされたが、なんとか落ち着いて来た所でこの一報だ。
ほぼほぼ敗戦濃厚な戦況で最終防衛ラインが突破されたとなると、王都での決戦を覚悟しなければならない。
執務室の窓から外を眺めながら、オラシオは一人呟く。
「ええい、ままならぬものよ。将軍たちも奮戦しておるが、このままでは時間の問題か。私が自ら戦線に出るか、いや国王を置いて戦線に出向くなど……」
オラシオはマレッサピエーの宰相であり、最高戦力でもある。
そのオラシオが戦線に出向けば戦況は好転する可能性は高い。
だが――
「私が出た所で、相手も切り札を一枚切るだけで事態はこちらの不利のまま変わらぬ。獄炎のアンフェール、あやつが後ろに控えている限り、私が前に出る訳にはいかぬ……」
オラシオと獄炎のアンフェールの実力が拮抗している以上、一時は戦線を押し上げられたとしても、総合的には相手の方が戦力が高い時点で結局はジリ貧になってしまう。
あと一枚、自分と同程度の切り札があれば、総力を挙げて戦線を押し上げられるのだが。
「あの時、私が失言さえしなければ……。あの戦力を味方に出来たかもしれぬというのに。己の未熟さに腹が立つ」
オラシオは自分の失言を思い出し、歯噛みする。
『化け物』このたった一言で恐らくこの戦争すら終わらせかねない戦力を手放してしまったのだ。
後悔してもしきれない。
ただ、敵対という最悪の事態は回避できた事はある意味最大の幸福だったのかもしれないと、オラシオは自嘲する。
「過ぎた事は忘れよオラシオ。今出来る事をするのみよ」
コンコンと執務室のドアがノックされ、オラシオは魔法でドアを開ける。
「入れ、どうした」
慌てて入ってきた兵士が新たな情報をオラシオに告げる。
その報にオラシオは苦笑いを浮かべた。
「どう判断すべきか、運が向いてきたと思えばよいのか。まさか、あの洗脳魔法が完全に解けていなかった者がいたとは。しかし勇者特権が暴走し狂戦士状態か、一刻の猶予もないな。すぐに治癒士を派遣せよ、どんな状態であれマレッサピエーの為に戦う勇者だ、絶対に死なせるな!!」
マレッサピエー最終防衛ラインにて兵士を虐殺する大型の魔獣が一体、このまま好きにさせていては防衛線は瓦解し、もはや敵の勢いは止められなくなってしまう。
たまらず逃げ出す兵士もちらほらと出ている始末、もはや全滅も時間の問題だった。
大型の魔獣が突き破った防壁の穴を修復しようとする兵士をその鋭い爪で串刺しにして小型の魔獣がぞろぞろと入り込んでくる。
獣型、人型、虫型多様な姿の魔獣が入り乱れ襲い来るのを前に兵士たちの士気はもはやゼロに等しかった。
恐怖と絶望の声が支配する戦場に一際大きな叫び声が辺りに轟いた。
「キェエエエエエエエイッッ!! お国の為ぇ、お国の為ぇええええ!! 敵兵殺すべしィいいいいい!!」
その叫び声に魔獣が反応する前に小型の魔獣が一刀両断され絶命する。
小型の魔獣に振り下ろされた独特な形の剣、見る者が見ればそれを日本刀と呼んだだろう。
日本刀を上段に構え直し、一人の老人、勇者召喚によってこの異世界にやってきた老練なる男、是妻ギガンウード拓介が筋骨隆々の上半身を露わにした姿で鬼の形相で魔獣たちを睨みつける。
「あの時、戦えなんだ後悔を絶望を憤怒を今、ここにィいいいいい!! 勇者特権、護国鬼神解放ッッ!!」
自分に狙いを定めた小型の魔獣数十匹を前に一切怯む事なくギガンウードは、地面を抉り飛ばしながら一足飛びで魔獣の群れに飛び込んでいく。
凄まじい速度で振り下ろされた刃が魔獣ごと地面を大きく切り裂き、その衝撃で周囲の魔獣を吹き飛ばす。
「キェエエエエエエエエッッ!!」
突いて魔獣を突き殺し、薙いで魔獣を真一文字に寸断し、肉薄する魔獣を柄頭で殴り殺す。
しまいには刀を持っていない方の手で人型の魔獣の頭部を掴み握り潰す始末。
全身全霊で殺す。
敵対する存在を殺して殺して殺して殺し尽くす。
返り血が滴るほどに血に塗れながらも、ギガンウードは止まらない。
刀にこびりつく魔獣の血を振り払い、雄叫びをあげる。
人を殺す事だけしか知らない魔獣がその姿に恐怖を覚え後ずさっていく。
「貴様らは死ぬ覚悟もなく多くの人々を殺したのかッ!! 外道がッ!! ワシは是妻ギガンウード拓介ッ、貴様らの死神じゃあああああああっ!!」
目を血走らせ、ギガンウードが魔獣の群れに突撃する。
迫りくる死の恐怖に魔獣たちが恐れおののき逃げ惑う。
「お国の為ぇええええ!! お国の為ぇええええ!!」
そう叫びながらギガンウードは逃げる魔獣に魔力を込めた刀を振るい、魔力を斬撃として飛ばして切り裂いていく。
その様子を見ていた大型の魔獣、ゆうに五メートルはあろうかという巨大な黒い獣がギガンウードに狙いをつけ、一気に距離を詰めて背後から襲いかかる。
ガキンッ、と大型魔獣の背後からの爪の一撃を二本の刀で易々と受け止め、ギガンウードはゆっくりと振り向いた。
「カカカ、隙を見せたとおもうたか!! 愚か者ッ!!」
そう叫び、ギガンウードは一瞬で爪を切り裂き、後方に下がろうとする大型魔獣へ向けて刀を投げつけた。
飛来する刀を弾いた大型魔獣の目に、宙に浮かぶ数多の刀と共に迫るギガンウードの姿が映る。
「勇者特権、千刀鬼!! 千の刃で塵芥と消えよ、一斉射ッッ!!」
凄まじい速度で雨霰と降り注ぐ刃を前に大型魔獣の抵抗は無意味だった。
ものの数秒で大型魔獣は細かな肉片に姿を変えた。
暴れに暴れ、最終防衛ラインを越えてきた魔獣全てを一方的に平らげた存在に兵士たちは雄叫びをあげ、口々に喝采した。
「おおおおおおおおお!! あの方こそオラシオ様が召喚なされた勇者様に違いない!! 我らを救ってくださった!! 勇者様バンザーーーーイ!!」
「ありがたい、ありがたい!! これで希望が見えた!! 」
「急げ、今の内に土魔法で防壁を修復せよ、戦線を立て直せ!! 」
喜び勇む兵士の声にギガンウードは打ち震える。
先の大戦で戦友と共に戦えずにおめおめと生き延びた後悔がギガンウードの勇者特権を、勇者召喚された者に付与されるチート能力を強く顕現させていた。
強すぎる能力はその者の魂を削り、寿命を奪っていく。
だが、ギガンウードの後悔は絶望は憤怒は己一人死ぬ事を許さない。
戦友と共に戦う限り、ギガンウードの勇者特権『護国鬼神』はギガンウードを超絶強化し続け、魂の摩耗すら無視する。
ギガンウードはマレッサピエーの兵士たちと共に最前線を押し上げ、魔王国兵から血濡れの死神、雄叫び爺、奇声妖怪などの二つ名で恐れられる事となる。