129・魂の接続って話
目の間の光景に俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「これがエレメンタル・イーター……でいいんだよな?」
なんとかしぼり出した俺の言葉にグノーモスが軽く頷く。
「そうのん、シルフィードの言葉通りなら、奴は今あの中で体を精霊石化させてる途中のん。巨大なあの外殻は恐らく自分の身を守る為の防壁のん。神の分神体たち、奴の魂への接続は出来そうのんか?」
『だいぶん分厚い防壁もん、物理的にはもちろん魔力的にももん。これは思った以上に時間を食うかもしれないもんが、全力でやるもん!!』
『うかつにあの外殻に触るんじゃないわよマレッサ。触った途端に取り込まれた―なんてマヌケな最期じゃ笑うに笑えないもの』
『うるさいもんねぇ。デイジー、ヒイロ、わっちの手を握るもん。今からエレメンタル・イーターの魂に接続するもん。接続してる間はわっちらは無防備になるもん。暴食の権能を引きはがすまで、みんな頼むもんよ』
こんな状況でも口喧嘩をするとは、やはり仲が良いなこの二人は。
とは言え、軽口を叩き合う余裕があるのは良い事だろう。
そんな事を思いながら、俺はマレッサの手を握る。
すると、少し不機嫌そうな感じのパルカが俺の頭の上にやって来た。
はて、何で不機嫌なのだろうか。
「姉母様は相変わらずだねー」
そう言ってナルカが俺のマジックバッグの中からするりと抜け出し、精霊王たちの元に行って俺たちの方に振り向きスライム状の手を振る。
「姉母様、マレッサちゃん、人間さん、デイジーちゃん、ちゃんと守るから任せてねー」
ナルカの返事にパルカが嬉しそうに笑った。
『フフ、いい子ねナルカ、頑張りなさい。リリシュ、ルキフ、私様はアナタたちの力を心から信頼しています。その信頼に必ず応えよ、損なう事は決して許さん。精霊王たちも頼んだわよ』
「パルカ様の信頼に必ずや応えて見せましょう。ご安心を」
「はは、この身命に賭けて必ず」
「任せておくのん。何故か、あの肉塊の姿がないのが気になるのんが、警戒は怠らないのん」
地面に膝をつけ、リリシュとルキフがパルカに頭を下げる。
グノーモス、サラマンデル、オンディーヌ、シルフィードはそれぞれ四方に散らばり、肉塊の襲撃に備えた。
俺はグノーモスに言われて、今更あの肉塊の姿がこの場にない事に気付いた。
うーむ、冷静なつもりではいたのだが、結構余裕がなかったようだ。
何故この場に肉塊が見当たらないのか、それは分からないがアレの相手をしながらエレメンタル・イーターの魂から暴食の権能を引き剥がすのは至難の業だろう。
理由は何であれ、肉塊が居ないというのなら実に助かる。
『じゃ、前準備と行くもんヒイロ頼むもん』
『人間、信仰を私様たちに捧げなさい!!』
「おう、任せてくれ!!」
俺に出来る事なんて大してないが、マレッサやパルカを褒めて信仰を捧げるのは慣れたものだ。
今、出来る事を全力でやる、俺は心からマレッサとパルカに信仰を捧げた。
「マレッサはセルバブラッソでの戦いを経て、毛並みが段違いに美しく、しなやかで滑らかな毛質になっててより色気が増しているぞ!! デイジー叔父さんが手作りした特性のトリートメントを試したおかげもあって、艶やかでいい匂いもしてるその毛はもはや毛界でも並び立つ者はいないだろう!! 肉をむさぼり食う姿はワイルドで野生的でいて生命力に溢れる自然美の体現者だ、かたくなに野菜を食べようとしないその姿勢に健康面がちょっと気になるけど、元気一杯でとっても嬉しいぞ!! あと、デイジー叔父さんから新しいマニキュアを借りて、色々試してるのも知ってる、このオシャレさんめッ、今以上に美しくなる気か!? その美を追求するその姿勢立派だ!! よ、ご立派!! いつもなんだかんだ助けてくれてありがとう!!」
