110・悪喰きの竜って話
「で、あのぉ、グノーモス爺ちゃんは地の精霊王って事みたいだけど、何しにここに?」
「いやね、なんかおいすそうな匂いがしてたから、フラッと来ちゃったのん。あ、あんみつお代わりお願いのん」
「はいはぁい、どうぞぉん」
「ありがとのん」
地の精霊王と名乗るこの老人、見た目からして人間ではない。
かなり背丈が小さいというのもあるが、それ以前に体の一部が岩だったり、金属が生えていたりと一見して普通じゃあない。
そして、眼球が宝石だった。
「ちょっと、今あの人間、精霊王を名乗る膨大な大地の魔力を内包してる存在を爺ちゃん呼ばわりしたけど!?」
「精霊なんて精神構造が人種とはかけ離れてるから、相互理解とか意思疎通は不可能って教本にはあったよ? あの人間、普通に会話してるよ!?」
「どういう事だ!? まさか、あの人間は普通の人間じゃないのか!? だが、鑑定とか解析をかけても結果は普通の人間だったぞ!? まぁでも、三柱の神の加護を持ってる時点で普通ではないが」
「ヒイロさんはマムのほら甥っ子ですし、うちらの隊長にも普通に話しかけてたです。だから、たぶんヒイロさんはそう言う人間なんです、きっと。あと、うちもあんみつ食べたいです!!」
神兵の四人が俺の方を見て、何かコソコソ話しているが、どうかしたのだろうか?
気にしても仕方ないと思い、改めてあんみつをモクモクと食べるグノーモスに目を向けると、マレッサが話しかけていた。
『精霊王が人の前に姿を現すなんて聖王以来もんよ。珍しい事もあったもんね。もしかして、エスピリトゥ山脈に何かあったもん?』
「えー、言わないとダメなのん? どうせ、わすって偏屈なクソジジイだしー」
『コイツ……聞いてやがったもんか、しかも根に持ってやがるもん』
あんみつをパクつきながら、グノーモスはマレッサを横目でちらちらと見ていた。
どことなく嫌そうな表情をしている。
「あー、グノーモス爺ちゃん、俺も変な事言ったんだ。ごめんなさい。お詫びになるかは分からないけど、俺の分のあんみつもあげるよ」
「分神体と違ってちゃんと謝れるなんて、人の子はいい子のん。あんみつはありがたく貰うのん」
俺の差し出したあんみつ入りのお椀を受け取り、グノーモスは上機嫌であんみつを楽しんでいる。
本当にあんみつを食べに出てきた、とは思えない。
聖王って人以降、人の目に触れてこなかった存在が、そんな理由で俺たちの前に出る訳がないし、何かしらの思惑があっての事だろう。
とは言え、敵意や殺意なんかは感じない。
まさか、本当にあんみつ食べに来ただけなのか?
「あ、あのマレッサ様、パルカ様、この方は本当に精霊王様なのです? 確かに膨大な大地の魔力は感じますが、何というか聞き及んでいた姿と似ても似つかないと言うか……」
『私様たち神だって、精霊王と面識があるやつは多くないわ。マレッサの場合は草の神って属性があるから、植物経由で知ってただけだし。第一、精霊だもの、姿形はその時々によって異なるわよ。でしょ、地の精霊王』
「確かに、昔はもうちょっと威厳というか荘厳な感じのアトモスフィアを醸し出してた気がするのん。あんみつ、うま」
うーむ、今の姿からは確かに威厳とかは感じない。
まぁ、頭に王冠被ってるし、王様かな? って感じはあるけれど。
「それで、その、もう一度聞くけどグノーモス爺ちゃんは何しにわざわざ俺たちの前に姿を現してくれたんだ? 本当はあんみつを食べに来ただけじゃあないんだろ?」
「ぶっちゃけ助けてほしいのん。最近、厄介なのが目を覚ましたのん。同族喰らいの精霊竜、そっちじゃあエレメンタル・イーターって名前で知られてるはずのん」
「分かった、助けるよ。何をすればいい?」
即答した俺に対し、マレッサとパルカは飽きれ半分諦め半分といった感じで、やれやれと肩をすくめ、デイジー叔父さんはニコニコとどこか嬉しそうだった。
神兵の四人はとてもビックリした顔で俺を見ていた。
助けてほしいと言ったグノーモスすら、ちょっと驚いている。
そんなに変な事を言った覚えはないのだが。
リディエルが慌てた様子で俺の肩を掴んでガックンガックン揺らしながら、捲し立てる。
「ヒ、ヒイロさん!? 聞いてましたですか!? エレメンタル・イーターですよ、エレメンタル・イーター!! 精霊を好んで喰らう悪喰きの邪竜、精霊を長年喰らい続けたせいで体が精霊化した特殊個体、精霊と竜の力を併せ持つ例外的な怪物です!! その力は凄まじく同じ竜種ですらその気配を感じたら、すぐさま逃げ出す程です!! 人間はおろか神からも危険視されてるですが、完全討伐にはいまだ至っていない、そんな存在なんですよエレメンタル・イーターって!!」
思い切り揺さぶられて頭がぐわんぐわんする。
半分何を言っていたか分からないが、どうやら心配してくれているようだ。
「とりあえずリディエルさんが心配してくれてるのは分かりました、ありがとうございます。でもたぶんなんとかなりますから、デイジー叔父さんに任せっぱなしはさすがに悪いから、俺たちも出来る事を全力で頑張るし、きっとなんとかなりますよ」
「確かに神兵たちを一瞬で埋め尽くしたマムならなんとかなるかもしれませんが、それでもエレメンタル・イーターは危険です!! なにせエレメンタル・イーターには物理攻撃は一切通用しないですから!!」
『体が精霊化してるから物理攻撃はほぼ無効、元々竜種って事で基本的に全属性の魔法耐性高いし、一等級以下の魔法は効果が無いと思っていいわね。確か、冒険者ギルドの誇るドラゴンナインの奴ら全員で戦ってようやく封印したのが五十年くらい前だっけ? 今のドラゴンナインは当時と比べて強いかどうかは知らないけど、人間でも戦力と装備を揃えて徒党を組んで死に物狂いで戦えばなんとかなる相手よ。神だって、相性を無視して神力を湯水のごとく使えば、撃退くらいは出来るわ。ただ、神はよっぽどの事がない限り、アイツの相手はしない。理由は分かるかしら人間?』
パルカが急に俺に話を振ってきたが、そんな事言われてもさっぱりだ。
俺がうーんうーんと唸っているとナルカがマジックバッグから顔を出した。
「はーい、姉母様。あちし、分かったよー。そいつは精霊でも食べちゃう食い意地はった竜なんでしょ? だから、もし神様と戦って神様を倒したりしたら、そいつが神様を食べちゃうかもしれないからじゃない? そうしたら、精霊喰いじゃなくて神喰いになっちゃうけどねー」
『さすが私様の妹であり娘ね。神が懸念してるのはそこよ。アレが神喰らいになんてなったら、それこそ地上を焦土化させてでも神はエレメンタル・イーターを始末にかかるわ。もし、神を食べて神化なんてしたら、竜と精霊と神の融合した存在が生まれる事になる。そうなったら、たぶんデイジーちゃんでもどうしようもなくなると思うわ』
パルカの言葉を聞いて、俺は背筋が少し寒くなった。




