123・何気ない意外な言葉って話
「まずは誤解から解いた方がいいのん。わすら精霊王が集まる事で世界の元素が活性化し、それにあてられた精霊たちが活性化する、これは正しいのん。そして、活性化した精霊を目当てにエレメンタル・イーターが現れる、これも間違ってはいないのん」
グノーモスの言葉に、砂糖を多めに入れた紅茶を飲みながらトシユキが疑問を口にする。
「それだと誤解解けてないんよ。あんたらが集まる事で結果としてエレメンタル・イーターを誘引してる事実を認めただけでは? 変に回りくどい言い方はどうかと思うんよ?」
多少煽り気味なのはトシユキの性格なのだろう。
あの様子だと友達少なそうだなとか思ったけど、口にすると色々言われそうだから黙っていよう。
トシユキの疑問にサラマンデルが答える。
「気の早い人の子もす、話は最後まで黙って聞くものもす。エレメンタル・イーターがわてらが揃った影響で姿を現したのは五十年前の時だけもす。その時は人間の強い奴らがエレメンタル・イーターと戦ったのを陰ながら助けて、封印に至ったもす」
五十年前の強い人間ってのはドラゴンナインっていう冒険者ギルドの凄い人らの事だよな。
その人らを精霊王が手助けしてエレメンタル・イーターを討伐、封印したんだっけ。
ただ、その時の精霊王たちは人間に姿自体は見せてないようだ。
リディエルが言うには精霊王が人間の前に姿を現したのは百年前、聖王が最後だったとか言っていた様な気がする。
俺がそんな事を考えていると、トシユキがうーむと唸りながらお茶請けのクッキーを口に運び、グイっと紅茶をあおった。
「ぷはー。なるほど、その一回だけが特異な事例だったって事。で、その他の時は精霊王が四人揃っても一度も出てこなかった訳なんよね?」
「まぁ、そうなるのん」
五十年前に精霊王が四人揃う前は、確か百年前に聖王って人の前にグノーモスが姿を見せた事があるんだったか。
トシユキの質問の返事からして、人の記録に残らない所ではちょくちょくこの世界に精霊王が来てたりするんだろうな。
そこで、ふとした疑問がわいた。
「あぁ、ちょっと質問なんだけど、エレメンタル・イーターって何年前から存在してるんだ? 少なくとも五十年以上前から居るんだろうけど」
俺の質問にオンディーヌが水で出来た髭を撫でながら、答えてくれた。
「そううぉね、エレメンタル・イーターは今まで何度も討伐はされてきたうぉ。その度に肉体は消滅してたうぉ。けれど、精霊がもつ不滅の要素を取り込んでいた事で、何度も強化されて復活してきたうぉ。少なくとも、千年以上前からは存在してるはずうぉ」
千年前かぁ、元の世界で言えば平安時代くらいか?
平安時代から存在してる精霊を食べる竜か、うーむとんでもないな。
『精霊は自然が豊かなら幾らでも生まれてくるもんからね。世界がある限り真に滅ぶ事がないとは聞いてるもん。にしても千年もんか、ずいぶん若いもんね』
「千年で若いって、マレッサ何歳なんだ?」
『デリカシーないもんねぇ、ヒイロは。わっちは神もんよ? それなりには長生きしてるもん』
俺の率直な言葉に少しムカッとしたのか、マレッサはお茶請けのクッキーを鷲掴みにして一気に毛玉に取り込んだ。
苛立たし気にムッシャムッシャとクッキーを貪り食う様子を見て、一応ご機嫌取りにと、空いたティーカップに紅茶を注ぐ。
よきにはからえーとか調子に乗って言ってるから、少しは怒りが和らいだはずだ。
そんなマレッサの様子を見て、俺の膝の上に鎮座しているパルカがはぁとため息をつく。
『話がそれてるわよマレッサ。で、その五十年前、アンタら精霊王はなんで地上に出て来てたのよ。本来なら基本的に常に精霊宮殿に籠ってるはずでしょ』
「五十年前、エレメンタル・イーターが現れる程に精霊が活性化した理由、それはわすらが四人揃ったから、というだけではないのん。あの時、わすらは次代の精霊王を生み出す準備をしてたのん」
「次代の精霊王? 新しい精霊王を生み出そうとしてたのか? 何の為に?」
「わすらも長く生きてきたから、だいぶ力が落ちてきてる訳のん。遠くない未来に世界に還る事になるのん。その時に次代の精霊王が居ないと世界の元素が大いに乱れて、世界の法則が崩れるのん」
「世界に還るって、つまり死ぬって事だよな。不滅の精霊の王様なのに死んだりするのか?」
なんだか質問ばかりしていて申し訳ないが、気になるモノはしょうがない。
