108・補給がないと辛いよねって話。
神兵の助けを借りて、俺たちはエスピリトゥ大洞窟に進んでいた。
神力を貯めていた簡易神核の中身が空っぽになるまでデイジー叔父さんと戦った事と、その簡易神核を全部デイジー叔父さんに差し上げた(意訳)事で、神兵たちは地上で活動する為のエネルギー不足に陥っていたらしい。
復興作業中のデイジー叔父さんが死んだ目で栄養補給の為に雑草とかキノコとかを食べている神兵たちを見つけて、自分たちをエスピリトゥ大洞窟まで運ぶ交換条件としてデイジー叔父さんの高密度の魔力を渡す約束をしたそうだ。
神兵の隊長である、マジザコという人は断固として受け入れようとはしなかったのだが、このままでは救助の者が来る前に消滅しかねない、それはさすがに嫌だと他の隊員に責め立てられ、仕方なく交換条件を飲んだのだとか。
デイジー叔父さんが申し訳ない。
でも、原初の呪いごとデイジー叔父さんを攻撃したってマレッサが言ってたし、むしろあちらが悪いのでは?
まぁ、いいか。
神兵は神域の守護と地上へ神罰を下す事なんかが役目で、滅多に地上に来る存在ではないとパルカが言っていた。
今、俺を運んでくれているリディエルは軍神エヘールシトという神様の育てた神兵で、神兵の中でも精鋭との事。
「そうなのです!! 我ら軍神エヘールシト様に鍛え上げられた神域神使隊の精鋭!! 神域にその名を轟かせている武勇を持つ神兵なのです!!」
『まぁ、デイジーに負けてたもんけどね。アレはもう負けとか言うレベルですらないもん。一人残らず埋められるとか』
マレッサが本当の事を言ってしまったので、俺を抱えるリディエルと俺を守る様に飛んでいる三人の神兵たちがうつむいて、暗い顔になってしまった。
「マレッサ、いくら事実だとしても、もう少しオブラートに包んでだな。優しい言い方するのが優しさって奴だろ、どうしようもない事実だとしても」
『ヒイロも大概もん。まぁ、デイジー相手じゃ、誰もどうしようもないもん。恥に思う事はないもん。わっちの本体でも戦うってなったら、たぶん普通に埋められるだろうもんから』
『むしろ、デイジーちゃんと真っ当に戦える相手って何がいるのよって話よ。原初の呪いの一部とは言え、あの黒い巨人ですら苦戦らしい苦戦もせずに最後にはお茶会してたんだから。竜種とか古代神とか邪神あたりでも、勝てるイメージはわかないわね。神兵程度じゃ話にならなくて当然、気にする事はないわよアンタたち』
何故か神兵の人たちはものすごく落ち込んでいる。
何故だろう?
そんな会話をしつつ移動しているのだが、エスピリトゥ大洞窟とやらはまだ見えてこない。
遠くに大きな山脈があるのは見えるが、その麓辺りだろうか。
そう言えば、エスピリトゥ大洞窟の詳細を俺は知らない。
まぁ、ただの洞窟とは思うのが、異世界だからなぁ、何か変な謂れとかあるのかもしれない。
ちょっと落ち込んでいるリディエルたちの気を紛らわせられたらな、と思い聞いてみた。
「エスピリトゥ大洞窟は元は天然の洞窟だったのですが、五百年ほど前に人が手を加え、通路を整備して、交通路としたと聞いてるです。まぁエスピリトゥ山脈の精霊たちがちょっと怒って、何度も崩落の危機に陥ったらしいですが、百年程前に当時の聖王が精霊王と話をつけて、それ以降は事故一つ起きていない安全な交通路となったそうです」
「へぇ、聖王って人は凄いんだなぁ。精霊王なんてのもいるのか、精霊の王様だもんなぁ、凄いんだろうな」
『偏屈なクソジジイもんよ、アイツ。聖王が美人だったから、鼻の下伸ばしてたスケベ爺もん』
『地上種の中じゃ、竜種と並ぶほどの存在なのよ精霊って。精霊は基本的に自然由来の存在だから、かなり気まぐれなのよね。その中じゃ精霊王は話が通じやすい方ね』
「二人の話を統合すると、スケベ爺だけど話は通じる竜種並みに強い存在って事か。不安しかないな。まぁ、出会う事はないだろうけど」
「そうです。地上において、本来なら精霊に出会う事など稀ですし、精霊王ともなれば、別次元に創り上げた精霊宮殿に住んでいる事もあって、聖王との対話以降は誰もその姿を見た者はいないとされてるですからね。もし万が一、精霊王に出会う何て事があったら、恐らく途方もない事の前触れに違いないです。まぁ、ヒイロさんの言う通り出会う事なんて絶対にありえないと断言できるです」
あれ、なんだろう、凄く何か嫌な予感がしなくもない。
もしかしてフラグかこれ?
いや、そんなまさか漫画やゲームじゃあるまいし……。
『今日はこのくらいにしといた方がいいもんね。朝から休み休み飛んで、もう夕方もん。この調子なら明日中にはエスピリトゥ大洞窟に辿り着くはずもん。さ、降りて野営の準備もん』
「わかったわぁん、あたくしが先に降りて周辺の探索と安全確保をしてくるわねぇん」
『頼むもん、デイジー。まだセルバブラッソの中とは言え、セルバの力はもうこの辺りにはないもん。セルバの森を縄張りにしてたやつらも散り散りになったと聞いてるもん。まだいる可能性もあるもんけど、他所から変なのが紛れ込んでる可能性もあるもん。デイジーに言う事じゃないもんけど、気を付けるもんよ』
「あはぁん、心配してくれてありがとうマレッサちゃん」
そう言って、デイジー叔父さんは地上に降りて行き、少しして手を振った。
どうやら安全確保が終わったらしい。
俺たちは地上に降りて、野営の準備を始めた。
辺りが暗くなった頃にテントと晩御飯の準備が整った。
「美味しいです!! ここ数日、草とかキノコとか木の根っことかばっかりで、とっても辛かったです!! ちゃんと調理された食事がこんなに美味しいなんて!! 感動です!!」
リディエルは俺とデイジー叔父さんの用意した食事を涙を流しながら食べている。
他の三人も涙ぐみながら、ガツガツと食べていた。
「ここまでひもじい思いをさせちゃってたのねぇん。あたくし反省。あなたたちぃん、おかわりもいいわよぉん」
「いいんですか!? お願いしますです!!」
結果、三日分の食料を食べられたが、まぁ仕方ない。
うめ、うめ、と言って食べてくれたんだ、料理した甲斐があったと言うものだ。
「デザートあるんのん?」
「あるわよぉん、セルバトロンコで仕入れた材料で作った、あたくし特製の白玉あんみつよぉん」
「ん、あんがとのん」
その人物はデイジー叔父さんの差し出した白玉あんみつの入ったお椀を受け取って、モクモクと食べていた。
頭に王と書かれた王冠を被った、長い白髭の小ぢんまりとした感じの老人がそこに当たり前のようにいた。
「あの、どちら様ですか?」
「わす? うん、地の精霊王グノーモスだのん。よろすこ」
俺はもうとんでもない事に巻き込まれるのだろうと、確信めいたものを感じた。