『うひょおおおおおお!! 久々に来たもんよぉおおおお!! おひょおおおおおおおお!!』
「パルカもセルバブラッソの戦いを経て、羽の艶が増して黒の存在感が圧倒的だ!! その濡羽色に勝る黒がこの世界にあるだろうか!? いやない!! 唯一無二、無二無三、その黒に比肩する物なし、世界一の美しい黒、夜の闇を纏うかの如きその姿は美しさと威厳を併せ持つ完璧で究極な麗しの三眼の美烏だ!! 最近お気に入りのクッションに穴が空いてショックを受けてた姿は悪いけどとっても可愛らしかったぞ!! 美しさと威厳と可愛らしさまで併せ持つなんてもはや反則級の存在じゃないか!! しかも抱き心地もふんわりもちもちでしっとりしてて手触り滑らかで最高だ!! でも、体型を気にしてたまにご飯を少ししか食べない時があるのは心配だ、どんな姿のパルカも素敵だから気にしちゃだめだぞ!! いつも感謝してる!!」
『んほぉおおおおおおお!! しゅごいいいいいいいい!! あびゃああああああ!!』
俺の誉め言葉を信仰としてマレッサとパルカに捧げ、信仰を受け取った二人が自身の力の高まりによって、奇声……げふん、声をあげた。
セルバブラッソの時とは違って人の姿にはならなかったが、その背中には二対の羽が顕現している。
そんなパルカの姿を見て、リリシュが口をあんぐりと開けて呆然としているのに気付いた。
あー、崇拝していた神様のこの姿はショックだったりするんだろうか、そこの所の配慮が欠けていたなスマン、心の中で俺はリリシュに謝った。
「えぇ、なにあれ……。パルカ様があんな顔なさるなんて……」
「へ、陛下!? お気を確かに!! 大変な事になっておりますが、パルカ様のお力が桁違いに増大しておりますので、あれは何かの儀式かと!!」
ショックを受けている様子のリリシュにルキフが駆け寄り、慰めの言葉をかけていた。
その時、プルプルと震えていたリリシュが唐突に満面の笑みを浮かべる。
「あんな顔してるパルカ様も素敵!!」
「ヤベェ、変な扉開けちゃったよこの陛下」
なんか喜んでるみたいだから、結果オーライだな、うん。
妙な事になった気もするが、今は気にしている暇はないのでスルー。
「ふぅ、がんばったつもりだったけど、どうだマレッサ、パルカ」
『セルバブラッソでの神体顕現でちょっと閾値が上がったみたいもんね。神体顕現にまでは至らなかったもんけど、十分に信仰の力が満ちてるもん』
『残念ね。神体の方が人間は好みそうだったのだけれど。まぁいいわ。この信仰の満ち具合なら神位魔法も問題ないわね』
『じゃ、いくもんよパルカ、合わせるもん!!』
『そっちが私様に合わせるのよ、とちるんじゃないわよマレッサ!!』
俺の信仰によって膨大な神力をその身に満たしたマレッサとパルカがそう言うと、目の前に大きな二重の複雑な幾何学模様の魔法陣が現れた。
神位魔法の間近での発動だが、今回は前の様に気分が悪くなったりはしなかったので、少しホッとした。
マレッサとパルカが加減してくれたのか、はたまたデイジー叔父さんが何かしてくれたのかは分からないが、まぁ、助かった。
心の中で胸を撫でおろす俺の耳に重なったマレッサとパルカの声が入ってくる。
二人の声は共鳴してとても不思議な声色になって洞窟内に響き渡った。
『『開け、彼方への門!! 魂と世界が重なる小部屋、夢と現を渡る陽炎のきざはし!! 神位魔法オネイロスミクロクティ!!』』
瞬間、世界が黒一色に染まった。