新しい精霊王だの世界に還るだの、情報が多すぎてなんとも頭が混乱してくる。
「誕生と消滅を繰り返しながらも同一存在であるというのが精霊の不滅もす。わてら精霊王はただの精霊と違い、世界にとって重要なある役目があるもす。それは世界の澱みをこの体に貯め込むというものもす」
「世界の元素の重しであるわいらには世界の澱み、ありていに言えば邪気や負の想念、瘴気と呼ばれるものが集まりやすいうぉ。わいらに長年に渡り蓄積された澱みはわいらが世界に還る事で浄化、昇華されてわいらと共に世界に還るうぉ。わいらが居る事で世界の澱みは薄まり、神域、地上、冥域を巡る魂や魔力の循環が滞りなく行われるんうぉ」
小難しい事はよく分からないが、世界の澱みっていうのが濃ゆいと、魂や魔力の循環が妨げられるって事だよな。
つまり澱みは埃みたいな物なのかな、空気清浄機の調子が悪くなったらフィルターについた埃を掃除するもんな。
「と言う事は精霊王は世界にとってのフィルターみたいな感じなのか……。次代の精霊王がいないと、あらたに世界の澱みを蓄積していく存在がいなくなって循環が滞る、そうなると元素の乱れだとかで世界が大変な事になる、か」
一人納得する俺。
優雅にストレートの紅茶を楽しんでいたルキフが静かにティーカップをソーサーに置いた。
よろしいでしょうか、と丁寧に前置きするルキフ。
「精霊王たちが次代の精霊王を生み出そうとした事で、今まで以上に世界の元素を活性化させ、その影響で精霊たちをより活発化させてしまった、と言う事でございましょうか。それゆえに、普段なら精霊王が四人揃っていても誘引されなかったエレメンタル・イーターが誘引されてしまった、と。エレメンタル・イーターが封印されていたのが、この洞窟という事は精霊王の方々はこの地で次代の精霊王を生み出そうとしてのですかな?」
ルキフの質問にグノーモスは頷く。
「そうなるのん。ここは元々精霊が数多く暮らす地。精霊の力に満ちたこの地以上に新たな精霊王を生み出せる場所はないのん。わすらが生まれたのもここのん。わすらの生まれた時に、エレメンタル・イーターは存在していなかった、だから問題なかったのん。以前から、エレメンタル・イーターの事自体は知ってたのんけど、あそこまで強力だとは思ってもみなかったのん。わすらだけじゃあ、たぶん討伐や封印は難しかったはずのん」
「あれは元々は普通の竜、本来なら精霊なんて食べないもす。あれが精霊すら喰らう悪喰きの竜になったのは『暴食』の権能を取り込んだからもす」
暴食の権能、という言葉にリリシュがクッキーを食べる手を止めて、怪訝な顔付きになる。
暴食、この世界に来てからどこかで聞いた覚えのある単語だ。
はて、どこだっただろうか。
「『暴食』だと? 大罪神が一柱、暴食の双子神であるグロト様とネリア様が持つ権能をエレメンタル・イーターが取り込んでいたと言うのか!? 元魔王である余とて初耳であるぞ」
そうだ、暴食の双子神グロトとネリア、リベルタ―でセヴェリーノと食堂で食事した時に、大昔、リベルタ―は不味いごはんをその双子神に出して、怒りを買って街ごと食べられたとか言っていたっけ。
その後、マレッサがたんに腹が減っていただけだろうと言っていたが。
確か、それが二、三千年前の話だったか。
『わっちも初耳もん。パルカは?』
『私様だって初耳よ。今はもう大罪神の方々は神域にはおられないから、確かめようもないわ。でも、竜が精霊を喰うなんて事、普通はあり得ないものね、暴食の権能を取り込んでいたと言うなら、納得は出来るわ』
どうやら、マレッサやパルカすら初耳の情報らしい。
暴食の権能がどんな物かは分からないが、竜が普通は食べないはずの精霊を食べ始めるくらいだ、たぶんとんでもない物なんだろう。
「じゃあさ、その暴食の権能を取り除けば、エレメンタル・イーターは普通の竜に戻るのかな?」
「「「「「「「えッ?」」」」」」」
俺の何気なく放った言葉に精霊王たちとマレッサとパルカ、リリシュにルキフまでもがとんでもなく呆気にとられた様な顔で俺を見た。
その後、腕を組み眉間にしわを寄せて、みんなしてうーむと唸りだした。
え、俺そんなに変な事言った?
困惑する俺、周りの様子に首を傾げるトシユキ、優雅に紅茶を飲むデイジー叔父さん、ナルカは最初から今までずっと紅茶にクッキーを浸してモシャモシャと食べ続けていた。




