126・俺に出来る事をするって話
しばらく洞窟を進んでいると、妙な視線を感じた。
ここの所、感じていなかった感覚だ。
視線を感じる先は真っ暗ではあったが、何かが居る気配があった。
「なんか、奥に居る?」
俺の言葉にサラマンデルが反応した。
「もす? そんな気配はないもすが……。グノーモス、オンディーヌ見えるもす?」
サラマンデルがグノーモスとオンディーヌに声をかけたが、二人とも首を横に振った。
精霊王たちが何も見えないと言ってるのだし、俺の気のせいだろうか。
マレッサも洞窟の奥の方を見ている様だったが、何も感じなかっただろう、首を傾げるように体を軽く傾けていた。
『ん~、どうにも元素が乱れて魔力探知も上手くいかないもん。パルカは?』
『私様にも分からないわ。人間の気のせいじゃない?』
「パルカ様の言うように気のせいであろう、余も何も感じぬぞ」
「僭越ながら、爺も何かがいる気配は感じませぬ」
マレッサとパルカ、リリシュとルキフも言うのだから、俺の勘違いで間違いないだろう。
しかし、この視線、どこかで覚えがあるんだが。
「みんながそう言うなら、気のせい……か。なんか居る気がするっていうか、視線を感じるんだけど――」
瞬間、ヒュンッと空気を切り裂く様な音が響いた。
何事かと思う間もなく、デイジー叔父さんはそれを掴んでいた。
デイジー叔父さんの手にはピンク色の脈打つ肉片、先端が硬質化しているのか鋭く尖っている。
「ひょわッ!?」
俺は突然の出来事に俺は変な悲鳴をあげて軽く尻もちをついてしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「あらぁん、やんちゃな子がいるみたいねぇん。でもデイジーアイからは逃げられないわよぉん」
デイジー叔父さんは肉片を握り潰すと目から光を出しながら、肉片を放った存在を探し始めた。
何で目が、と思ったがデイジー叔父さんだし、考えても無駄だろう、うん。
マレッサが慌てた様子で俺に話しかけてきた。
『ヒイロ、大丈夫もん!? っていうか、ホントに何か居たもん!? なんでわっち達には分からなくてヒイロには分かったもん!?』
『あぁ、そう、そういう事ね。人間には私様の加護があるから、自分の死を視線として感じるのよね。セルバブラッソでエルフとドワーフに貰った守りのアミュレットのおかげで、ここまで死を感じなかったから、視線を感じてなかったのかしら。さっき、視線を感じたのはそのアミュレットの力があっても死んでいたかもしれないからこそ、よし、あの肉片撃ってきたヤツ死なすわ』
マレッサとパルカが心配してくれたようだが、パルカの体からどす黒いオーラが放出されているのを見て、かなり怒っているのが分かった。
俺は無事だったんだから、そんなに怒らなくてもいいと思うんだが。
「人間さん狙ったなら、あれ敵だねー死なそう」
ナルカもかなり物騒な物言いだ、どこかパルカに似ている。
姉母様と言って慕っているが、そんな所は似なくてもいいぞナルカ。
今にも飛び出しそうな二人にデイジー叔父さんが暗がりから姿を現して、声をかけた。
「ごめんなさいねぇん、パルカちゃん、ナルカちゃん。もう終わらせたわぁん」
暗がりから出てきたデイジー叔父さんの手には謎の生き物、と言っていいのか分からないが、脈打つ肉塊があった。
脈打ってるから多分生きているんだろうけど、なんだこれ。
ちょっと生々しいピンクの芋虫みたいな感じだが、頭や足みたいな部分は見当たらない。
「デイジー叔父さんなにそれ? 若干、というかかなり気持ち悪いんだけど」
「何かしらねぇん? マレッサちゃん、パルカちゃん、こっちの世界にはこういう生き物って洞窟にはよくいるのかしらぁん?」
そう言ってデイジー叔父さんはマレッサとパルカの方にグイっとピンクの芋虫(肉塊)を近づけて見せる。
マレッサは若干嫌そうに体を背け、パルカは特に気にならないのかジッとピンクの芋虫を見つめていた。
『いや、そんなの見た事ないもん、キモ、うわビクッて動いたもん』
『私様も見た事はないわね。魔王国でも見た事ないから、リリシュたちも多分知らないでしょ』
パルカの言葉にリリシュとルキフは黙って頷き、肯定した。
『……ただの肉塊にしか見えないけれど、ねぇ、それそこに居るのよね? ちゃんと目で見てるはずなのに気配というかそこに居るって存在感がないんだけど』
「どういう事だパルカ?」
パルカの不思議な物言いに俺は首を傾げる。
『そのままの意味よ人間。たぶんマレッサもでしょうけど、私様には今デイジーちゃんが手に持ってるそれの気配を感じられないのよ。にわかには信じられないけど』
『あぁ、マジもんね。目で見てるのにそれがそこに居るって確証が持てないもん。どういう事もんこれ?』
マレッサ、お前その毛玉の体に目なんてあったのか?
