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121・ほかの勇者はどうしているのかって話9

「さて、坊。これからどうするのじゃ? 坊は勇者として召喚されたとは言え、勇者特権を上手く使えねば、ただの子供。ここから地上に返してやってもよいが、坊のような実に旨そうな肉の子供なぞ、そこらの魔物に襲われて、骨も残るまいな」


しわがれた女の声が洞窟内に響く。

ここは海に面した国クエバボーカに存在するドラゴンネストと呼ばれる危険な洞窟の最奥。

偶然か運命か、黄金の鱗を持つ美しくも恐ろしい光の竜ルクレールに助けられた少年、大祢氏羊太おおねし ようたは今、ルクレールと草の神マレッサの分神体の三人でお茶会に興じていた。


「え、えぇ、ぼく食べられちゃうの……。いやだぁ、おうち帰りたい……」


ルクレールの脅かすような言葉に羊太は涙目になり、カタカタと体を震わせる。

怯える羊太を見て、ルクレールは目を細めて愉快そうに口角を吊り上げた。

その様子に気付いたマレッサはため息をつく。


『はぁ、いちいちビビらせるなもん、性格の悪い引きこもり竜もんね。ヨウタ、マレッサピエーに戻れば、ひとまずの安全は確保できるもん。帰る方法も、まぁなくはないはずもん。まずはマレッサピエーに戻る事を考えるもん。デイジーのバリアもあるし、わっちもサポートするもんからそこらの魔物は問題ないもん』


そう言ってから毛玉、もといマレッサはティーカップに体を突っ込んでズズズッと紅茶をすする。

ルクレールは巨大な爪の先で器用に人間用のティーカップを持ちあげてグイっと一息に紅茶を飲み干して、フンッと大きく鼻を鳴らした。


「神の分け身がようほざくわ。貴様は呼び出すだけ呼び出して薬と魔法で洗脳するような国の守護神じゃろうが、信用なぞ出来ぬぞ坊。悪い事は言わん、妾の元で暮らすがよい。飲み食いには生涯生活に苦労はせぬぞ、望むなら色事も手取り足取り腰取り、念入りに教えて――いだッ!?」


スコーンッと軽快な音を立てて、ルクレールの鼻っ柱にティーカップがぶつかる。

投げつけたのはマレッサ、聞くに堪えないと言った雰囲気を醸し出しながら、マレッサはフワフワと毛玉の体を浮かせてルクレールの前に移動した。


『こんな子供に何言ってるもんか、このド変態竜!! それでも海竜帝の一族もんか!? 草葉の陰で海竜帝レヴィアタンが泣いてるもんよ!!』


「あぁ!? それを神である貴様がほざくか!! 我が父を殺しおった神共の末端の分際で、父の名を口にするでないわ!! 喰い殺すぞ!!」


『殺し殺されあった存在だからこそ敬意は示すもん、海竜帝レヴィアタンは神に反旗を翻した竜種の中でも誇り高く偉大で美しい竜だったもん、幾柱もの神を屠った凄まじい竜だったもんよ!! その血を継ぐという誇り高き竜がこんな子供相手に発情してれば、文句の一つや二つは言いたくなるってものもん!!』


「ぬ、ぬぅう……」


マレッサの剣幕に怒りをあらわにしていたルクレールが尻込みする。

敵対していた存在が自分の父に敬意を払っている、その事実とそんな偉大な父を持つお前が何をしているのか、というマレッサの怒りすら混じった言葉にルクレールは言葉を失う。

そんな二人を見て、羊太はポロポロと涙を流して声をあげる。


「ひっぐ、ケンカだめ、二人ともケンカなんてやめてよぉ、いなくなっちゃうのやだよぉ、うぇえええん!!」


悲痛な羊太の叫びにルクレールもマレッサもいたたまれなくなり、どちらともなく頭を下げた。


「ふむ、泣く子には勝てぬわ。すまんの神の末端、いやマレッサ。妾も冗談が過ぎたわ」


『わっちもつい言い過ぎたもん。悪かったもん』


「うえぇええええええん、ケンカだめぇええええ!!」


謝り合ったルクレールとマレッサだったが火が付いたように泣き叫ぶ羊太を前にどうしたものかと、互いの顔を見合わせた。


「おい、坊。妾たちはもう謝り合った、もう喧嘩などしておらぬゆえ、もう泣き止むがよい。坊の泣き声はなんとも胸が締め付けられてかなわぬ」


『そうもんよヨウタ、わっちたちは喧嘩なんてもうやめたもん。だから泣き止むもん。なんかわっちも心臓痛いもん、ってこれ、羊太の勇者特権の心臓把握ハートキャッチもん!! やべぇ、このままだと存在しないはずのわっちの心臓が握り潰されるもん!!』


