116・いざエスピリトゥ大洞窟内へって話
ほんの一歩、洞窟内に入った瞬間、酷い獣臭と肉の腐ったような腐臭、それらが合わさった様な、実に不快な臭いに猛烈な吐き気に襲われた。
何とか、我慢して改めて洞窟内部を見回す。
松明、ではないが、なにか光る石の括りつけられた棒がそこかしこの壁に刺さっており、洞窟に中は思っていた以上に明るい。
足元もヒカリゴケのような物が生えているのか、ほんのりと光っている。
そして、かなり遠くまで続く道、先は暗く見えないが、あちこち崩落している場所が見えた。
『ひっどいもんねぇこれ、崩落とかの問題じゃなくて、元素がぐっちゃぐちゃで魔力的にもかなり乱れてるもんね。精霊がいなくなったせいもんかね。ヒイロ、気分悪いだろうけど、セルバの加護とかセルバブラッソで貰ったドワーフとエルフのお守りのおかげで、それでもかなりマシな方もんから我慢するもん。これ、普通の人間なら数分ともたずに正気を失うもんよ』
これでマシと言われても、臭いが酷いくらいで体調自体は悪くないんだが。
とは言え、その程度で済んでるのはセルバやレフレクシーボやアウストゥリから貰ったあの守りのアミュレットのおかげという訳か。
さっそく助けてもらってしまった、感謝しかない。
「ちょっと臭いがキツイくらいだから、我慢自体は出来る。さ、早く進もう」
「もす、人の子キツイなら別に残ってても良かったもす。こっちの人の……人? が居れば問題ないもすから」
『精霊王すらデイジーを人かどうか迷うのなんなのよ』
『まぁ、デイジーもんから』
人の叔父さんに対して、酷い言いようである。
俺自身完全に否定しきれないのは事実だが。
「俺がグノーモス爺ちゃんの話を聞いて、助けようって言いだしたんだ。それなのにデイジー叔父さんに任せっきりにするなんて無責任にも程があるじゃないか。俺は大した事は出来ない、いや出来る事なんてほとんどないけれど、それでもマレッサやパルカを褒める事くらいは出来る。安全な所で、ただ待つだけだなんて、俺は嫌なんだよサラマンデル爺ちゃん。心配してくれてありがとう」
「もす、そうけ。なら、がんばるもす人の子。口だけじゃあないって所見せてみるもす」
「あぁ、頑張る」
「まー人間さんが危なくなったらあちしも守りますしー。抱えて逃げるくらいは出来るから安心してねー」
マジックバッグからひょこッとスライムの体を少しだして、手を振るナルカ。
「おう、その時は頼むぞナルカ」
「任せて―」
ナルカと軽くタッチして、俺は改めて前を向く。
「じゃ、改めて、エレメンタル・イーターを封印しに行こうか」
『あぁ、言い忘れてたもん。洞窟内の水とか草とか飲んだり食べたりしちゃダメもんよ。元素が乱れてるからまともじゃないもん。どんな存在でも確実に腹壊すもん』
「途中で補給できないって事か。まぁ、まだ何日分かあるし、大丈夫だろう」
「わすが先導するのん。人の子ついて来るのん」
グノーモスを先頭に俺たちはエスピリトゥ大洞窟内を進んでいく。
途中、崖みたいになっている場所や、鍾乳石が垂れ下がっている場所、凄く開けた場所など色んな所を通った。
そのいずれの場所でも俺は生きている生物を見かけなかった。
死骸は転がっていたが、どれも腐っていた。
元素が乱れているせいか、今この洞窟内では生物は生きていけない環境のようだ。
今歩いている整備された道をまっすぐ進めばジャヌーラカベッサへ行けるのだろうが、今はそれは後回しだ。
数時間歩いた後、グノーモスは道の柵を越えて崖下へと移動し始めた。
どうやら、ここからは下へ行くらしい。
時折、デイジー叔父さんに抱えてもらいながら、俺は崖下へ到着。
近くには流れの激しい川がある。
マレッサが言うには飲むのはもちろん触る事すらしない方がいい、との事。
元素が乱れるって大変な事なんだなと思った所で、精霊王やナルカと言った精霊たちは平気なのかなという疑問がわいた。
「わすやサラマンデルは伊達に精霊王じゃないのん。このくらいの元素の乱れなら訳ないのん。むしろ、そっちの死の精霊が平気なのが不思議なくらいのん」
「もす、死の精霊自体、数の少ない珍しい精霊もす。精霊が人に懐く事自体ない訳ではないもす。ただ、それが死の精霊となると、いかに精霊王と言えど片手で数えられる程度もす。それでも、これ程強力な死の精霊が人の子に懐いてるのは初めて見るもす」
「あちしって珍しいんだってー、どう人間さん、嬉しい?」
「そうだな、ナルカは凄いんだな。さすがだな」
「えへへーあちし凄いー」
ナルカを撫でると嬉しそうな声で笑った。
たぶんナルカが元素が乱れた場でも平気なのは単純に精霊王並みの力を持っているから、ではないだろうか。
精霊王がどのくらい強いのかは分からないが、ナルカは元々原初の呪いから生まれた存在で、その大元となった人物の一部とマレッサとパルカの神力を吸収している。
普通の精霊と比べて強力なのは、生まれからして当然ではあるだろう。
だからこそ、元素が乱れたこの場所でも平気なのだと思う。
まぁ、実際の所は何故なのか分からないが。
「普通なら、通路から離れた場所には雑多な魔物が住み着いてるのん。ゴブリンとかコボルトとかスライム、洞窟大トカゲに洞窟大ムカデ、などなどのん。今は、エレメンタル・イーターが精霊を喰った事とヤツ自身から放たれている精霊力が洞窟内に満ちてるせいで、元素が大いに乱れてるのん。その影響で魔物の類は軒並み逃げ出したか影響の少ない場所に潜んでいるか、死に絶えたかのん。セルバブラッソ側の洞窟入り口から魔物が出てきた様子はなかったのんから、まぁ、入り口に辿り着く前に死んだんだろうのん」
なるほど、どうりで時々何かが生活してた跡の様な物があった訳だ。
焚火の後や草で作られた寝床、たぶんゴブリンかコボルト辺りの巣だったのだろう。
死骸らしき物はいくつもあった。
普通にここで暮らしていたんだと思うと、なんともやるせない気持ちになる。
早くエレメンタル・イーターをなんとかしないと、俺は強くそう思った。