と、口に出そうになったがやめておく。
もし口に出して、あるもんよ、とか言ってあの毛玉の毛の下に目玉があったりしたら、とんだホラーだ、もはや妖怪そのものでしかない。
目があるかを確認しなければ、それはシュレディンガーの目玉状態、見慣れたあの毛玉の下に目があるだなんて軽く怖いので、俺は硬く口を閉ざすのだ。
『ヒイロ、なんか今、失礼な事考えなかったかもん?』
「まさか、まさか、滅相もない。マレッサ様の気のせいであります」
『……』
若干疑いの気配を感じるが、俺は軽くハハハッと笑ってごまかした。
ふぅ、マレッサめ、何て勘の鋭いやつなんだ。
マレッサは俺を怪しんでいたみたいだが、今は気にしてられないと言った感じで、精霊王の方に体を向けた。
『まぁ、いいもん。で、精霊王たち的にはアレはどう見るもん?』
マレッサの問い掛けに精霊王たちは困惑しているようだった。
「し、信じられないのん。この目でしっかりと見るまで分からなかったのんけど、それは精霊のん、しかもエレメンタル・イーターの放つ精霊の力と同じ物のん」
「エレメンタル・イーターの分身って事もすか。ただ、今までこんなのが出てきた事はなかったもす」
「エレメンタル・イーターの分身である事はたぶん間違いないうぉ、それをわてらは感知できなかったうぉから。そっちの神の分神体たちも元素の乱れから魔力察知出来てなかった所を見ると、実に厄介うぉ」
精霊王たちやマレッサ、パルカにリリシュとルキフも感知できなかった存在。
しかもこれは、エレメンタル・イーターの分身で精霊だという。
しかし、精霊とは言え見た目が実にグロイのだが、ホントに精霊なのかこれ?
「ていうか、精霊って普通に触れるものなのか? 見た目、普通……普通ではないが肉の塊だし、完全に物質っぽいんだけど」
とは言え、デイジー叔父さんだから何の問題もなく持てている可能性もある。
俺が触ればハッキリするんだろうが、どうにもこのピンクの芋虫(蠢く肉塊)に触る勇気が湧いてこない。
「高位の精霊の中には体の一部が物質化して触れられる様な者も存在するもんけど、かなり稀のん。それは物質化しているとは言え、その形は精霊として異質過ぎるのん。人の子を狙った所を見ると、意思らしき物はあるんだろうのん」
そうだ、このピンクの芋虫は何故か俺を狙って攻撃をしてきた。
何か理由はあるのだろうか?
ただ単純に弱そうだから狙われたのだろうか。
「人間さんって弱っちいから死の視線を感じて、その肉が居るのが分かったんだねー。あちしもそれがそこに居るって分からなかったから、人間さん凄いねー」
ナルカがキャッキャッと機嫌よく俺の頭を撫でる。
なんとも、褒められているのか貶されているのか判断しかねる所だな。
ナルカが嬉しそうだから、たぶん褒めているのだろうが。
ともかくだ、このピンクの芋虫がこの一匹だけとは限らない。
ここから先、どこに潜んでいるのか分からない以上、俺のやる事は一つだ。
「ナルカ、これ持っててくれ。これがあると、死の視線を感じにくくなる気がするから」
俺は首にかけていた守りのアミュレットをナルカに手渡した。
たぶん、俺の次に弱いのはナルカだ。
なら、ナルカが持っていてくれた方がいい。
「人間さん、本気? ただでさえ弱っちいのに、もっと弱っちくなるよ?」
「弱ければ弱い程、死に近くなるからな。これで、どこにその肉塊が居ても死の視線で気づけるって訳だ」
パルカが怒ったように頭をつつき出した。
結構痛い。
『ちょっと人間、馬鹿な事やってないで守りのアミュレットを付けてなさい。それをしてても死の視線を感じたんでしょ。なら外した状態だと、間違いなく即死よ。私様の言う事聞きなさい人間』
「そうだぞ人間。パルカ様のせっかくの忠告なのだ、聞き入れるがよい」
「左様でございます。ヒイロ殿、パルカ様と陛下がこう仰っております、どうかご再考の程を」
「心配してくれてありがとうパルカ、リリシュ、ルキフさん。でも、やっぱり外してた方が視線を感じやすいと思うし、視線を感じたらすぐに言うからさ、その時は守ってくれると助かる。俺だって死にたくはないからさ」
俺の言葉にリリシュとルキフはチラッとパルカを見た。
パルカは鼻をフンッと鳴らして、好きになさいと言ってそっぽを向いてしまった。
怒らせてしまったのだろうか。
後で謝っておこう。
『なにが無茶した事がないよ、ホントに』
パルカが何かを呟いたようだったが、俺には聞こえなかった。