「はぁ!? なんじゃその勇者特権、物質的な肉体を持たない貴様の心臓を握り潰すじゃと!? なら妾の胸が締め付けられてるのも、まさか!?」


『肉体を持ってるお前は物理的に心臓が締め付けられてるはずもん。このままだと、心臓潰されて、下手したら死ぬもん、はやくヨウタを泣き止ませるもん!!』


「なんて能力をこんないたいけな子供に授けおったか、貴様は!!」


『わっち悪くないもん!! こんな勇者特権が宿ったのは偶然か恐ろしく強い思いがヨウタにあったからもん!! ……偶然じゃなかったら、心臓を握り潰すなんて能力を発現するヨウタの思いがあるって事に……、あまり考えたくないもんねぇ』


「そんな事言っておる場合か、さっきよりも締め付けが強くなっておるぞ!! 早く泣き止ませんか!!」


『分かってるもん!! ほら、ヨウタ!! 見るもん、わっちたちこんなに仲良しもんよ!! ケンカなんて全くしてないもんよ!!』


「そ、そうじゃ坊!! よく見るのじゃ!! ほれ、頬ずりするくらい妾たちは仲良しこよしじゃぞ!! ほれ!!」


ルクレールとマレッサは互いに頬ずりしたり、ルクレールの体の上を毛玉のマレッサに転がらせてみたり、紅茶をお互いに飲ませ合ってみたりと様々な仲良しアピールを全力で行った。

ほんの少し、泣き止んだヨウタが涙をぬぐいながら、泣き腫らした目で二人を見つめる。


「ひっく、ホント? もうケンカしない? ずっと仲良し? どこにもいかない? ひっく」


「おう、ホントじゃとも!! 妾たち仲良しじゃ、喧嘩なんぞせんし、どこにも行きはせぬ。な、マレッサ!!」


ルクレールはそう言って、マレッサを軽く小突いた。

マレッサが小声でわかってるもんと呟く。


『泣くのをやめてよく見てみるもんヨウタ。喧嘩してる相手にこんなに笑顔で引っ付いたりしないはずもん。だから、わっちとルクレールはとっても仲良しもんよ。喧嘩なんてしないし、どこに行ったりなんかしないもんよ、マジほんと』


仲良しアピールをする二人を見て、ヨウタはホッとしたのか、笑顔を浮かべてそのまま意識を失ってしまった。


「おっと、危ないのう。なんじゃ、いきなり糸が切れたみたいに」


唐突に倒れ込んだヨウタをルクレールが慌てて掴む。

取り合えず気を失った羊太を自分の背中に乗せ、はぁっと大きなため息を吐くルクレール。


『勇者特権の異常発現による副作用だろうもん。本来の心臓把握は自分に向けられた好意を何十倍にも跳ね上げ相手の心を掴む魅了の力もん。お前やわっちが妙にヨウタへの庇護欲を掻き立てられてるのはそれが原因もん。勇者特権が暴走して物理的、概念的な心臓を掴むなんていうとんでも能力になったんだろうもん。これ、もしコントロールとか出来るなら、理論的にはなんでも殺せるもんよ。不死でも神でも関係なく心臓という概念を付与した上でそれを握り潰す、心臓が潰れたら普通は死ぬもんからね』


「クカカ、なんともとんでもない物を拾ってしまったようじゃの。うむうむ、しかし寝顔のなんと愛らしい事か、どれ一舐め」


『おい、変態竜』


「なんじゃ、冗談の通じぬヤツじゃのぉ」


呆れるマレッサと愉快そうに笑うルクレール。

ほんの少し、二人は互いに本当に仲が良くなったような気がしていた。

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