109・ほかの勇者はどうしているのかって話8
マレッサピエーに召喚された勇者たちの中には、元の世界への帰還を望まず更にマレッサピエーと魔王国との戦争にも参加せず、この世界でただ生きる、と決めた者が二十五名存在する。
その者たちは二通りに分類された。
一つは勇者特権を利用しながら暮らす事を選んだ者。
一つは勇者特権を使わず、ただの人間として暮らす事を選んだ者。
暮らす場所はまちまちであり、既にマレッサの分神体も離れている事から、今どうしているのかを知る者は少ない。
マレッサピエーの宰相であるオラシオはその元勇者たちの所在や動向を知る数少ない人物の一人である。
彼は念の為に調査員を各地に派遣し、元勇者の現在をある程度把握していた。
元の世界への帰還を望まず、戦争にも参加せずただ生きる、それはごく普通の人間なら何の問題もない。
だが、それを望み各地に散ったのは勇者特権という一つ間違えば災害すら起こしかねない危険なスキルを持つ存在なのである。
放置する事で、彼らが問題を起こしたなら、それは国際問題にも発展しかねない。
何故なら、彼らを召喚し放逐したのは、はたから見ればマレッサピエーなのだから。
放逐した事自体はある意味事故の様な物であり、マレッサピエーに非はないのだが、放逐された事実がある以上、言い訳は不可能だろう。
そんな各地に散っている元勇者たちの動向を見張っているのは、マレッサピエーの誇る『草』と呼ばれる調査員であった。
彼ら、彼女らは各国に一般人として忍び込むと、その土地で出会った人物と恋仲になり家庭を持つ。
そうする事で各国内部の詳細な情報収集を行う、いわばスパイの様な働きをしていた。
彼らの集める勇者情報は多岐にわたる。
その日の食事、どこに言ったのか、誰と出会ったか、何を買ったのかなどなど。
報告書の他にも定期的な魔法通信によってオラシオは元勇者たちの動向を確認していた。
「元勇者『地の一』の経過報告、現在五人の女性と肉体関係を持ち、ロードバルバの街にて勇者特権の使用による周辺魔獣、魔物の乱獲。回収した魔獣、魔物の素材は冒険者ギルドに売り払い、多額の資産を作るも地元の闇ギルドに目を付けられた模様。報告以上」
「元勇者『水の一』の経過報告、現在勇者特権の行使により、アーグワナリースの王女の乗る馬車を襲撃していた盗賊団を殲滅、ある程度の友好関係を構築、ただし、この襲撃自体は反体制派の仕掛けた罠であり、反体制派および裏で糸を引いていた大臣の恨みを買った模様。報告以上」
「元勇者『火の一』の経過報告、現在、勇者特権を利用し、フエーゴポッレクスにて元の世界の物品を売りさばく事で多額の資産を獲得。ただし、地元商人ギルドからの評判は最悪。裏から手を回され、商品の買い取りルートを潰されている模様。いずれ他国に移動する可能性有。報告以上」
「元勇者『風の一』の最終報告、勇者特権の過度の乱用により肉体限界に至り、東の果てヤマトにて死亡。現地の竜種との因縁があり、その肉体は捕食された為、回収不可能。報告以上」
次々に入ってくる情報に目を通しながら、オラシオは次の策を練る。
先だっての小競り合いは要所を守り切れず魔王軍に奪い返されてしまった。
膠着状態ではあるが、マレッサピエーがやや不利な状況、停戦、休戦に持ち込むのはまだ難しい所だ。
とはいえ、物資に関しては人類対魔王と言う構図のおかげで事欠かない。
だが、五十五人もの勇者召喚には莫大な手間と費用、使った勇者石の数は補填するのに数十年はかかるだろう量であった。
次に勇者召喚をするとしても最速で数年はかかるだろうし、その場合は召喚できても一人か二人が限度だろう。
二十五人もの勇者が野に下った、洗脳が成功していた状態であったなら、これ程喜ばしい事はないのだが、とオラシオは嘆息する。
「ままならんものよな。しかし、それでも為すべきは為さねばならぬ。元勇者とて、現状は戦力に出来ぬというだけ、状況が変わればこちらに付く者も出てくるはず。死んだとて勇者特権を宿す肉体は貴重、無駄には出来ぬ。研究機関に回し、勇者特権の摘出が可能な場合もあるしの。よろしい、『草』はこのまま調査を続行、元勇者への接触は別の調査員が担当する。諸君の情報はマレッサピエーの栄光へとつながっている、それを忘れぬように」
「「「「はっ」」」」
魔法による通信が終了する。
ふぅと一息つき、オラシオは付けていた眼鏡をはずし、懐にしまう。
オラシオにとっての最大の不確定要素はデイジーである。
何をするのか分からない神以上の力を有する存在、その在り方は天災と言っても過言ではない。
ただ、どんな要素で暴走するか分からないが、情報に上がってくるその行動からおおよそ善の存在である事は推察が出来た。
そして、敵対する事は不利益しかもたらさない事も。
守護神であるマレッサから敵対だけは絶対にするなという神託もあった以上、間違っても敵対行動などとってはならない。
だからと言って、対デイジーの策を講じない訳にはいかないのだ。
危険な綱渡りではある、下手をすれば国が滅びかねないのだから。
いっそ、強力な存在と戦い共倒れにでもなってくれればよいのにと思った所で、オラシオは今回のバルディーニの行動に合点がいった。
マレッサピエーにはセルバブラッソに直接移動する手段を持つ勇者が居た。
恐らくその事を掴んでいた魔王軍はセルバブラッソの救援に向かわせない為に、あの原初の呪いの騒ぎに乗じて攻め上がってきたのだろう。
運よく原初の呪いとデイジーが共倒れしれくれればと思って。
「ふはははは、考える事が同じとはな。さて」
大笑いしたオラシオはすぐに真剣な表情に戻った。
国内に紛れ込んでいる魔王軍の間諜の情報は既に掴んでいたが、把握できていない存在がいる可能性が高いと推察出来た以上、その対策をとらねばならない。
オラシオが部屋を出た後、一つの情報が魔法通信で送られてきた。
羊皮紙にその情報が自動筆記の魔法によって書かれていく。
「精霊観測所より緊急報告、四大精霊王の魔力圧の波紋を確認、それに伴い各地の精霊の活発化が予想されます。更に精霊を好んで食らう悪喰きの邪竜、通称『エレメンタル・イーター』の出現も懸念されます。報告以上」




